転生したらキツネだったんだが、あるじがヤンデレで割とちょっとヤバい件

Jp 聖人

第1話 壁の中にいる…

プロローグ


キンモクセイの香り。

大好きな香り。


窓辺に頬杖をつき、わたしは見るともなく校舎の中庭を眺めていた。


白亜に染め抜かれた、しかし無骨な石造りの建物。フェアリー・ペイン魔法学院。伝統が拘束衣のようにわたしを縛る場所。


「ルルーシャーー!生きてる?」


ふいにかけられた声に一瞬思考が停止する。


「アルシオン、びっくりさせないでよ」


「いやいやいや、あなた恋人にこっぴどく振られたような酷い顔をしていたから」


「…」


「え!?え?まさか本当に!?」


「そんなわけないでしょ!大体あなたと四六時中一緒にいて、どこに恋人の姿が見えるというの?」


「いいじゃない。乙女は妄想してこそ輝くの!」


なんてこと… アルシオンはどうしてこんなにお気楽なのか…

今は昼休み、彼女と食後のおしゃべりを楽しむ予定は無かったんだけど、まあいいか。


「はぁー 心配してくれてありがとう」


「なに?棒読み?心がこもってないなあ クスクス」


「たまに思うわ。幸せって何かしら?…決めたわアルシオン。わたし卒業したら教祖(アイドル)になる」


「ルルーシャ?え?それは…ルルーシアのお父様が許さないでしょ?だってお父様は魔王様なんだし、ルルーシャは玉座を継承するんでしょ?安泰なセレブ生活じゃない?」


「…そうね。安泰だわね…でも、それじゃあわたしはどこにも居ないの。どこに行っても『第一王女』であって、『ルルーシア』の居場所じゃないんだもの…」


「はあ…持たざる者には理解できない悩みだわ」


「あなた?それ皮肉かしら?わざと言ってるでしょ!あなたも持たざる同士でしょうに?」


「ちょっとルルーシャ?何の話してるの?」


「何の話かしらね?クスクス……」




○○○




「…え…い…て…?」


何かしら?呼ばれてる?


「ねえ、ルルーシア?起きてる!?」


え?あ?ここは…冷たっ!

地面が体温を奪って、お尻が寒い!

わたし、うとうとしていた?


懐かしい…夢ね。


わたしは何でこんなところに閉じ込められたんだっけ?


「なあ、ルルーシア?聞いてる?」

あ、そっか。

「…なによゴン太、わたしと一緒がそんなに嫌なの?」


「いや、そんなことはない…むしろ…これは、これで…」


「?」


「いやいや騙されんな俺。違う、ごはんだよ、ごはん。メシ、ディナー OK?」


「ゴン太、食べたでしょ」


「それ、昨日の朝が最後だよ?」


「そうだっけ……ねぇゴン太?ところで、あなたいつから喋るようになったの?わりと重要なことだと思うのだけれど」


「え?今さら!?」


「だってしょうがないじゃない。気がついたら、ここに居たし。それまではあなた喋れなかったわよね?」


「まあ、オイラもどうなってんのか、何が何やら…確かルルーシアの布教(配信)を見ていて、画面がビカーッと光って…あれ?オイラ死んだ?これ死んでね?ワンチャン転生かっ!?」


「あなたも大概ね?…わたしはね、台をパンパン叩いたとこまでは記憶にあるの…そしたら画面がビカーッって……あ? あア"ア"ァァァァァァ!配信どうなったぁー ぁぁぁぁ」


まあ、限りなくやかましいのは同じ。主従どっちも大概である。


周囲は土がむき出しの壁に囲まれて、明かりは松明が一つ。


松明も魔法的なアイテムらしく、ずっと燃え続け、熱くはないし、酸素が無くなる感じもしない。


「ね、ねえゴン太?わたしたちって…」


「…ああ、ライクラ(ライク・クラフト)だな。あれにそっくりな世界に入りこんでるかも」


「確かに、このすっぱりと切り取ったみたいな垂直な壁は、ライクラみたいね…」


「まあルルーシアのその胸は、ライクラでもリアルでも変わらないよね?むしろ壁そのまんまなんだもん… あたっ!」


「誰がまな板かっ!!」


「いや、オイラは壁と…」


「あー、壁ね。『ボルダリングに手掛かりは二つの突起、あー登りづらい…』って、やかましいわっ!」


「あだっ!何かぶつかったぞ!冤罪だ、冤罪を主張する!あとルルーシアむやみに物投げない……ん!?これってジャガイモ!?」


「え?ジャガイモ?食べれる?ねぇ食べれる?」


「ルルーシア、よだれよだれ。クンクン…食べれそうだけど、これ生だよ?」


「…あなたを食べるよりは生のジャガイモのほうがマシね…」


「え?え?え?オイラを食べる気だった?」


「え?そ、そ、そんなわけないじゃない。冗談よ、冗談、おほほほ(リスポーンするし)ボソッ」


「いや、目が笑ってないし、よだれ出てるし、説得力がまるで行方不明なんだがっ!…」


ゴン太は少しずつ後ずさっていく。


「あは、あは、あはははははは」


「ちょ、ルルーシア笑えない、笑えないぞ。それより…これインベントリのジャガイモ?」


「そうみたいね…でもどうやって出したんだろう?」


「よくあるのは念じて出す?とか?」


「じゃ…いでよー!ジャガイモ!ふんっ!」


「……」


「……」


「「あー、はっはっは」」


どうやら息はあっているようだ。


「出ないな…」


「出ないね…」


「こう、何か詠唱が要るんじゃね?」


「詠唱ねぇ……


…生まれながらにして最強、そして世界いちの美貌ーっ、スーパーボインボインのネクロマンサー ルルーシアが命ず!いでよジャガイモ!」


シーン。静寂が…痛い。


「「……」」


何も出ない。むしろ出るところも出ていない。出る様子もない。何がとは言わないが。


「…ゴン太?あなた今、すごく失礼なこと考えなかった?」


「い、いや…やだなあ、あはははははは」

ゴン太は冷や汗を流している。


「ゴン太?そんだけ笑うなら、あなたもやってみたら?」


「えっと、なら…


…サモン・ジャガイモ」


コロン…


「「……」」


「「あはははははは」」


ジャガイモは出た…でも、なんだかルルーシアが手をワキワキさせて、目はギラギラと不穏だったので、ゴン太は空間の奥に向かって逃げた。


「まてーっゴン太」


「いや、またないよ。キツネ鍋にされてたまるかっ!」


「食べない!食べないから。ギブミー食料」


仲良く走り回り、その夜はやたらツルツルして綺麗なジャガイモと、作り物のようにふかふかなパンをインベントリから取り出して、仲良く食べた。


それぞれ寄りかかってぐっすりと夜?を過ごす。お互いの体温だけが存在の証しであるかのように。


どこともわからぬ世界で、一人と一匹の波乱万丈の物語が今始まる。





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