Aコース、Cセットをハーフで1つ。

水無月やぎ

Aコース、Cセットをハーフで1つ。

 お店に入って、並ぶこと3分くらい。私の前に並んでいた人がレジに案内された直後、一番右のレジの人と目が合った。

 注文は既に決まっている。


「先頭の方、どうぞー。……ご注文は?」

「このコースで」

「Aコースですね。かしこまりました。サイドメニューはいかがされますか?」

「これで」

「Cセット、と……。かしこまりました。レギュラーかハーフ、どちらになさいますか?」


 これはちょっと迷うなぁ。どっちにしよう。


「んーと……、ハーフで」


 店員さんは「ハーフですね」と頷き、また悩む質問を投げかけた。


「こちらかテイクアウト、どちらになさいますか?……できれば、テイクアウトだとありがたいのですが」


 客が希望を言う前に、お店側からテイクアウトを推奨されるとは。

 私は自分のマスクを指差した。


「このご時世だから?」


 店員さんは曖昧に頷く。

 彼女もマスクをしているので、表情はうまく読み取れない。


「まぁ、それもありますね」

「じゃあ、テイクアウトで」

「かしこまりました。お支払い方法はどうなさいますか?」

「現金で良いですか」

「かしこまりました。……では、合計で918円になります」


 私はレジを二度見した。わお。

 このお店はクオリティがいいというから、値段に関しては本気で覚悟していたのだ。お札何枚か必要かなって思って、銀行に行ってからここに来たくらいだ。

 結構欲張ったサイドメニューにしたつもりなんだけど、その割には安くてびっくり。

 こりゃ、リピーターが多いのも納得。


 18円という端数がちょうどお財布の中に隠れていて、ちょっぴり嬉しくなった。幸先が良い。


「はい、ちょうどありますよ、と」

「ありがとうございます。ではこちらに少し、書いていただいて。……下のアンケートにも、ご協力いただけますか? 当店の品質向上のために。……一言、書いてくだされば結構ですので」


 差し出された小さな紙には、質問が1つだけ書いてあった。

 既にクオリティが評価されているのに、さらなる高みを求めるこのお店。プロ意識がすごい。尊敬です。


「あ、はーい。……これでいい?」

「ありがとうございます。ご注文承りました。番号札とレシートをお渡ししますので、少々お待ちください」


 少しして、レジ打ちの彼女は番号札とレシートを渡してくれた。

 さて、どんな具合だろうとワクワクする気持ちを抱えつつも、私は待ち合いブースに移動して、小さく息をつく。



 ◇


 息子にとって、私のやることなすこと全てが気に入らなくなって久しい。

 弁当を作れば嫌いな物入れるなと言い、お風呂入りなさいと言えばいちいちうるせぇと言う。とっくに低くなってしまった声で、吐き捨てるように言われるのが無性に腹が立つ。


 そりゃね、反抗期が大事な成長の過程だってことは分かってる。伊達に母親やってないもの。私だって何度親に歯向かったことか! だから最初のうちは、「あぁ、この子もちゃんと成長してるわ」なんて冷静に見ることができていたの。


 でもウチの反抗期は、まだまだ終わりの兆しを見せない。

 ママ友情報によれば、息子のクラスメイトは、文句言いつつも母の日とか親の誕生日にはちょっとしたプレゼントをしたり、簡単なご飯を作ったりしてくれるらしい。「もうほんとツンデレなんで困っちゃうわぁ!」なんて、私の苦労も知らずに言い放つママ友たちに一瞬本気で殺意が湧いて、そんな自分にドン引きしたこともある。

 ウチの子は問題児よなんて堂々と宣言する母親の子どもほど、総じて大人しいのだ。そしてそういう子どものママたちは、反抗期という話題に共感するフリをしつつ、しれっと母の日や誕生日自慢を挟んでくる。自慢するなら、口許のニヤニヤを抑えてから言って欲しい。バレてますよ。盛大に。


 あぁ、くるんとした目でママぁと呼んでくれた日々はどこへ行ってしまったの。

 息子が寝てから毎晩、アルバムをめくる手が止まらない。ホームビデオまで再生しそうな勢いだ。


 こんなに反抗期が長いのは、私の育て方がおかしいから?

 ……いやいや、とすぐにかぶりを振る。そんなわけないって。

 割と自由にやらせてるし、勉強しなさい、なんて台詞はテスト前日にしか言わないようにしている。彼の汚い部屋だってほんとは掃除したいけど、“プライバシー”を守るために、あえて部屋には立ち入ってないのよ。


 でもさぁ、家族として一つ屋根の下に住む以上、最低限の情報は必要じゃない?

