まさのぶさん
M
まさのぶさん
まさのぶさんはお酒が好き。毎日のようにお酒を飲んで、ぼくをぶつ。大声で怒鳴って、ぼくの髪の毛を引っ張って、顔に痣ができるけど、必ず次の日には優しく抱きしめてくれる。
ぼくはまさのぶさんに暴力を振られても、彼が満足してくれるなら平気。まさのぶさんはきっとぼくのことを信じてくれているから殴るんだと思う。
今日もまさのぶさんは乱暴に玄関を開けて帰ってきた。吐く息から少しだけアルコールの匂いが混じっている。きっと仕事が終わってどこかで飲んできたんだろう。
ぼくは仕事が終わったらまさのぶさんのご飯を用意するため寄り道せず真っ直ぐ帰ってくることにしている。まさのぶさんは帰ってきてご飯がないとすごく機嫌が悪くなるから、ぼくが準備しておかないといけない。
まさのぶさんの健康を気遣って、今晩のおかずは秋刀魚の塩焼きにした。魚料理を出すときは骨に気をつけなければいけない。以前出したとき、骨がまさのぶさんの喉に引っかかって大騒ぎになったことがある。あのときぼくの鼻は折れて曲がってしまった。まさのぶさん、今日はちゃんと骨をとって身をほぐしてあるからね、安心して食べてね。
テーブルの上に並んだ料理を見て、まさのぶさんは、酒、と呟いた。そうだね、秋刀魚の塩焼きには日本酒だよね、ぼくは急いで台所から日本酒を持ってくる。
グラスに日本酒を注いで渡すと、まさのぶさんはそのグラスをぼくに向かって投げつけた。ゴン、という音がしてぼくのおでこに痛みが走った。何してんだ、熱燗に決まってんだろ。ああ、まさのぶさんをイライラさせてしまった。ぼくはすぐに熱燗の用意をした。
テレビからは野球の中継が流れている。ぼくはあまり野球について詳しくないからわからないけれど、どうやら今日はまさのぶさんが応援しているチームが優勢になっているみたいだった。笑顔でテレビ画面を観ているまさのぶさんがいてぼくも嬉しくなる。
夕飯を食べ終えたまさのぶさんはシャワーを浴びに浴室へ向かった。今日は機嫌がよさそうだからきっと首絞めセックスかな。苦しいけれどまさのぶさんが満足してくれるならそれで良し。今日もまさのぶさんの喜ぶ顔が見たい。
浴室からまさのぶさんの怒鳴り声が聞こえてきた。シャンプーが切れていることを忘れていて補充していなかったんだ。どうしよう、また髪の毛掴まれて湯船に突っ込まれるのかな。行かなきゃ。
やっぱり今日はまさのぶさん機嫌がいいみたいで湯船に顔を突っ込まれずシャワーヘッドで殴られるだけですんだ。よかった、まさのぶさんが不安定だとぼくまで不安になる。
まさのぶさんが浴室から出てくるのを待ってる時間、すごくドキドキする。このドキドキはまさのぶさんに暴力を振るわれる恐怖心からなのか、それともぼくがまさのぶさんのことを心から愛しているからなのか正直時々わからなくなる。早く出てきてほしい。
バスタオルを腰に巻いた姿でまさのぶさんは出てきた。ぼくが毎日洗濯し、乾燥機をかけにコインランドリーまで通っているから我が家のタオル類はすべてふわふわになっている。そのふわふわでまさのぶさんを包み込むことができる幸せよ。
美味しそうにタバコを吸う横顔がぼくをうっとりさせる。背中に彫られている龍の刺青が目を青くして吠えている。
あまりじろじろ見るとまさのぶさんが怒るからダメだけど、ぼくはまさのぶさんの龍を見るのがとても好きだ。いつかその爪でぼくの身体を引き裂いてほしい。
ぼくもシャワーを浴びようとまさのぶさんの隣を通り過ぎようとしたとき、おい、と言って彼がぼくの腕を掴んだ。どきっとする。まさのぶさんが真っ直ぐぼくを見つめている。
乱暴に着ていた服を脱がされ、ぼくの上半身が裸になる。まさのぶさんがぼくの首を片手で締めながらもう片方で乳首を触ってくる。だめだよ、まだシャワー浴びてないよ、まさのぶさんに触れてもらえるときは綺麗な自分でありたいのに。
首を締めている手に力がこもって次第に息苦しくなる。目を閉じるとまさのぶさんがキスしてくれた。タバコの香りのするキスはぼくの頭の中を真っ白にさせる。こういうのを幸せって呼ぶのかな。
