第四話

 近代建築版円形闘技場コロッセウムの戦闘フィールドに向かうための通路を舞踏会に招かれた有名なセレブリティを一目見るために、多くの生徒たちが待ち構え、視線を集中させていた。

 世界屈指の大企業の一つである、ヴルガータ社のご令嬢である――アニー・ヴルガータは、物怖じするどころか、数多の視線をスポットライトのように感じていた。

 アニー・ヴルガータにとって人に見られるということは、呼吸をするように当たり前のことだからだ。

 ランウェイで注目を浴びている自分の両鼓膜の振動からは、数多の視線の口から発言される内容を脳に伝える。


『あの子がヴルガータ社のご令嬢』

『すっげぇー、空気からして違うな』

『あの瞳と髪の色、すてきぃ……』

『でも、相手が昼行灯ひるあんどじゃなぁー』

『…………? 昼行灯って誰のことですか?』

『うん? あー、新入生か。吉祥天きっしょうてん主水もんどの二つ名」

吉祥天きっしょうてん……。え、あの! 吉祥天!』

『なんで? 戦うことになったんだ』

『知らないよ、そんなこと。……まぁ、ありえるとしたら。吉祥天とヴルガータが、ライバル企業だからじゃないかな』

『なるほど、縄張り争いってことか』

『オレ、昼行灯あいつが戦っているの観るの七年前以来だな』

『あの大会以来、あいつは全ての大会は棄権、そのうえに授業の実践訓練もエスケープしてるからな』

『しかし、ヴルガータ社のご令嬢には感謝だな。あの昼行灯の闘いが観れるんだから』


 漏れ聞こえる昼行灯――吉祥天きっしょうてん主水もんどという男の情報は、奇奇怪怪ききかいかい

 アニー・ヴルガータは、心のなかで嬉しさのあまり失笑してしまった。

 まさに、もう一つの二つ名のほうが、似合っていると。

 ――黒闇天こくあんてんの勇者。



「アンタ! 言っておくけど、試合開始した瞬間に降参するのなしよ!」


 主水の身体がピクッと反応した。

 アニーは、フッと鼻を鳴らすと。


「ここに来る途中、アンタの話題で持ちきりだったから。試合開始した瞬間に降参するだろうな、と安易に想像できたわ」

「……………………」

 

 審判役である伏黒ふしぐろが、主水の肩に手を乗せながら、キャンディを構成している砂糖が口のなかの熱で溶けそれが唾液と混じり、ねばっこい音吐おんとで。


「あきらめろ」

「あきらめ、ました。理事長、試合開始の合図を」


 主水の言葉を聞くと、背中を向け退場していく。アニーとすれ違いざま、微笑みながら。


「アニー・ヴルガータ。あの男をどこまで追い詰めることが、できるのか、楽しみにしているよ」 


 アニー・ヴルガータは、にやりと笑う。

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