第21話 親友
「そう言えば、昨日は行くとこがあるって言ったけれど……もしかして、『大展望』に行ったりした?」
「えっ!?ど、どうして……?」
「いや、俺も偶々、気分転換に大展望へ行ったんだけど、リューリさんっぽい人が歩いていたのを見たから、もしかしたらって思って」
「あ、あー……そ、そう!私も演説が終わった気分転換で、大展望に行っていたよ。そっかー、長光くんも居たのかー、すれ違いになっちゃったんだねー……!(チラッ)」
「……なにか?」
「い、いえっ、なにも!」
(うーーん……ダメだこりゃ)
少しでも疑いを背けさせる為に嘘の話題を投げ掛けてみたが……それに答えるリューリの言動は、ちょっとわざとらしい。元々、リューリが堂々と嘘をつくような人柄ではないのもあるが……この程度では、マシャルを欺くことは出来ないだろう。
こうして帰宅中も身辺警備に付いてくれてはいるが……背後から突き付けられる何もかも見透かしたかのような鋭い眼光は、正直のところ心臓に悪い。
「……ところで、あなたたちの二人の関係は?随分と仲睦まじいようだけれど……恋人なのかしら?」
「……はいぃっ!?」
「恋人だなんてっ!私たちはただのクラスメイト!ただの友達ですから!」
「……はいぃ……」
「……長光くん?どうしたの?」
あぁ、安心した、いつも通りだぁ……。
相変わらずのお友達宣言に、ハートブレイク。足元から崩れ落ちそうになるのを、懸命に堪えるのがやっとだった。
「……なるほど。互いの公認ではないけれど、間違いなく好意は持っているということね」
「マシャルさん!?」
「それに、ここ数日……早くても昨日あたりで何かがあったのかしら?言葉には出来ないけれど、強い羞恥心のような物が言葉の節々から感じるわね」
「ちょっともう辞めてぇッ!?」
「……??」
ヤバいこの人超怖ぇぇッ!!
幸いにもリューリは昨夜の(大変だった)ことは覚えていないようだ、良かった……とか言っている場合ではない。このマシャルの洞察力の鋭さは、常軌を逸している。
嫌な予感を察知した俺は、あくまで悟られないように慌てて話題を切り替える。
「そ、それよりも!これから、シオドーラさんの見舞いに行くんだよね?」
「うん。急に誘っちゃってごめんね、長光くん」
「全然大丈夫だよ。むしろ、俺なんかで……というか、そのー、なんで俺を誘ってくれたのかなぁって思って」
「……長光くんは……こんな私のことを、ずっと気に掛けてくれていたから」
「え?」
「皇選に立候補したばかりの時、私は孤立していた。マリアは話し相手になってくれては居たけれど、嫌がらせをしていた張本人だった訳で……少なくとも私にとって、同じ学生に味方は一人も居なかった。そんな私にとって、長光くんと一緒に過ごしている時間は、本当に救いだったから……」
「そんな……俺は、ただ……」
「だから、シオにも報告してあげたいの。私にも、大切な友達が出来たよって。その人が居てくれたから、関門を乗り越えることが出来たよって……ありがとう、長光くん。私、本当に嬉しいよ」
「……っ……そういってもらえると、俺も嬉しい、かな……?」
「それに、なんだかね?ここ数日間、長光くんとはずーっと一緒に居たような気がするんだ。ふふっ。そんな筈ないのに、なんでだろうね?」
「アァ~、ソレハァ、ナンデダロウネェ……?」
居たよずっと!!
そう叫びたいのは山々だが、マシャルの手前、自身の正体を晒す訳にはいかず、もどかしい気持ちに苛まれる。
そんな俺の心情に気付いているか否か、隣を歩くマシャルが再び洞察力の鋭さを発揮。
「……届かぬ想いを抱いて振り回されるのは大変ね」
「勘が鋭い人は嫌われますよ……」
「よく言われるわ」
少しウンザリした様子で言うマシャルにイヤミを放ってから、俺たち三人はシオドーラ=マキオンの入院する、ダープの療養施設へと向かった。
そういえば、これまで様々な人が口々にシオの話題を出していたが……そもそもシオドーラ=マキオンとは、どんな人物なのだろうか。
─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─
一言で言えば、凄い人。
シオドーラ=マキオンは、大庭園の中でも特に有名な人物だ。常識に囚われない柔軟な発想と秀でた才能の持ち主で、魔術、武術、霊術、三つ全ての付与術に精通していた。中でも、彼女は霊術に強い興味を示していた記憶がある。
────い~や、まだまだかなぁ。実は私、どうしてもやりたいことがあってさ。こんなものじゃ、まだぜーんぜん足りないんだよ。
誰もが羨む程の力を持っていたが……シオは、それを驕るようなことはせず、何よりも他人にとても優しい性格をしていた。きっと、沢山の人がシオのことを頼っていた筈だ。何故なら、そもそもシオが皇選に参加したのは、あの皇室が推薦したからなのだから。
────まぁ、確かにやれることも増えるし……何よりさ、子皇になれれば、リューリやマリア、他にも沢山の人たちも守れるじゃん?
