■■■話 たとえ■■■としても
ニヤリと嗤う真澄が、手のひらを上から下へ振り下ろした瞬間……全身に強烈な重力が襲い掛かり、そのまま地面に思い切り叩き付けられる。
まるで、大きく見上げる程の超大型な巨人の手のひらに押し潰されているかのように、身動き一つ取ることが出来ない。
「ぐッ、ゥ……ッ!」
「今こそ、あなたを蹴落として、証明してしましょう……リューリさんに相応しいのは、この僕であるとね」
確かに、このままでは……ただ殺されるのを待つだけだ。だが、主導権を握られている状況では大した力は発揮出来ないし、そのまま抵抗しても反撃の糸口にすらならないだろう。
だったら、ここから先は……“賭ける”しかない。
「……ッ……分かってないな……」
「……はい?」
「こんなものは、強さなんかじゃない……力の塊を、ただただ振り下ろしているだけ……そんなの、力さえあれば、子供でも出来ることだ……」
「ふぅん……つまり、死神さんは強さのなんたるかを知っているってことですか。なら、死神さんのLysも抜き取って、僕の糧としてしまえば……」
「……そんなに欲しいなら、くれてやろうか?」
「え……?」
地面でもがき苦しむ俺が口にした提案に、真澄は目を丸くして首を傾げる。
俺は右腕を前に差し出して、そこに意識を集中。以前に、ハタに教わってヨシコからLysを引き抜く訓練をした時のことを思い出し、それを自身に応用する感覚で……俺の手の上に光る球体、Lysの塊を顕現させた。
「察しの通り、俺のLysを取り込めば……お前に敵は居なくなるだろう。それに、お前の『源話』とやらにも、更に近付けるかも知れないな……?」
「……いやいや、流石に僕もその手には乗りませんよ、死神さん。そんなこと言って、どうせはったりでしょ?」
「そうかな……ほらっ」
全身に掛かる重圧と、Lysを抜き出した影響もあり、とてつもない怠惰感に襲われるが……精一杯の力を振り絞って、それを真澄へと放り投げる。
「なっ……!?まさか、本気でっ……おっとっとっ!」
真澄はギョッと目を見開いてから、大慌てでそれを掴み取ろうとする。ただ、俺は……その様子を見てはいなかった。
俺が横目で視界に捉えていたのは────俺の横を走り抜けていく一つの人影。
その人物は、俺のLysに気を取られた真澄の眼前に躍り出ると、手にした刀を振りかぶり……それを一気に振り下ろした。
「────そっ、こッ!!」
信じていた。
彼女ならば……『リューリ』ならば、必ず立ち直ってくれると。
彼女が振り下ろした刀は、“手筈通り”に、俺のLysごと真澄の身体を深々と斬り裂いた。ビシャッと鮮血が辺りに飛び散ると、身体を斬られた真澄が傷口を押さえながら、呻き声を漏らし始める。
「ぎぁぁァァァッ!?ァッ、ぁ、ぁ……リュー、リ、さッ…………なん、でッ……?」
「はぁッ、はぁッ……仮初めとはいえ、私は、あの世界で生きました……苦悩も、絶望も、夢も、幸福も、愛情も……あの世界で学び、培ってきました……そんな大切なモノを与えてくれた世界を……決して、否定させはしません……っ!!」
「ぐッ、ぐ、ぐッ、ぅぅぅああァァァァァ……ッ!?」
リューリの啖呵を聞いた真澄が衝撃を受けた様子で顔を歪めると……彼の傷口から、噴水のように、光の粒子が一気に吹き出ていく。
「あ、ぁ、ぁぁぁ……折角集めた、Lysが……ッ」
何が起こっているのか……難しいことではない。例えるならば、料理の前の下ごしらえみたいなモノだ。
生神の元から解放された人々のLysは、拡散した死神の『力』によって、存在を固定、昇華させていき……程なくすれば、少しずつ人間としての形を構成していくだろう。
その代償として、死神の力を全て拡散させた為、俺のLysは1となり、大幅に戦力が低下してしまった訳だが……それは、全てのLysが抜けてしまった真澄も同等、というわけだ。
「……これで、ようやく対等だ────立て、『生神』。決着をつけるぞ」