 私も仕事があるから、帰る時間くらいは聞きたいわけ。夕飯とお昼の内容が被るとかわいそうだし、どうせ文句言われるの分かってるから、昼が学食の日は何食べたかくらい、教えてほしいわけ。洗濯機だって毎日回すの大変だし、電気代と水道代節約したいから、部活の練習ある曜日くらい知りたいわけ。

 なのに私が口を開いた瞬間、「うるせぇ黙れ」? 挙げ句の果てには「クソババァ」?!

 やってらんないわよ。まだ私アラフォーだから!!!


 それにしても、クソババァの威力はすごい。「ママぁ」と懐いていたあの彼が、15年経つと同じ口から「クソババァ」と吐くなんて……。それ本当に同じ口?! 同じ遺伝子の持ち主?!

 さすがに何も言い返せなかった……想像以上にショックで、立ち直るまでに時間がかかってしまって。


 でも言い返せずに私が黙り込んだのが、よくなかったみたいだ。

 あの子、きっと私に勝ったとでも思ったのね。その日から横柄な態度がエスカレート! 「クソババァ」はすっかり常套句になってしまった。

 こりゃもう耐えられんわ…………と思って、ウチと同じくらい反抗期が続いていたママ友に相談したら、紹介されたのが、“仕返し屋”。


「あそこにお願いしたら一発よ、冗談抜きで」

「え、マジ?」

「マジ」


 なんでも、ママ友コミュニティでは星5つなんだとか。

 辛口のママ友が星を5つも与えるなんて、なんちゅう店だ。



 ◇



 待ち合いブースの壁をぼーっと見ていたら、「祝・ユーザー1万人突破! アプリ会員の方は次回半額!」というチラシが貼ってあった。

 チラシを見て、思わず「え」と声が出てしまう。1万人もこのお店使ってるのね……。


 視線を落として、さっきもらったレシートを確認する。


*******


~ご注文内容~

・反抗期の息子コースA 800円

 (お尻を叩く)

・サイドメニューC 100円

  (ゲーム剥奪のペナルティを追加)

・ハーフ -50円

 (半殺しくらいの力)

・テイクアウト 消費税8%

 (身柄持ち帰り)


*******


~対象者のメールアドレス記入欄~

 ○△□☆※◎◇×@$%&.jp


~アンケートご回答内容~

Q. なぜ、このサービスを使用されたのですか?

——「クソババァ」と一人息子に何度も罵られて、さすがに頭に来たから


*******



 たかがお尻ペンペン、されどお尻ペンペン。

 私より何倍も力がありそうな屈強なスタッフが、私がアンケートに書いた息子のアドレスにメールして彼を巧みに誘いだし、実行してくれるみたいだ。身体面では軟弱な私がやるよりも、相当効果がありそう。


 それにしても、ここのメニューはよくできている。

 皆殺しレベルの“レギュラー”か半殺しレベルの“ハーフ”かで迷ったけれど、まぁ初回だから、ハーフにしておいた。

 それから、ほんとは身柄引き取るのめんどくさいけど、テイクアウトを選んだ(選ばされた、のかも)。“反抗期の息子コース”利用者の9割方は、テイクアウトにするみたいだ。確かに店にとっても、他人の子どもの処理を任されるのは嫌でしょう。

 一応親だし、その場で引き取るわ。


 ちなみにその他のコース——“不倫した旦那成敗コース”や“嫁いびり過剰な姑ビビらせコース”、“止まらないマウンティングママ友恥かかせコース”などは、テイクアウトする人などほとんどいないらしい。このタイプの身柄持ち帰りがなかなかしんどいことは、想像に難くない。旦那はともかく、姑やママ友を持ち帰るのはさすがに無理だよ。

 ただ、これらのコースも大変人気があるみたいだ。特に旦那成敗コースには、人気ナンバーワンのPOPが派手に付いていた。

 みんな、何だかんだで仕返ししてるんだね。人間の闇を垣間見た気がする。



 そろそろかなぁ。

 ……これで息子は、少し頭を冷やすだろうか。



 息子よ。

 ちょっと大人の階段上りつつあるからって、なめんじゃないわよ? まだまだ私の方が上手うわてなんだから。



 うまくいけばいいな、と思っていると、「番号札32番の方ぁー!」という声が響いた。

 私は「はーい」と返事をして、手にした番号札を店員さんに掲げる。



 すると、「マジか……マジか……」と呟きながら項垂うなだれた息子がこちらに向かって歩いてきた。私は一人、ほくそ笑む。どうやら効果テキメンだったようだ。



 これで思い知ったかしら?

 クソババァ呼びなんて、100年早いわ。



 最後は必ず、私が勝つのよ。

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Aコース、Cセットをハーフで1つ。 水無月やぎ @june_meee

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