第5話 紡ぎ出すもの

「ルルーシア、目が覚めた?ほらベリーを採ってきたよ?あとこっちは長芋だと思う。両方食べられるよ」

あの村を出て、しばらく歩いたところの大木の根元にルルーシアたちは居た。


「ゴン太!?あなた一人で出歩いてたの?」

つかの間の睡眠で、覚醒しきれていなかったルルーシアは、枯れ葉を巻き上げる勢いで慌てて跳ね起きた。


「もう陽も高く昇ったし、大丈夫かなと…ぐふっ、いきなり何するしっ?ル、ルルーシア?」

眼をクワッと開くと、ルルーシアはすかさず魔法のリードをゴン太の首に飛ばし拘束した。


見開いたルルーシアの目は泣き腫らしたように赤い。


「駄目よ、ゴン太。一人で出歩いちゃ」

ぐいぐいリードを引っ張って、ゴン太を引き寄せる。


やがて、ゴン太の顎はルルーシアの膝にのった。


「…わかった。けど、ここまでしなくても…」


ゴン太の耳の間の、人間なら額にあたる部分を撫でながら彼女は語る。

「…あの咆哮を聴いたでしょ?わたしが魔王の娘だと知ったら、やっぱりあなたも離れるのではないの?お願い…ゴン太はわたしのそばにいて」


「な、なんてことを言うんだよ!…いくらルルーシアでもそれは酷いよ…オイラどこに行くって言ったよ?変わらないしどこにも行かないよ?ルルーシア」

ゴン太は顎をルルーシアの膝にのせたまま、視線で訴える。


「…ゴン太…ごめん」

そこでルルーシアはやっとリードを緩めた。


ゴン太はルルーシアの隣に伏せの姿勢になり、首を傾げるようにして顔だけをルルーシアに向ける。


「そりゃびっくりしたよ。教祖アイドルが本当に魔王様の娘だったとか…あれは幻術設定VTuberのカバーストーリーだと思ってたし……あ、ひどいとか言ってオイラこそごめん…」

ゴン太は向けていた頭を、そのままクタッと前肢の間に投げ出し、地面にペッタンと伏せた。


「ううん、いいの。わざと勘違いさせるようにわたしが設定カバーストーリーに盛り込んだのは本当のことだし…ベリーもらうね?」


「うん、食べて。…確かにびっくりはしたけどさ、ルルーシアはルルーシアだよ。でもどうしてそんなことしたの?」


「誰も私を見てくれなかったから…かな。あ、ちょっと酸っぱい」

夕べはシチューを半分しか食べられなかったから、確かに空腹には違いなかったのだ。


「え?なんでだよ?魔王の娘って言えば誰もが憧れる存在じゃん」


「違うの、ゴン太。わたしはね…ずっと良い子のふりをしてなきゃならなかったの。誰の前でも」

そう言いながら、ルルーシアは体育座りをして膝を抱え込んだ。


「んー、確かに教祖アイドル布教配信の時と、魔王さまの跡取りとして、謁見してるルルーシアとは中身にズレはあるけど…あれっ?」

何かに気づいたのか、ゴン太の耳がピルっと動く。


「どうしたの?」

ルルーシアは頬を自分の膝に預けたまま、すぐ隣のゴン太を覗き込む。


「なんの冗談かな…オイラ、ルルーシアが謁見の間に、魔王様の横に佇んでる姿を見た記憶がある…あれ?オイラは誰だよ?謁見の間だぞ、入れるわけ…」

耳は激しくぴるぴると動いている。


「…謁見の間での催事の魔法配信もあったから、それを見たんじゃない?」


「…そう、かな…なんか記憶が曖昧だなあ…」

動揺がおさまったのか、耳はぴたりと止まった。


「…えと、ルルーシアごめん、どこまで話したっけ?」


「魔王の跡取りとしてのわたしと、教祖アイドルとしてのわたしにズレがある、だっけ…」


「そうそう、それだよ。教祖アイドルのルルーシアはやりたいことをニコニコしながらやってる…けど、跡取りとしてのルルーシアはやるべきことを無表情でやってる感じ。でも、どっちもルルーシアなんだよね」


「確かにどちらもわたし…だけど…本心から誰かと向き合えたのは…本当のわたしでいられたのは、幻術教祖VTuberとしての仮初めのわたし…


…本当に皮肉よね。だから信者ファンの皆との布教配信を通しての交流は、わたしにとっては家族同然の本当に大切な絆で…」


「ルルーシア、たった一匹?になっちゃったけどさ、まだオイラがいるじゃん。そこで紡いだ絆はなくらならないよ?」


「ゴン太…ありがとう」


話しをしながら、ルルーシアはインベントリを探り、スティーブから譲り受けた魔導書を取り出し開く。


「確かにそうかもね…でも、もう…あっちの世界に帰れるかわかんないけど…あれ?これ」


「どしたの?ルルーシア」


「この魔導書…最後のページの余白に…わたしの文字が…わたしの文字が書いてある!?」

空気が一瞬で張りつめ、思わずゴン太もルルーシアを振り返る。


「ど、どういうこと?何か書いたっけ?」


「違う…違うの。わたしたち、ひょっとしたら、さっきの村で…」


「え?まさか…まさかだよね?それ、洒落にならないよ」


「…たぶん…何度か全滅してる!?」


○○○


一人と一匹は無言で歩く。


どうやらあの村で何度か全滅を繰り返していた痕跡が魔導書から見つかり、うっすらと過去数回の記憶も思いだしつつあった。


自分たちすら、何度か大陸のリセットと共にループしていた事実はなかなかに重い。


やがてルルーシアたちは、海辺のゲートを視野にとらえていた。


「ゴン太、わたしはね…前向きに考えることにしたの。あの村で確かにわたしたち、何度も全滅してた。でも、今回は生きてここまでたどり着いたの。生きてさえいるなら何とかなるって」


「…うまく言えないけどさ、ルルーシアのそばがオイラの居場所なのはずっとかわんないよ」


「うん、じゃせーのでゲートをくぐってみよう?」


「「せーの、はいっ!」」


空間がぐにゃりと歪み、景色が入れ替わる。

目の前には鳥居があって、見慣れたホロウ村の入り口に降りたっていた。


「やった!遠くに村人も見えるよ、ゴン太!これでなんとか…ゴン太?…どこ、嫌ーーっ!ゴン太ーーっ!」


ゲートをくぐり、ホロウ鯖への接続を確認したルルーシア。しかし、やはりゴン太はゲートを越えられなかったようだ。


ルルーシアは慌てて、再びゲートを潜りなおす。


「ルルーシア!」


「ゴン太!良かったあ。姿が消えたから、どうしようかと…」

ルルーシアはゴン太を強く抱きしめ、その先の言葉を飲み込んだ。


ホロウ村に渡れないということは、つまり、ゴン太は新大陸からは生きて出られないのだから。


タイムリミットまで、残り1日。ルルーシアたちは岐路にたたされていた。


○○○


そして、ルルーシアは決断を迫られて…


「ゴン太、ごめんね」


次話に続く

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