「……ぐッ、ぐぅぅぅぅぅ……ッッ!」
俺は、死神の鎌を顕現させて真澄を睨む。
対する彼は、顔を鬼の形相で強張らせながら、両腕を上から下へと、何かを引っ張り下ろすような身振りを取った。
直後、宙に浮かび上がっていたLysの塊が、重力に引っ張られるように降下。
それらは、まるで役職に即した形を取るように、剣となり、槍となり、弓となり……幾多の武器と化して、地面に突き刺さる。
その光景は……まさに、『武器の荒野』だった。
「これで、僕に勝ったと思うなァッ────『死神』ィィィィィッ!!」
彼もいよいよ怒りを露にさせ、地面に突き刺さった武器を引き抜きつつこちらへ突っ込んでくる。
魔術、武術、霊術……剣、弓、格闘……流石に一度に全てのLysを宿すことは出来なくなったようだが……ありとあらゆる武器や付与術を駆使して襲い掛かってくる多種多様な攻勢は、まるで数十万の人間を一度に相手取っている感覚だ。
「あの人はッ、リューリさんはッ、僕の希望だ……ッ!何をやっても上手くいかないッ、誰も味方をしてくれないッ、Lysも低いド底辺の僕をッ!絶望の淵から救い出してくれたんだッ!!」
「……ッ!」
それは、『生神』なんていう高位な役職を持つ人間とは思えないほど、劣等感に満ちた感情。つまり彼は、Lysが人生を決めるこの世界において、紛れもない『負け組』だったのかも知れない。
そんな中、リューリの優しさに触れ、何らかのきっかけで『Lys』を奪取する力を手に入れたことで……今回の事件に踏み切った、ということなのだろう。
「だからッ!僕があの人を救うッ!ここにある全てのLysを捧げてッ、あの人を報わせてみせるッ!!」
「……ッ……ッ!」
自分に対する……もしくは、世界に対する怒りなのか……数十万に及ぶ多彩な種類の攻撃が、更に激しさを増して襲い掛かってくる。
Lysを失った今、『生神』をマトモに相手にしても勝機を見出だすのは不可能も同然だ。今は手にした大鎌で、それらをいなして辛うじて回避しているが……いずれは、その攻撃の荒波に一瞬で飲み込まれてしまうだろう。
強い…………だが、とても“懐かしい”感覚だ。
「……次っ」
「……!?」
俺は、『その記憶』を思い返しながら、目の前にまで迫った剣を弾き飛ばす。
まだ冥界に居た、あの時も……こうやって大多数の敵を相手にたった一人で戦っていた。一番近いにまで迫った奴から、一撃で、確実に再起不能にしていく……その次も、その次も、その次も…………そして気付けば、そこに立っているのは俺一人だけになっていたんだっけ……。
「……次、次、次、次次次次次次次次次次次次次……次……っ!」
目で見ていては、間に合わない……。
Lysの切り替わりが終わるよりも、コンマ一秒速く……。
全ての感覚を直感に委ね、直感で全身を動かし……顕現された武器を、一本残らず粉砕させていく。
相手を一つの強大な『生神』として見るのでは無く、数十万の人と見た上で、それらを一つ一つ処理していけば……今の自分でも十分に対応できる。あとは、それをほんの数十万回繰り返すだけだ。冥界の軍勢と戦った時と比べれば、大した数ではない。
「ぐッ、か……ッ!なん、でッ……これだけ、Lysがあるのに……なんでッ、届かない……ッ!?」
「……少なくともそのLysは他者から搾取したモノで、お前のモノじゃない。扱え切れないのは道理だ」
「な、に……ッ」
「冥土の土産に教えてやる……自惚れんな。そもそも俺もお前も『神』の肩書きなんざ相応しくない。自分の欲が全ての、卑しい人間の一人に過ぎないんだよ……ッ!」
胸の奥から沸き上がるような渾身の力で鎌を振るい、真澄の持つ剣を木っ端微塵に打ち砕くと、彼はその勢いで大きく体勢を崩した。
その隙を狙って素早く鎌を持ち直し……最後の力を振り絞って振り下ろす。
しかし、彼の瞳は未だ死んではいない。
体勢を崩しながらも拳を握り、下から抉るように、鎌の柄を殴り付けてくると……両者の力は拮抗し、鎌と拳の鍔迫り合いとなった。