まさのぶさんに首を締められるようになってからぼくの声帯に違和感が生まれるようになった。以前は出せていた音域の声が出せなくなったのだ。高い声も低い声も今は出ない。これはまさのぶさんからもらった贈り物。ぼくの声はまさのぶさんによって作り替えられた。どんどんまさのぶさんに染まっていくこの身体が喜ばしい。そのままタバコの火を押し付けてぼくの身体に消えない傷を作ってほしいのに、まさのぶさんはなかなかぼくを傷ものにしてくれない。
首締めから解放されると今度はまさのぶさんのちんこを舐めさせてもらう。ぼくの身体に興奮して勃起したまさのぶさんの性器を口で味わうことができるこの瞬間、ぼくはまさのぶさんに求められていることを確信する。
まさのぶさんのものは大きくて、ぼくは歯を当てないように慎重にしゃぶる。
まさのぶさんはぼくの頭を鷲掴みにして勢いよく腰を振ってくれる。
まさのぶさんはぼくの喉の奥にちんこを擦り付けるのが好きだ。
まさのぶさんはちんこにしゃぶりつくぼくの顔に唾を吐いてくれる。
まさのぶさんの愛を感じる。
まさのぶさんにはぼくがいないとだめなんだってわかる。
脱げ。まさのぶさんがそう言うからぼくは身につけていたものすべて脱ぎ捨てて全裸になった。ああ、まさのぶさんだめだよ、ローション使わないと切れちゃうかもしれないよ。ぼくの唾液で光ったちんこを強引にアナルに押し付けてくる。だめだめ、まさのぶさん、そんなことしたら、ああ、まさのぶさん、まさのぶさんが入ってくる、ぼくの中に侵食してくる。
バックから犯されつつぼくはまた首を締められた。首を締めるとアナルも締まって気持ちいんだって。ぼくがもっとまさのぶさんを気持ちよくできるよう努力しなきゃ。
いく、いくいくいく、出すぞ、おら。まさのぶさんは毎回ぼくの中で射精してくれる。温かいものが直腸にじんわり広がっていくのを感じる。引き抜いたちんこをぼくは綺麗に舐めとる。
セックスが終わってぼくがちんこを舐めている間、まさのぶさんはぼくの髪を撫でてくれる。優しく、ゆっくり。その瞬間ぼくは泣きたくなる。こんな幸せな瞬間が存在するなんてまさのぶさんに出会うまで知らなかった。ぼくに愛を教えてくれてありがとう。
ぼくはまさのぶさんに出会ってから残業のない工場の仕事に転職した。毎日同じ時間に始まり、同じ時間に終わる仕事はまさのぶさんに会うためにもってこいだった。
機械から排出されたネジをひたすら箱詰めする単純作業をしている間はまさのぶさんのことを考えることができた。今頃まさのぶさんは何をしているのだろう、危なことしてないといいな、まさのぶさんの身体はぼくが守るんだから、何があっても一緒にいてあげなきゃ。
「おい、そろそろ昼にするか」
工場長がぼくたちに声をかけた。もうそんな時間か、最近いつも気づかないうちに時間が経過している。
ぼくは自分で作ってきた弁当を持ってベンチに腰掛けた。本当はまさのぶさんにも持っていってほしいけど、お昼は仕事仲間と一緒に食べるらしいから無理なんだって。今日は何を食べているのかな。
「こっちで一緒に食べようぜ」
顔を上げるとひょろっとした男性がぼくを見ていた。顔にニキビの跡がたくさんある。なんてやつだ、ぼくがまさのぶさんのことを想っているときに話しかけてくるなんて。
ぼくは不機嫌になり下を向いた。だってこんなにも大好きな人のことを考えているのに一緒にご飯を食べようだなんて。ぼくにはまさのぶさん以外の男性はいらないんだ。
「なんだよ、返事くらいしろよ」
男性はチッと舌打ちしてぼくから離れていった。その様子を見ていた別の人が、あいつはほっとけよ、そうそう何言っても無駄、と話かけている声が聞こえた。なんなんだあいつら。苛々する。
ぼくは食欲を無くしてしまった。もう弁当を食べる気にもならない。あいつらのせいでせっかくの昼休みが台無しになった。くそ、覚えてろよ。
午後の仕事が始まるまでイヤホンをして音楽を聴くことにした。まさのぶさんが以前聴いていたやつだ。外国の人が歌っているもので歌詞の意味なんてわからないけどまさのぶさんが聴くくらいだから素晴らしいものに決まっている。こうして好きな人の好きなものを少しずつ知っていくことの喜びに身を委ねている瞬間、ぼくの人生はぼくだけのものではなかったんだと実感できる。
