第五話

「死ねェー!」


 試合開始とともに、アニーは物騒な掛け声を腹の底から出しながら、鋭く尖った刃の先端で主水の心臓を狙う。

 恐ろしく鋭い一閃に怯むことなく主水もんどは、あえてその鋭く尖った刃に向かって、大きく踏み込んで間合いを詰めた。

 アニーが使用している武器はレイピア。この武器の最大の長所は刺突にある、一撃で相手の貫き殺す。まさに、一撃必殺である。

 主水にとってアニーの動きは手に取るように理解できた――単調。試合開始から、アニーの目線が自分の心臓を狙っていることを教えてくれていたからだ。彼女は激情家である、その性格が災いした。敵を討つという行為は常に冷静沈着で行わなくてはならない。

 それなのに第一声から、“死ねェー! ”、と殺る気満々。

 あくまでも試合だと言っていたのに、発せられた掛け声は間違いなく、死合で使われる掛け声だった。

 彼女は、今朝、自分との出来事を許すと言っていたが。内心では受け入れていなかった、の、だった。

 な、っと。

 間合いを詰めながら思った。

 

 魔力、もとい、正確には精神の具現化――高次元物質で創られた、刺突用の片手剣は、奇麗きれいだった。

 まさしく、人類の救い――ふく音書しんしょを想わせた。

 しかし、先制攻撃として刺突を選択したのは愚行。

 刺突攻撃は直線的な動きなために見切りやすい。それに刺突は、意識する、しない、べつにしてどうしても自然と前に体重移動してしまう。

 レイピアと言えば刺突専用武器と世間一般では思われている武器ではあるが、斬撃も可能としている。相手の動きを見ると同時に牽制をするなら斬撃が常套手段セオリーだ。斬撃なら相手の動きに合わせ刀身の軌道を変えることもできるし、あえて重心配分を後ろに残して斬撃すれば威力は弱くなるが。防がれたり、かわされたりしても、容易に体捌きができる。

 それなのに彼女の誇りが、それを許さなかったのかもしれない。


「ッ!」


 主水の左頬に熱と痛みが走った。

 アニーの放った一閃のレイピアを踏み込み躱し、ガラ空きになっている左側の死角から回り込んだ瞬間だった。

 ――輝きが。

 勢いよく間合いに踏み込みこんでしまったために、簡単に勢いを殺すことができなかった。それに勢いを殺せたとしてもバックステップをするには一度停止する必要が、そんな悠長なことをしていたら串刺しにされる。咄嗟とっさに主水は、勢いを殺すのではなく、その勢いを利用しスライディングした。

 乱暴に扱っても破れにくい履いているバトル・ドレス・ユニフォームBDUパンツの尻の部分と上半身にコンバットシャツを着込んでその上から装備しているタクティカルベストの背中が、戦闘フィールドの地面を引きり土埃を舞い上がらせる。

 地面と接触し身体のバランスを崩した主水は、次の対処ができるようにアニーの背後で素早く体勢を整え身構える。


「さすが、と。言うべきかしら」


 アニーの左手には、奇麗な短剣が握られていた。


「レイピアは囮で、本命はその短剣」


 短剣で斬られた左頬を左指先で触ると、ヒリっとした痛み。指先にはドロっとした粘液の感触と温かみ。

 指先に血が付着していた。

 溶けたチョコレートを舐めるように、指先を口の中に入れ味蕾で自分の血を味わった。

 

 背後に立っている主水に、アニーは振り向き様に、笑みを浮かべながら。


「近年では。レイピアは、見た目重視で、華麗な武器。そして、使い手は“蝶のように舞い蜂のように刺す”という華麗な剣技で戦うイメージが定着しているけど。実際は戦場で生き残るために生み出された殺人剣」


 主水と目を合わせながら、アニーは右手に持っているレイピア軽く振った。

 見た感じは日本刀と長さは大差ない。が、護拳ごけんつば柄頭つかがしら、部分に大きく重量配分されていることが、一つ気になった。

 宙を斬った風切り音から全体重量は、日本刀と同じぐらいで、1kgから1.5kg前後。

 ただ、刀身の動きは日本刀を遥かに凌駕していた。

 ――繊細。

 日本刀は世界でも最高レヴェルと呼ばれる代物。

 それでも、あれだけしなやかなに刀身を操ることができる日本刀は存在しない。

 ――銃火器が得意分野と思っていたが。欧羅巴ヨーロッパ、侮れがたし。

 意図的に護拳、鍔、柄頭の部分に重量配分することで重心を手元に集中させ、手首の細かな操作で刀身を縦横無尽にコントロールさせる。

 ――刺突用の片手剣レイピア

 アニーが、と、言った意味がわかる。

 左手には、防御用の短剣パリーイングダガー

 本物ガチの殺人剣術。


 身構えを解いた主水は、一呼吸しながら、ズボンの尻とベストに短剣で刺されそうになったときに、滑り込んで汚れた土埃を払いながら。


「俺が知っているなかで、最高の二刀流の使い手。新撰組しんせんぐみ隊士たいし服部はっとり武雄たけおに匹敵する実力がある。二刀流の使い手を観ることができるとは、光栄極まりない」


 アニーはレイピアの靭やかに動く剣先をピタッと止めると。


「あら。あなたの国で、二刀流と言えば。宮本みやもと武蔵むさし、じゃ、なくて」

「たしかに、二天一流にてんいちりゅう創始そうしした偉大人物では、ある。それに日本でも屈指の剣客の一人ではあることは認める。でも、実戦で、どの程度、二刀流を使っていたのか? というところの評価は俺にはできない。不明な点が多いし、後世の創作で誇張表現されいる可能性もあるからね」

「ふーん。新撰組しんせんぐみ隊士たいし服部はっとり武雄たけおは、本物の二刀流の使い手ってことで、いいのかしら」


 アニーの問いに表情を和らげ微笑みながら、主水は。


「仲間たちを逃すため二刀を振るって、奮戦し、壮絶な最期を遂げた、男だからね」

「THE SAMURAI、ね。一度、手合わせしてみたいわ、新撰組、隊士、服部武雄、殿と」

「服部殿に譲りたいところだけど、故人だからね」

「それは……残念」


 澄んだ声音でアニーは呟く。

 と。

 主水に敵意を向けた。

 最高の二刀流の使い手は、この世に存在しない。故人とは闘いたくとも闘うことはできない。

 が。

 いま、自分の眼前には、生きる伝説。

 ――黒闇天こくあんてんの勇者が存在しているのだから。

 

 世界最強の魔闘士まとうしと呼ばれた、十六歳の少女がいた。その少女は、十年間、敗北の二文字という言葉すら失わせるほどの強さを誇っていた。

 しかし、時間ときの流れは、新しい勇者を生み出した。

 彗星の如く姿を現した、十歳の少年は、世界最強の魔闘士を倒したのだ。

 それが。

 ――吉祥天きっしょうてん主水もんど

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