それぞ、Lysの恩恵もない彼自身の最後の気力を込めた武術。この異様に気力が込められた気配……マトモに食らったら、ただでは済まなそうだった。
「……ッ……仮にッ、そうだとしたら……譲れないッ……あの人を想う気持ちだけはッ、絶対に、ぃ……ッ!」
「それはッ……こちらの台詞だ……ッ!」
これが、最後の力比べ。
力でも、存在意義でも、信念でも、一歩も譲れない戦いが……今、この瞬間に決着しようとしている。
死神か生神か……現実か異世界か……長光圭志か澤真澄か────その、結末は……。
「────ッ!!」
瞬間、ボキンッ、と鈍い嫌な音が響く。
それは、澤真澄……彼の腕が、負荷に耐え切れずにへし折れた音だった。
「………………ぁ……ッ」
「リューリが、やっとの思いで切り開いた未来を────邪魔してくれるな」
それにより、妨げが無くなった鎌はそのまま振り下ろされ……真澄の腕を、肩から斬り落とした。
赤い鮮血を撒き散らしながら肩を押さえ、フラフラと後ずさる真澄は、悲鳴すら漏らさずに心底がっかりした表情で空を仰ぎ見る。
「……ッ……ねぇ、死神さん……虚しく、ありませんか……?この世界が、消滅すれば……僕も、あなたも……」
「……覚悟の上だ。それでも俺は、リューリの道を切り開くと……そう決めた」
「……ふふっ、くふふふふふふッ……あーあー、もう少しだった……いや、あなたさえ居なければ、もう実現していたのになぁ────死神さん。恨んでいいですか、永遠に」
「……勝手にしろ」
そして、清々しいまでの笑みを浮かべる真澄が、ありがとうございます、とお礼を言ったのを最期に……。
────俺は、手にした鎌を水平に振り抜く。
それによって一刀両断された真澄の姿は、光る塵と化していき……やがて、その場から静かに消え去ってしまうのだった。
これにて、ようやく……ファゼレストに蔓延っていた事変が、完全に終わりを告げた。
役割を終えた俺も、全身から力が抜けるように、荒い呼吸を繰り返しながらその場に腰を落とす。
すると……。
「────長光くん……っ!」
「リューリ……」
リューリが駆け寄ってきて、何の躊躇もなく俺に抱き付いてきた。
抵抗する力すら無い俺は、その暖かい抱擁を迎え入れるしかなかったが……しばらくお互いの体温を確かめ合うように密着し、リューリが声を掛けようと顔を上げたところで……。
「良かった……っ……もしかしたら死んじゃうんじゃないか、って……………………あ……れ……?」
「……」
“案の定”、異変が起こったようだ。
優しい笑みを浮かべていた彼女は、俺と目を合わせた瞬間、顔を強張らせて硬直。
それから、少しの間お互いを見つめ合っていると……次第に、彼女は自身の頭を押さえて、苦しそうな声を漏らし始めるのだった。
「……い、や……まっ、て…………だめ、こんな、の……だって、今の、いままで、わたし……っ……ちゃんと、おぼえてたのに……なん、でッ……」
その瞳には、大粒の涙が浮かんでいた。
それは、恐らく……分かっている筈なのに分からない……そんなもどかしい感覚と、戦っているからなのだろう。
こうなることは……分かっていた。
それでも、『生神』という存在に勝ち、世界を取り戻すには……リューリの未来を守るためには……こうするしかなかったから…………それなのに、必要以上に関わってしまったから……。
俺は、心の中で何度も何度も呟く……ごめん、ごめんな、リューリ……と。
「────あなたはッ、だれなの……ッ?」
そして、世界には自動的に修正が巻き起こる。
世界の平常な流れにそぐわない現象も……そこに似つかわしくない『神』の名を冠する者たちも……それと関わった者たちの、全ての『記憶』も……。
────『消滅』の一途を辿るのだった。
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