仕事が終わって急いでスーパーに向かう。今日はまさのぶさんの好きな豚の生姜焼きを作ろう。まさのぶさんの健康を守るために考える献立でまさのぶさんの身体は作られている。
その晩、まさのぶさんは帰ってこなかった。たまにまさのぶさんは帰ってこないときがある。心配でたまらない。きっと仕事が忙しくて帰ってこれないんだろうけど、ちゃんとご飯を食べているだろうか。コンビニとか外食ばかりすると栄養が偏るから、明日はもっと健康に気を遣った食事を用意して待っていよう。
ぼくの日常はまさのぶさんを中心に考えることで成り立っている。まさのぶさんが起きるより先に起きて朝食を準備することで朝を感じ、まさのぶさんが仕事で怪我していないか考えることで自分の仕事をこなすことができ、まさのぶさんが帰ってくる場所をぼくが用意することができるという自信によって家が綺麗に保たれている。
翌日も、昼食のときにニキビ顔の男性が話しかけてきた。
「なあ、どうしていつも一人なんだよ。たまにはこっちで喋ろうぜ」
本当にこの男の人は何を考えているのだろう、迷惑だとなぜ気づかないのだろう。ぼくは自分の苛立ちを抑えることに必死だった。二日連続でまさのぶさんへの想いを邪魔されるなんて、殺されたいのか。
ぼくが彼を睨みつけていると別の男性が近寄ってきた。
「おい、そいつに構うなって」
ぼくの倍はありそうな大きな身体と締りのない顔した男性はぼくを見下ろしながらニキビ男に喋りかけている。
「でも一緒に働いてるんだから仲良くなろうぜ」
「こいつが入ってきたときおれも同じようなことしたけど無駄なんだよ、いつも一人でボーッとしてるかと思ったらいきなりニヤニヤしたり笑い出したりして気持ち悪いんだよ、もう関わらない方がいいんだよ」
「そうなんすか」
「そうだよ、行こう」
勝手に人のプライベート空間に入り込んできたかと思えば勝手に納得して出ていきやがって。やっぱりぼくにはまさのぶさんしかいない。まさのぶさんはぼくにあんな失礼なことは言わない。
午後の仕事中もさっきのやつらのせいで全然まさのぶさんに集中できなかった。いつもならすでに夕食の献立も考え終わっているのに今日はまだそこまで考えられない。くそ、あいつらぼくとまさのぶさんの仲を引き裂こうとしてるのか。
突然ビーっという機械音が工場内に響き渡りコンテナが停止した。ざわつきだす周囲に紛れて工場長が走っている姿が見えた。どうやらどこかの機会が故障したみたいだ。
近くに置いてあるパイプ椅子に座って様子を伺っていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。その音は次第に大きくなり工場の前で停車した。
皆のざわつきが大きくなる。救急隊員と思われる男性が二人、工場に入ってきた。機械の隙間から様子を伺うとどうやら誰かが機械に巻き込まれて怪我をしたらしかった。担架に横たわり運ばれていく横顔を見ると先ほどぼくに話しかけてきたニキビ顔の男性が苦しそうにしている表情が見えた。どうやら彼が機械に巻き込まれて怪我したみたいだ。ざまあみろ。ぼくとまさのぶさんの関係を邪魔した罰だ。きっとそうだ。ぼくは嬉しくなった。まさのぶさんへの想いが神様に通じたんだ。神様がぼくたちに味方してくれたんだ。思わずガッツポーズしたくなった。もうここにはぼくとまさのぶさんを引き裂こうとするやつはいない。これで思う存分まさのぶさんのことを考えることができる。
仕事帰り、ぼくは気分良くスーパーで買い物ができた。待っててねまさのぶさん、今日は栄養満点のミートスパゲティを作るよ。
鼻歌混じりに帰宅するとすでに玄関は開いていて、下駄箱にはまさのぶさんの靴が置いてあった。
ぼくは急いで中に入りまさのぶさんを探すと、リビングでソファに座っているまさのぶさんの姿が目に入った。
急に嬉しくなりまさのぶさんに抱きつきたい衝動に駆られた。ぼくに気づいたまさのぶさんがこちらを見る。買ってきたスーパーの袋を掲げて、すぐご飯作るから待っててね、と声をかけるとまさのぶさんはぼくに抱きついてきた。
