第27話 『ワスレス』
国立病棟から出て、街道を前後に離れて歩いていると、前方を歩くグウェナエルが唐突に、振り返りもせずにこんな問い掛けを投げ掛けてきた。
「貴様は、何処の生まれだ?」
「……え?」
「両親の名前は?」
「なんですか、急に……?」
「幼少期は、どんな生活を送っていた?」
「あの!さっきから、なんのつもりなんですか……!?」
質問の意図が分からずに、少し苛立ちを覚えて声を荒げる。しかし、そんな私の反応を気にも止めない彼は、落ち着き払った声色で、肩越しに質問を続けてきた。
「いいから答えろ。貴様が、大庭園に入ったのはいつのことだ?」
だから、私も負けじと、その簡単明瞭な質問に答えようと口を開く。
生まれ……両親の名前……過去の生活……大庭園に入った時期……それは……それ、は………………。
「……………………あ、れ……?」
「知らないことすらも知らず、か。そんな具合で、よくこれまで生きてこれたものだ」
「なにを、言っているんですか……?私、なんで……?なにを……私、は……なにを、思い出せないの……?」
頭の中がグルグルと渦巻き、猛烈な吐き気が催してきた。
簡単に答えられる筈のことに、“答えられない”……いいや、そもそもこれまで自分の素性なんて考えたことすらなかった……だからこそ、今改めて思い返したことで、生まれて始めて認識してしまった……。
────自分のことが、何一つ分からない、と。
「私や貴様が考えても埒が明かないのでな。その疑問は、当事者から語ってもらおう」
「当事、者……?」
気付けば、私とグウェナエルはダープにある療養施設の前に立っていた。グウェナエルが歩き出すと、私もそれに釣られるようにフラフラと後を追っていく。
何だか……妙に、静かだ。
いつもは廊下を歩いていれば当然のようにすれ違う、患者や看護の人間が一人も居ない。まるで廃墟にでもなったかのような不気味な静けさに恐怖を感じながらも、グウェナエルに付いていくと……彼は、とある病室の前で立ち止まり、ノックもせずにズカズカと入っていく。
あの病室は、確か……。
「あン?よォ、グウェナエル。先に楽しませてもらってんぜェ」
「手を出すのが早いな、まるで獣のようだ」
思わず、目を疑った。
病室の中には、オロフ=ニーブロムを筆頭に、見覚えのない数人の男たちが居座っており……その中央には、衣類を剥ぎ取られて裸体を晒し、天井から鎖のようなモノで両手を吊るされ、力無く項垂れるシオドーラ=マキオンの姿があったからだ。
「……ぁっ、ぅ……ッ」
「────シオッ!?」
私が誰よりも信頼を寄せる、誰よりも強く勇ましい彼女が、哀れもない姿を晒されている。
それを目の当たりにした私は、思わず感情を爆発させて飛び出そうとするが……傍に居たグウェナエルに、後ろで縛られた腕を掴まれ、床に叩き付けられてしまう。
「落ち着くがいい、リューリ。彼女には少々やってもらうべきことがあるだけだ。余計な余興まで始めてしまっているようだが……まぁ、さしたる支障はない」
「ぐッ、ぁ……ッ……ふッ、ふざけないで下さいっ!!今すぐにシオを離してっ!!」
「シオドーラ=マキオン……確か彼女は、当初から『霊術』に強い興味を示していたそうだな。それを利用して、何かを成し遂げたかったと……ならば貴様は、彼女が何をしようとしていたのか知っているのか?」
「なん、ですって……?」
まるで分かったような口振りだが……確かに、これまで彼女の口から具体的な話は一度も聞いたことがない。故に、私自身も無理に聞き出すつもりはなかったが……まさか、こんな形で、その衝撃的な答えを知ることになろうとは、思いもしなかった。
「知らないのならば教えてやろう。彼女は、『霊術』の力を利用して────『死者蘇生』を行おうとしていたのだよ」
「死者、蘇生……!?」
「霊術とは、異世界に通ずる力。それを利用すれば、人が死後に向かうとされる冥界から、“誰かを蘇生することが出来る”かもしれない……そう考えたのだろう。誰を蘇生するつもりだったのかは不明だが……どうやら、彼女はそれを実行したようだ。その結果、一人の人物が冥界から召喚された……」
いつか、ハタからこんな話を聞いたことがある。人間は生まれつき霊力に対する抵抗が低いとされているが、何よりも霊力の影響を受け易く、抵抗力がゼロに等しいのは……『霊そのもの』なのだと。
実は……それを聞いた時から、ずっと頭に引っ掛かっていたのだ。
思えば、マリアの時も、慰安会の時も……『同じこと』が起こっていなかっただろうか。まさに、ハタの言う、『霊そのもの』に起こり得る影響と、同じ様な症状を起こしていた事態が……。
つまり……彼の言う、シオが冥界から召喚した人物というのは……。
「…………ま、さ……か……ッ!!」
「そう。このシオドーラ=マキオンの霊術によって召喚された死者、即ち『亡霊』────それは、貴様のことなのだよ」
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