第2話 タイムリミット

「スイッチ!ゴン太!下がって!あなたはわたしが守る!」


「下がれって?どこへ?まわり中アンデッドまみれなんだが!」


不慣れな土魔法を駆使して地下から脱出した一人と一匹は、カクカクした草原のど真ん中にいた。


「じゃ 背中につかまって!」


「いや、オイラ獣足だから滑るよ!?」


「仕方ないわね… ゴン太なら、こ、この胸で受け止めるわ!」


ルルーシアは弓に矢をつがえながら恥じらうという、とても器用なムーヴを見せる。


「…」


ゴン太は、天を仰ぎ…

一粒の涙をこぼしたあと、何も言わずトコトコ歩いて、サッとルルーシアの頭にかけ上がった。


「ゴン太?その涙はどういう意味かしら!?…ねぇゴン太?お話し合いが必要よね?」


頭上のゴン太と喋りながらも、ルルーシアの手は止まらない。


彼女がゴン太を目線だけで追えば、下弦の月がゴン太をシルエットにする。


無限の矢を三本同時につがえ、羽毛のような軽さでトンっと軽く地面を蹴り、砂塵を巻きながらふわりと回転、360度全方位に矢を射出、敵をなぎ倒していく。


頭の上に陣取ったゴン太は、右へ左へロデオ状態だが。


「ルルーシア?弓、そんな巧かったっけ?あだ、舌かんだ!」


「わたしもしらない!敵を見ると勝手に反応しちゃう!」


「ルルーシア後ろっ!」


「させるかあぁぁっ!」


ストトッ 


数体のゾンビが頭蓋に矢を貫通させて、後ろに吹き飛びながら派手に燃え上がる。


矢には対アンデッド用のバフがかかっているようだ。


窪地からいきなり何かが飛び出してくる。


「まずいっ!狐火!」


ゴン太はとっさに小さな青白い火炎を吐いた。

「グギャッ」


犬のアンデッドがゴン太の「狐火」に焼かれサラサラと炭を崩すように砕け散った。


「ありがと、はあはあ、助かったわ…ゴン太?…あなたそんな器用なこと出来たっけ?」


ライクラと似てはいるが、いろいろと差異もあるらしい。


「わっかんねえお。オイラも身体が勝手に…あっ!またきた!ルルーシア右!」


「はあ…わたし、ネクロマンサーなのにアンデッドに襲われるってどうよ!?台があったら叩きたいー!あーきりがないーっ、ふんっ!」


矢を4本同時射ちするルルーシア。レベルアップによるスキルの解放なのか。


命懸けの賑やかな宴は、その後彼らの願いをよそに日の出まで続いた。


○○○


「ルルーシア?生きてる?」


彼女たちは草原を横切る川づたいに海辺に向かっていた。


今は見晴らしの良い、少し小高い丘の上、一人は木陰の下で大の字になって、一匹は頭から下りて、くたっと伏せている。


「全身打ち身と切り傷と、スタミナゼロを生きてるっていうのならね。あなたも…え?ゴン太!あなた右足どうしたの!!」


「ちょっとしくじったんだよ。たぶん折れてる」


じっとゴン太の右足を見つめるルルーシア。


「…ゴン太…ごめん…」


彼女は上半身だけを起こし、顔を両手で覆った。その繊細で華奢な顎に涙をつたわせながら。


「な、なんで謝るんだよ?いつもみたいに…」


「…いつもって何?」


「リードを引っ張ったり?穴に落としたり?俺虐?」


ぷいっと彼女は顔をそらす。


「…わたしね…弟と一緒に、小さなころワンコを飼ってたの。とても可愛かったなあ」


涙をぬぐい遠くを見つめるルルーシア。かたわら手のひらをゴン太の腫れ上がった右足にそっとあてながら。


「いてて…」


ゴン太も伏せの姿勢から、首だけを彼女に向けてその顔を見上げた。右足は倍ほどの太さになっている。


「魔界の学校でも、治療魔法は得意じゃないかったから…」


淡いホタル色の光が、ゴン太の足を柔らかに包む。


「あ、温かい…ルルーシア?普段は弟のことなんて触れなかったよね?」


「…もういないの。事故でね、死んじゃったの。あっけなかった」


「…なんかごめん…」


「いいよ、わたしが話したいんだから。目の前でワンコと一緒に飛び出してね、わたし、止めようとしたんだけど…」


「わかった。過保護すぎるほど、オイラにこだわったのは、その話と関係あるんだろ?」


「ワンコはコンタって名前で、キツネ…今のあなたの色に似てたかな。弟のしゃべり方も、あなたに似てた…のかも。弟もコンタも大好きだった…」


「…ルルーシア、オイラはどこにも行かないよ?」


ゴン太の鳶色の瞳と、ルルーシアの涙に濡れた淡い紅色の瞳が、真正面から視線を重ねあう。


一陣の風が吹き抜けていく。


「ぷっ、ゴン太あなた…その台詞、目が離れてるから、本当に似合わないよね」


「台無しだよ!でも、やっと笑った。ルルーシアも悲しい顔は似合わないよ。でも目が離れてるは余計だ」


「「ぷっ」」


「「あははははは」」


二人はひとしきり笑いあい、ルルーシアはゴン太をしっかりと抱きしめた。


「もう、絶対ににがさ…離さないだから!」


「ちょっと不穏だよ、それ」


また、ぷいっと顔をそらす。


「さ、いこっか?足はどう?」


「あ、もう大丈夫みたいだ。でも、行くってどこに?」


ゴン太を地面にリリースしたルルーシアは、腰まわりについた埃をパンパンと払い、やっと見え始めた水平線を指さした。


「もし、ゲームの設定を引きずっているなら、ここは資源鯖で新大陸にあたるはず。だからホロウ鯖にあるラプタンダル大陸に渡れば、ホロウ村にいけるんじゃないかと。

だからゲートを目指してるの。それが影も形もなければ、わたしたち詰みかもね…」


「…存在はするかも」


ルルーシアは足下のゴン太を振り返る。


「ん?ゴン太?」


「オイラが魔界のリスナーだった時の記憶と、ルルーシアに新大陸で追っかけられてた時の両方の記憶が、オイラにはあるんだよ」


ゴン太のしっぽの毛が一瞬だけ毛根から逆立った。


「…この身体の記憶、かな?それならわたしの弓のスキルも納得できるかも」


ルルーシアは俯く。


「設定が同じなら…ルルーシア気づいてる、頭の中にステータス画面があるの?」


「…うん、あるね。認めたくはなかったけど」


「…同感だね。このシステムタイムの下のカウントダウンって…」


「…新大陸、資源鯖をリセットするまでの時間……だ、大丈夫だよゴン太。絶対に連れていくから」


「…オイラ難しいこと考えんのは苦手だよ。だから、いこうルルーシア。連れていってよホロウ村に」


ゴン太は、少しヒキツリながらも何とかニカッと笑ってみせた。


鯖のリセットは、すなわちゴン太の存在の消失を意味する。


一人と一匹は、お互いにその事実と押し寄せる不安を、心の奥底に必死に押し込めながら、ゲートのあるだろう海岸沿いを目指す。


運命の日まで、あと10日。彼女たちの旅は続く。

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