まさのぶさんの逞しい腕、筋肉によって盛り上がった胸、タバコの匂い。ぼくの身体はまさのぶさんを求めていて、まさのぶさんも同様にぼくを求めている。
そのままぼくたちは長いキスをした。スーパーの袋がぼくの手からフローリングに落ちる。着ていた作業着を脱がされる。汗臭くないかな、まさのぶさんの前では綺麗でありたいのに。
まさのぶさんの右手に派手なラベルの小瓶が握られているのが見えた。久しぶりに見るそれはとても頼りなく見えて、けれどぼくはその小瓶の魔法で別世界にいけることを知っている。
まずまさのぶさんが小瓶の液体を嗅いだ。つんと鼻をつく刺激臭が漂う。次にまさのぶさんはそれをぼくの鼻先に持ってきて、ぼくの片方の鼻の穴を塞いで嗅ぎやすくしてくれた。勢いよくそれを嗅ぐと頭の奥が痺れて一瞬世界が歪む。
身体が重力から解放されたみたいに軽くなる。まさのぶさんに触れられている部分が熱い。まさのぶさんがぼくを見ている。まるでお姫様になった気持ちになる。まさのぶさんがナイトで、ぼくはお城に囚われた姫。敵をなぎ倒してぼくが監禁されている牢まで来てくれたまさのぶさんはぼくを見つけると我慢できなくてキスするんだ。ぼくもまさのぶさんに救い出された喜びで全てを差し出す。
正常位が好きだ。まさのぶさんの顔が見えるから。まさのぶさんがぼくの身体に夢中になっている姿を確認できる。小瓶から漂う別世界への入り口を嗅ぎ合ってぼくたちは一緒にどこへでも行ける。
まさのぶさんがぼくに違う世界を教えてくれた。まさのぶさんがぼくを見つけ出してくれなかったらぼくはずっと誰からも愛されないまま一生を終えていただろう。死ぬまで一緒にいたい。なんならまさのぶさんに殺されたい。その手でぼくの首を絞め殺してほしい。あなたのいない世界なんて考えられないし、あなた以外誰も信じられない。あなたがいなかったらひとりぼっちと同じ。
ぼくは泣いた。嬉しくて涙が出てくる。あなたの背中の龍ごと抱いてあげる。大丈夫、ぼくがずっとそばにいる。
まさのぶさんはたまに、とても悲しそうな顔をしているときがある。テレビも点けずにソファに座り、タバコを吸いながら宙を見上げている。
そんなとき、ぼくはただ一緒にいてあげることしかできない自分の不甲斐なさにがっかりする。まさのぶさんの助けになりたいのにぼくにできることなんてたかが知れている。そっとテーブルにまさのぶさんの好きな辛口のジンジャエールを置いて隣に座ることしかできない。
まさのぶさんまさのぶさんまさのぶさん、ぼくがずっと一緒にいるからね。
翌日、仕事をしに工場へ向かうと工場長に事務所に来るよう言われた。事務所の扉を開けるとそこには工場長、マネージャー、そしてなぜか太った男もいた。
「こいつですよ、内田を怪我させたの。許せねえ」
ぼくの顔を見るやいきなり太った男が喋り出した。内容がわからないぼくはマネージャーに促されるまま工場長の隣に立った。
「さて、今日呼ばれたのは何故だかわかるかな」
口髭を生やしたマネージャーがぼくを見つめながら言った。わかりません、と答えると、とぼけんな、とまた太った男が怒鳴った。
「落ち着いて」
マネージャーが太った男に言い、ゴホンと咳払いしてから続けた。
「昨日内田くんが怪我をしたことは知っているよね」
内田くんが誰なのか知らないと告げると、また太った男が、てめえこのやろ、とこちらに近づいてこようとしたので工場長が止めた。
「救急車で運ばれていったんだが、知らないかな」
昨日救急車で運ばれたあのニキビ男が内田くんだとしたら知っている。
「そうか、昨日の昼、君と内田くんは口論になったみたいだね」
口論になった記憶もないし、内田くんと会話した記憶がそもそもない。
「そのときの出来事を堺くんが目撃していてね、口論になったあと君な相当内田くんを睨んでいたそうだね」
だから口論になった記憶もないし誰かを睨んだ記憶もない。
「そしてその後、君は姿を消し、持ち場に戻ったときにとても楽しそうに笑っていたんだとか」
なんの話をしているのか全くわからない。
「見たそうなんだよ」
だから何を。
「まあ、こちらとしても事実確認をしないことには話が前に進まないのでね、今日ここに来てもらったというわけだ」
