第二回:宴の企て・前編
その日野資朝が発起人という形で、妖しげな会合が開かれたのは正中元(一三二四)年の頃であった。都の警護をしている六波羅探題の武士たちをして、
「まったくお公家様のやることは理解できぬわ」
と呆れ冷笑させていることは、都では知らぬ者とてないありさまだった。
公家や宮中と縁の深い僧侶たちとの親睦の歌合わせといえば聞こえがよい。
ところが催しが一区切りつくと、酒が振る舞われ肌が透けて見えるほどな薄着の女官が入れ替わり立ち替わり酌をして回るのだ。
酔って興に乗れば当然、女官に抱きついて口を吸おうと悪ふざけをする者も現れその度に嬌声がそこかしこで飛び交う。
それがこの所連日連夜と重なっているため、六波羅では我らが苦労して都を守っておるのにと武士たちが舌打ちしているくらいだ。
僧侶ともあろう者が一緒になって狂宴に加わっている、それだけでも噴飯ものである。
更に苛立ちを募らせたのは、この宴に土岐頼員(よりかず)、多治見国長といった武士までもが参加していることだ。
特に土岐頼員の場合、その妻が斎藤太郎左衛門尉利行(さえもんのじょうとしゆき)の娘であったことが問題といえる。
斎藤利行は六波羅の奉行の一人であり、自分の娘婿が夜な夜な妖しげな会合に出入りしているとなれば職場の聞こえも良くない。
「お前、あれはどうにかならぬのか」
娘の様子を窺いにたまに顔を覗かせると、言わずもがなと苦言を呈さずにはおれなかった。
正体を失った公家や僧侶が時折、市中でぐだを巻いたりするため、世間、特に六波羅にとってこの乱痴気騒ぎは苦々しきものと映っていた。
「ちょいと失礼……」
宴もたけなわとなり、若い公家や女官らが一組また一組と別室へ去る中、ただ一人座をはずして庭へと出た者があった。
日野資朝であった。誰もおらぬ木陰で袴の前をはだけるや、辛抱しきれぬとばかりに放尿した。いささか飲み過ぎた。そう言いたげに宙を仰いで一息つく。
「お供しましょうか」
背後から近づいた声が隣に並ぶや、勢いよくほとばしるものが眼前にある木の幹を濡らす。
若い者はさすがに勢いがあるな。共に立ち小便をしている者へと資朝は笑いかけた。
男同士でしかわかり合えぬ、おかしみのある連帯感といえた。
「俊基殿、今宵はどの女官を選びなさる」
「いや、今宵は遠慮しておきましょう。一応は病み上がりということになってますゆえに」
「お主目当てでやってきた女たちがさぞかし落胆するであろう。罪作りな御仁よのう」
からかうような調子に、若い公家は笑いながら首を横に振る。
日野俊基。資朝とは一族にあたり、同じく後醍醐天皇の信任厚き若手である。
以下、次号。
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