第3話 慟哭 1

一人と一匹は藪だらけの道とは言えない道に難儀しながら、川沿いに海を目指すうちに寂れた村を発見していた。時刻は夕暮れに差し掛かっている。


村の入り口には、家畜だったものの白骨が散乱している。


「ルルーシア?この村、何か変だ」


「すいませーん!誰かいますか?」


返事はない。


「確かに変だね…ゴン太もわかるの?村の山側に気配はあるのに、誰も家にいないって」


「わかるよ…ルルーシア?ここ、すごく死の匂いがする」


「…待って、誰か来たみたい」


納屋で遮られた建物の奥のほうから、よろよろと白髪の老人が出てきた。ホラー映画さながらの登場に、ルルーシアたちの警戒心も上がる。


身体つきは老人にしてはマッシブだが、頭、右手、左足、脇腹それぞれ布を引き裂いて作った包帯を巻いていており、木の枝を杖に満身創痍の様子。

着けている衣服も、怪我で流したであろう血が黒く染み付いており、不気味なことこの上ない。


「ほお、客人とは珍しい」


「こ、こんにちは…ゴン太挨拶は?」


「こ、こーん?」


「…このご時世に、よく生き残っておったもんだ」

老人は視線を下に向けた。

「なにがですか?」


「この色の狐は毛皮が人気でな、隣の大陸からも商人がくるようになって、すっかりいなくなっての。ほれ、そこの中を見てみい。ま、今は誰も寄り付かんがの」


納屋を覗くと、ゴン太と同種のキツネの毛皮が壁にいくつもビターンと吊るされていた。


「びぇっ」


頭の先から尻尾まで、波が伝わるようにボボボッと毛が逆立ったゴン太は、ルルーシアの後ろに思わず隠れた。


○○○


一人と一匹は一晩の宿を求めてこの村に立ちよったのだが、できれば早くここを離れたいと思うほどには、村の様子はいささかおかしい。


しかし、また気を張りながら野宿をするか、はたまた、この世界にきて不得意になってしまった土魔法で、難儀して地下にシェルターを作り、冷えた地面に身体を横たえるかの選択を躊躇うほどには、ルルーシアもゴン太も度重なる敵襲に疲れきっていた。


そして老人は、ステーブンソンと名乗った。


ルルーシアたちは「今夜一晩だけならば、空いている家を貸してあげよう」という老人の言葉に頷くことにした。


「妻も子供も旅立ってしまってのう、たいしたものは出せんが」


老人が住む石造りの古びた家。そのキッチンとも作業場とも思える部屋の真ん中に置かれた、荒削りで無骨なテーブルにことりと湯気の上がるシチューが置かれる。


「ありがとうございます」


「ほれ、おまえさんはこっちだ」

テーブルの下に伏せていたゴン太の前には、ムギ粥のような物体が置かれた。

クンクンしてから、ゴン太は食べ始める。


「豊穣の神に感謝を」

ステーブンソンは右手を胸にあて祈りを捧げる。


「豊穣の神に感謝を」

ルルーシアもそれを真似祈る。ゴン太はしまったという顔を一瞬したが「いまキツネだし、まいっか」と早々にテーブルマナーを投げすてカフカフと粥を食べる。


「おまえさんたち、どこから来なさった?この奥には人里はなかったと思うが」


「…隣の大陸から?かな。道に迷ってしまって……あ、これ美味しい」


「大陸から?それなら帰りにも海辺の遺跡を使うのじゃろ?なら急いだほうが良いの」


「…何かあるんですか?ステーブンソンさん?」


「わしのことはスティーブで良いよ。なーにたいしたことではない。この大陸が幻のように消えて、また人生をやり直すだけのことよ」


かたりと、ルルーシアはスプーンを置く。ここがゲームの延長線上の世界なら、彼はNPC的な存在のはずだが、発言はそんなものではない。


「幻…ですか?」


「ああ。おまえさんはこの大陸は始めてかの?」


「はじめて…ですね。」


「ここはの、隣の大陸からは『神々の箱庭』と呼ばれておる。わしも商人から聞くまで知らんかったし、知らぬほうが幸せじゃった…お嬢ちゃんは魔法使いかい?」


「はい、学校を出てからは幻術しか使ってなかったですけど…スティーブさん、それは?」


「『死者の理』ネクロマンサーの魔導書じゃよ。何故か家宝としてもっていた身分不相応な代物じゃよ。表紙をめくるといい」

スティーブはそう言って、禍々しい装丁の黒光りする本をテーブルに置いた。


「…失礼します……!?これは?」


表紙の裏にびっしりと書かれた言葉に、思わずルルーシアは老人を見つめた。


「七つの書き込みがあるじゃろ?それは、この世界の在り方に気づいてから、その後の七度の人生のそれぞれで書き足したものじゃよ。この魔導書は『虚空庫』にしまわれておる間は消失からは免れるようでの」


表紙の裏には、びっしりとスティーブの字で書かれた言葉が並んでいた。

思わずゴン太も背伸びして覗きこむ。


そこには…




【次のわしへ】

1 もう疲れたよ。


2 失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した、失敗した…


3 わしの代わりはいるから…


4 筋肉こそ正義!


5 貧弱!貧弱!貧弱ぅ! 筋肉こそ至宝!すべてはマッスルが解決する!


6 さっきのゾンビはどうしたかって?放してやった。


7 海賊王になる!


「ちょとまてぃっ!!どっから突っ込んだらいいのかわからねぇぞ! まず1はわかる。んで、スチィーーーブ!2は何をしでかしたんや!気になって夜もおちおち眠られへんわっ!」

ゴン太は、思わず声をあげて突っ込んでしまった。


「「…」」

ルルーシアも、老人も半眼でじっとゴン太を見ている。

「あ"?……………………コーン?」


「おバカ…」

ルルーシアが小さく呟き、ゴン太はテーブルの下に伏せて前足で自分の頭を抱えた。


「ほう…人語を理解するキツネとな…」

スティーブの目がギラギラと光る。


「つ、使い魔なんです。わたしが契約しなかったら、た、ただのキ、キツネなので」


「…まあ、そうじゃろうな…お嬢ちゃんの使い魔でもなければ、捕まえて売り飛ばすとこじゃ。……んんん、内容はともかく、わしは書き込みを見て、前回の人生を思い出すことができたんじゃ……ん?」


ふいに建物の外に何かの気配を感じて、彼らは口をつぐんだ。


「まだ時間があると思ってたんじゃが…」

そうスティーブは呟き、小さな明かり採りの窓に歩き、外の様子を窺った。


何かの唸り声に囲まれたまま、怪しの村の不穏な夜はふけていく…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る