彼らが一体なんの話をしているのか、何を求めているのかがわからなかった。そもそもぼくはまさのぶさん以外の男性に興味がないし、まさのぶさん以外はどうなっても知らない。
ぼくが黙ったままマネージャーを見つめていると、彼はふうとため息をついて腕を組んだ。
「このままでは埒が明かないね」
マネージャーの言葉に、はあ、はは、と工場長が答えていた。彼はひどく汗をかいていた。
事務所の扉がコンコンとノックされ、その音に反応した工場長が急いで扉を開けると警官が二人立っていた。工場長がマネージャーを見た。マネージャーが頷いた。
「佐藤耕平さん、ちょっとお話を聞きたいので一緒に来てもらえますか」
警官の一人がぼくの名前を呼んだ。周りの全員がぼくを見ていた。どうしてぼくが警官と一緒にどこかに連れて行かれなければならないのか理解できなかった。コツコツと警官二人と一緒に階段を下る音が響く。ねえまさのぶさん、ぼくはこれからどこに連れて行かれるんだろう。
まさのぶさん、まさのぶさん。ぼくはまさのぶさんのことを想った。もしこのまま警察署に連行されるのだとしたらまさのぶさんに会えなくなってしまうのではないだろうか。そう思うと急に怖くなった。今ぼくが一番恐れなければならないことはまさのぶさんに会えなくなってしまうこと。
考えるより先に走り出していた。まさのぶさんに会えなくなるくらいなら死んだ方がマシ。ぼくがぼくで有り続けることができるのはまさのぶさんがいるから。
背後から警官の叫び声が聞こえる。何を叫んでいるのかわからない。ぼくは脚が痛くなって肺がちぎれそうになっても走り続けた。このままではいけない。まさのぶさんの帰る場所はぼくが守るんだ。
どれだけ走ったのかわからない。もうこれ以上走れない、身体が悲鳴を上げている、息が苦しい、けどまさのぶさんのことを考えたらまだ走れる気がしてくる。
なんとか家に辿り着いてぼくはリビングに倒れ込んだ。ねえまさのぶさん、早くまさのぶさんに会いたいよ。
いつの間にか眠ってしまっていたようで窓の外が暗くなっていた。ぼくは急いで起き上がり冷蔵庫の中を確認する。まさのぶさんが帰ってくるまでに夕飯の支度をしなければいけない。
昨日もパスタだったけど仕方ない、今日はホワイトクリームソースのスパゲティにしよう。ベーコンとほうれん草で彩りよくして飾ろう。お酒のアテになるようチキンも茹でてポン酢と胡麻油で味付けしておこう。まさのぶさん、いつ帰ってきてもいいよ。
ガチャガチャと鍵の開く音がした。まさのぶさんが帰ってきてくれた。今日はワイシャツを着ているまさのぶさん。いつもかっこいいけど今日は更にかっこいい。
テーブルにご飯を用意して、冷えたグラスにビールを注いだ。まさのぶさんが美味しそうに喉を鳴らしてビールを飲み干す。
昨日と同じパスタだけど食べてくれた。よかった、まさのぶさんの口に合って。まさのぶさんに認められたって思うと承認欲求が満たされてほっとする。
ビールのお代わりを出そうと立ち上がって冷蔵庫に向かうと、おい、とまさのぶさんに呼ばれた。振り向くとまさのぶさんがすぐ後ろに立っていて、思い切り抱き締められた。
今までのどの瞬間よりも強く抱き締められて息ができないくらいだった。まさのぶさんの温もりを感じる。まさのぶさんが必死にぼくを欲してる。
このまままさのぶさんの抱擁によって骨が砕けてしまってもいい。ぼくは嬉しくて幸せだった。
「どこにもいくなよ」
まさのぶさんはそう言うとぼくにキスをした。貪るようなキスだった。ぼくも必死に返した。互いに互いを必要としているような息することすら忘れてしまうくらい必死のキス。まさのぶさんが痛いくらいぼくの舌を吸う。このままこの舌がまさのぶさんの体内に入り込んでしまえばいいのに。まさのぶさんの身体の一部になりたい。ねえまさのぶさん、ぼくはどこにもいかないよ、まさのぶさんとずっと一緒にいるよ、まさのぶさんより先に死なないし、まさのぶさん以外の男に触れられることもない。この世にまさのぶさんだけ。愛してる。
まさのぶさん M @M--
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます