第■■話 神と神


 この世界はその性質上、人々にとって、あらゆる理不尽や不条理を受け入れる傾向にある。


 ある意味では、オマエもその一端だ。


 ならば、自分は何の為に存在しているのかって?そんなこと、ワレが知るわけないだろ。


 ただ、人々はその理不尽や不条理に立ち向かう術を持たない。仮に、人並外れた気概があったとしても、それらの奔流の前では無力も同然だ。


 なれば、誰が立ち向かう?


 なれば、誰が抗う?


 今更、ワレの口から言うまでもない。理不尽に対抗し得るのは、理不尽だけだ。


 もしも、オマエがそこに何らかの想いを抱くというのならば────オマエが、やれ。


 そして、己がある限りはこの世で放縦する余地など無いことを……ありとあらゆる理不尽共へ、徹底的に思い知らせてやれ。





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 それは、突然の出来事だった。


 ギリギリにまで近付いた唇の間に割り込むように、一つの固く握り締められた拳が現れると……真澄の顔面を、容赦なく捉える。


「ご……ッッ!?」


 その衝撃は、常軌を逸していた。


 拳に殴られた真澄は、まるで突風になったかのように、凄まじい勢いで衝撃波を発しながら空へと吹き飛び……遥か彼方、無人の観客席へと突っ込み、砂塵を撒き散らした。


 リューリが唖然とその光景を眺めていると……隣に立った人物が、彼女の頭の上に手を置いて優しく撫で始める。



「────まだだ。まだ負けるな、リューリ」



「……っ!」


 『彼』の声で、リューリは一瞬で正気を取り戻す。


 それは、本来ならば有り得ない来訪だったから……だけど、こうして『彼』が堂々と助けに来てくれたのは、本当に初めてだったから……。


 何故、と問い掛けることもせず……リューリは、ただ『彼』のことを見つめて、瞳を潤わせる。



 そこに立っていたのは────『死神』。



 彼は相変わらず無愛想な表情を浮かべながら、横目でリューリの姿を一瞥してから歩き出し、背中越しに彼らしい厳格な言葉を投げ掛けてきた。


「俺が、ここを最後の分岐点にする。立ち止まるか、先に進むか……それは、自分で決めろ」






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 普通の人間ならば木っ端微塵になるであろう力で、渾身の拳を叩き込んだ筈だったが……客席から飛び降りてきた澤真澄は、至って平然とした様子で首を回していた。


 まったく堪えていない……人間離れした異常なまでの耐久力だ。


「ふぅ~。初めましてですよね、死神さん……いいや、長光圭志さんって呼んだ方がいいですか?」

「呼び方などどうでもいい。澤真澄、お前の役職は何だ?こんな世界を創造出来るくらいだ、ただの役職とは違うんだろう?」

「流石は死神さん、分かりますか?そうなんですよ、僕の持つ役職は……そうですね────ある意味で、あなたと同じようで、対照的と言いますか……」

「俺と……?」

「僕の存在意義は、リューリさんの『生存』。リューリさんを『生かす』為、ただそれだけの為に存在する────『生神』、と呼ばれる存在なんです」


 一体、どんな因果か……『生神』ときたか。


 生と死、概念的に正反対の存在意義を持った二者が対峙しているわけだ。それを聞いた瞬間、彼に対して猛烈な不快感を覚えた俺は溜め息を混じりに顔をしかめる。


「……不愉快な……」

「ははっ。ですよねぇ、分かります」

「分かります、だと?わざわざ俺から語るのも馬鹿らしいが……リューリを生かす為に、わざわざ大勢の罪も無い人々を皆殺しにする必要はない筈だ」

「おっと……もしかして、“気付いてました”?」

「リューリを生かすというのは、あくまでも結果に過ぎない。お前の目的は……人々の皆殺しを起因として、この『異世界』を顕現させることだった……違うか?」


 ハッキリとして確信を持ってその事実を突き付けると、真澄は爽やかな笑顔を見せて、流石ですね、と呟いてからこう言ってきた。


「……リューリさんを生かす、その想いに偽りはありませんよ。ただもう一つ、この『生神』の力を持った以上……僕には、何よりも成したいことがあったんです────“かの『源話』の一端となる”、というね」

「『源話』……?」


 神話や逸話、というものならば知っているが……『源話』というワードは、これまで見たことも聞いたことすらもない。だが、少なくとも真澄は、それの一端だかになるが為に、こんな残虐非道なことを実行した……。


 なにか、彼の行動理念に、説明のつかないただならぬ気配を感じた俺は、一瞬、背筋が凍り付くような強烈な恐怖心を覚える。


 今、俺は……『何』と対峙しているのか、と。


「知らないならば、話はこれまでです。それより、さっさと決着をつけませんか?この世界に、死神は必要ありませんので……ねッ!!」

「……ッ!?」


 突如、真澄が突っ込んできて拳を突き出してきた。


 俺は反射的に腕を前に構えてそれを防ぐものの……衝突の瞬間、強烈な痛みが腕から全身へと拡散。


 あまりの激痛に反撃の体勢すら取れず、慌てて真澄から距離を離すと、彼は嬉しそうに笑みを浮かべて俺の反応を眺めていた。



「今、僕の元には“ファゼレスト中の人々のLysが集まっている”。その合計数は────『Lys2011735』になります」



「にひゃ、く……?」

「いやぁ、これはスゴい!今なら、死神さんほどの相手でも、指先で押し潰せちゃいそうな気がしますよ。オマケに、あくまでも死神さんは、この世界の理に則って顕現した……この僕が支配する世界に、ねぇ?」

「……」


 『生神』と『死神』は、対照的とはいえども、同じ“概念的要素”を有する存在だ。


 彼が世界に上乗せする形で『異世界』を形成することを既に推測していた俺たちは、そこに介入する為……敢えて自身を限界にまで追い込み、自らの存在を限りなく概念だけに近付けた上で、この世界に“浸透”させたのである。


 辛うじてその目論みは成功し、こうしてリューリと真澄だけしか存在しない世界に顕現することが出来た訳だが……。


 待っていたのは、支配者と介入者の絶望的なまでの戦力差だった。


「つまり……分かりますか、死神さん────あなたには最初から、勝ち目なんてないんですよ」


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