第4話 慟哭 2
「…まだ時間はあると思っておったんじゃが」
「囲まれてますね」
「ルルーシアこれって…」
「アンデッドね。たぶんグールかゾンビ……スティーブさん、その摩導書をお借り出来ないかしら?家宝というのはわかってます」
「…無駄な家宝じゃよ。それはいい。だが、おまえさん、魔法使いなら魔導書はいらんだろうに?」
「お恥ずかしながら…魔法の効きが悪くて、魔導書があれば本来の力を出せる気がして…」
この世界で目覚めてから、ルルーシアはずっと疑問だった。何故か自分の魔法が弱体化していることに。
「本来の力…お嬢ちゃんもしや…『渡り人』か?」
「渡り人?」
「ああ、渡り人だな(その呼び名を知らないなら)。なら、話しは後じゃ、お嬢ちゃん、虚空庫にエメラルドを持っとるじゃろ?それ一つと交換でいい。後は存分に使ってくれぃ」
そう言って、老人スティーブは魔導書を彼女に手渡した。
「どうしてそれを?エメラルドの話しなんてしてなかったのに」
「代々の言い伝え…じゃな。今となってはその記憶も怪しいものじゃが…わしは弓を用意する。お嬢ちゃんは魔法を頼む」
ルルーシアはインベントリからエメラルドを一つ取り出し、テーブルにことりと置いた。
自身も弓が得意なのだが、試したいことがあったのだ。
「わかったわ。スティーブさん…ありがとう…これ、大切にします」
スティーブは後ろ手に手を振って、隣の部屋へ向かった。
ルルーシアが摩導書に触れた瞬間、本は紫に発光する。本に手をおきながら、ルルーシアはゴン太を見た。
「ルルーシア…まさか、あれを試すの?」
「うん。ルルーシアにまかせて」
○○○
スティーブの話によると、取り囲む大量のアンデッドは、ほとんどが村人の成れの果てらしい。
「巻き込んで悪かったのう。これで、もう何回目か…もういい。もううんざりじゃて」
椅子を足場に、少し高い位置にある明かり採りの小窓から矢を放つ、が、当然なかなか当たらない。扉を挟んで反対側の小窓にはルルーシアが陣取った。
「スティーブさん、ほんの少しの間…耳を塞いでいてもらえますか?」
恥じらうようなお願いに、スティーブも困惑しながらも従うことにした。
「息子は鍛冶師になりたいと、鎚ばかりを握っていての…こんな可愛らしい娘も欲しかったのう」そう言ってニコリと目を細め耳を塞いだ。
ゴン太も耳をパタリと閉じて小さく頷いた。
ルルーシアも少し恥じらいながら、ニコリと返す。
そして詠唱が始まる…
「…定めに逆らいし流転の魂魄よ聞け!我は魔王の娘ルルーシア、契約により『死の王』の力を行使しする者なり。我に平伏せよ!『咆哮』!!
ぬ"え"お"あ"あ"ア"ア"ア"アアァ"アァァ"ォ"ァ"ァァァ"ォ"ァ"ァアァァ"ォ"ァ"ァーーーーッ!!」
地の底から揺さぶるような、生きている者の臓腑を縛り、なおも死者すらその場に縫い留めるような、エバン…げふんげふん…恐怖そのものを具現化したような雄叫びが響き渡った。
スティーブは冷や汗をだらだら流しながら目を剥き、ゴン太は逆立った毛がウェーブを繰り返す。
「死王(ノーライフキング)の咆哮」が響きわたった後、付近一帯は静寂に包まれた。
一体、また一体とアンデッドはその場に跪き頭をたれていった。
○○○
「効いたわ… もう外に出ても大丈夫だと思う…えっと、何をしているのかしら?」
スティーブとゴン太は、テーブルの下に潜りこみ頭を庇うようにして震えていた。
「ぇあ、ありがとうごじゃります」
スティーブはチラリと顔だけを向けてお礼を言った。そのままガタガタ震え続けている。様子が変なのは気になるところだが。
「ルルーシア?終わり?」
ゴン太は耳をプルプルさせてから、伏せの姿勢から四足立ちになった。
「スティーブさん…あなた、もしかして…」
「ど…どうやら、わ、わしも半分以上アンデッド化が進んでいたようじゃな…お嬢ちゃんの魔法で…動けなくなったわい」
ルルーシアはスティーブの「平伏」を解除し、扉を開けて外に出た。