そして、私にとって……唯一無二の親友。
理解できないことや、付いていけないことは、多々あったけれど……それでも、私の知らない世界を教えてくれて、私に安らぎと平穏と居場所を与えてくれる、本当に凄い人。
きっとこれから先、私はどれだけ成長しようとも、彼女には決してなれないだろう……そう思わせてくれる特別な存在が、シオドーラ=マキオンという人物なのだ。
────今更気遣わなくても何か困ったことがあったら私にドーンっと任せちゃいなって。私は、何があってもリューリの味方だから。必ず、リューリのことを守ってみせるからさ。
シオがいてくれるから、私は戦うことが出来る。
シオがいてくれるから、私は強くあろうとすることが出来る。
きっと、これから先も……どんな形であろうとも、この世界にシオが存在する限り、私はどこまでも頑張っていける筈だ。
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ファゼレスト下層部に位置する、国の管理外として放置されているスラム街、別名『ダープ』。その一角に、個人が経営している療養施設があった。そこは、何らかの理由で役立たずの烙印を押され、国から捨てられた者たちが収容されている施設であり、『役無の墓地』とも呼ばれていた。
『レイヤーズ狩り』の被害に遭い、昏睡状態に陥った者たちは、全員漏れなくこの施設に収容されているのだ。
「こんにちは、シオ。今日はお客さんを連れてきたよ」
リューリが個人病室の扉を開けて中に居るシオドーラに声を掛けるも……返事は無い。だが、彼女は既に分かりきった様子で扉を開け放ち、俺とマシャルを中に迎え入れる。
「えっと、失礼しまーす……」
「私は外で待っていた方がいいかしら?」
「あ、大丈夫ですよ。シオも、きっと大人数の方が楽しいと思いますから」
「そう?なら、少しだけお邪魔させてもらうわ」
中に入ると、白いベッドに上体を起こして座る一人の麗しい姿形の少女が真っ先に目に入る。
予想に反して、リューリやマシャルよりも比較的小柄な背丈に華奢な身体。艶やかな黒色の長髪は、頭を垂らした彼女の顔に掛かっており、それだけで彼女の生気の無さを物語っていた。先程までリューリが話していた明るく元気な面影は、もはや一欠片も残っていない。座ったまま死んでいるのではないか、と誤解してしまいそうになる程に。
そんなシオドーラの座るベッドの傍に、リューリは椅子を用意して腰掛け、会話なんて出来る様子もない彼女へと語り掛け始めた。
「それでね、今日は聞いて貰いたいことが沢山あるんだ。聞いて、シオ。実はね、先日の第二次公的演説で………………シオ?」
「……」
突如、リューリが少し驚いた様子で言葉を止める。
どういう訳か、シオドーラがゆっくりと首を回して、リューリの方をジッと見つめ始めたのだ。
話によると、彼女はまったく反応を示さない訳ではなく、時折、頷いたり、首を傾げたり、短い返事を返したりすることもあったらしい。
だが、こうして他人の顔を見つめるのは、どうやら初めての反応だったようだ。
「どうしたの、シオ?そんな、私のことをジッと見つめて……?」
その場に居る誰もが、期待した……もしかすると、回復の兆しが見えてきたのかも知れない、と。
俺も、リューリも、マシャルも、思わず声を殺して、不思議な反応を見せるシオドーラに釘付けになって、ジッと次の反応を待っていた。
すると、しばらくの沈黙のあと、彼女はゆっくりと口を開き……リューリに、こう尋ねるのだった。
「────きみ、だれ?」
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