魔法が効果を及ぼすほどに、アンデッド化が進行してしまっていては、治療魔法も逆効果になる。もう人としてスティーブは助けることは叶わない。
そんな中でも、スティーブは気さくに話す。
「繰り返しに気づいてからは、流行り病で村人が亡くなる度に、洞窟に埋葬して入り口を塞いでおったんじゃ」
元村人が囲いを破って洞窟から這い出てくる。その中にはスティーブの妻と息子もいて、何度となく対峙しては、自らの手で屠ることを繰り返してきた、とスティーブは語った。
そのために身体を鍛えたこと、遺跡のゲートに挑み、弾かれ、それならばと、家族を連れて海を渡ろうとして世界の壁に阻まれ…この場所に強制的に転送されたこともあったな、とカラカラと老人は笑った。
家の前に座り込み、話す彼らの前に二体のアンデッドが進み出た。
「…あ…な…た」
「…おと…う…さん」
ルルーシアの魔法の制御下にある間は、アンデッドはその命令を理解するために、知性を取り戻す個体が出る。
「エリーに…イアン…お前たち」
「あぁなた…ごはん…は、ちゃんと…たべて…まぁすか?」
そう言ってエリーと呼ばれた、比較的状態の良い一体のアンデッドは、スティーブの頬に手の平をあてる。
「…ああ、エリー…お前の言い付けを守って…いる…よ」
「…お、と…さん、かじし…に、なれぇなくて、ごめん…」
少年のアンデッドが、スティーブの足にしがみつく。スティーブは志半ばで旅立った少年の、息子の頭を撫でてやる。
スティーブは、泣いていた。
せめて、もう一度家族と話したい。そう思ってもかなわない日々を、一人孤独に生きぬいてきた。
彼は二人を抱き締め、そしてルルーシアに向き直る。
「幸せな…日々じゃった。エリーと…出会い恋に落ちて、歳が…いってからの息子は…目に入れても…痛くなく…て」
「スティーブさん…」
ルルーシアの頬にも涙が伝う。
「その…幸せな日々が…わしたち家族の生きた証しが…全て…全てが嘘だと知った日の…絶望は…誰にもわからんよ…
…お嬢ちゃん…息子への手向けに、鉄のインゴットをもらえまいか?そして、この魔法が解ける前に、わしたちを根源から…
…どうか浄化しておくれ…もう繰り返すのは…堪えられんのじゃ…この村も跡形無くしておくれ…どうか…どうか頼む…」
お互いを抱き締めあい、私たちを根源から消失させてほしいと願う彼らの、その願いに繋がる道筋を思って、ルルーシアもゴン太も泣いていた。
そして…こくりと、ルルーシアは頷いた。
○○○
夜明け前、スティーブの家の前には、多くのアンデッドが跪いている。その彼ら全てが、浄化を望んだ。
「さあ、やっておくれ」
スティーブ家の他にも、何組かの家族がお互いに抱き締めあい、静かに時を待っていた。
ルルーシアは、スウッと息を吸い詠唱する。
「…定めに逆らいし流転の魂魄よ、我は魔王の娘ルルーシア、契約により『死の王』の力を行使しする者なり。汝等を、その魂の軛より解き放たん『浄化』」
スティーブ達も光の粒子に変換されていく。
「お嬢ちゃんの人生に、幸福が沢山やってくることを祈っておるよ。悪夢を終わらせてくれて、ありがと………」
アンデット達は、元村人のにこやかな幻影を纏いながら、星を散りばめたようなエフェクトと共に消失し、その青白い光の粒子は空へと上っていった。
と、同時に村にセットした爆薬が破裂し、村も粉微塵となって流れる風に消え去っていった。
しばらく呆然と眺めていたルルーシアの頬を幾筋もの涙が伝う。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ」
ルルーシアは、大地に両手をつき堪えきれず慟哭をあげる。
「ルルーシア、行こう」
ゴン太は、ルルーシアにかける言葉が見つからず、ただ一言そう言って、彼女の隣に身体を寄せ佇み続けていた。
もうゲートはすぐそこに迫っていた。
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