第19話 めいどの宴
「死神さん?」
「リューリ、ようやく来たか。だが、少々間が悪かったようだな」
「あ……もしかして、都合が悪かったですか?」
「そういう訳ではないが……仕方がない────こちらに寄れ」
死神は何かを気にしながらそう言うと、何の脈絡もなく、その逞しい腕で私の身体を抱き寄せてきた。
彼の大きな身体に包まれた私は、その肩に掛かっていた黒いマントで全身を覆い隠される。
あまりにも突然の出来事に私は、マントの中で彼の人肌の温もりを感じながらも、妙な声を漏らしてしまう。
「ひゃ……っ!?な、ななな何をするんですか急に……っ!?」
「声を潜めろ。厄介なことに巻き込まれたくなかったらな」
「ぇ……っ」
声を潜めて言う彼の言葉にただならない緊張感を感じて、思わず彼に身を委ねるように身体を縮めた。
直後、死神の直ぐ傍を二人の足音が近付き、屋敷の外へと出ていく。
マントの隙間からコッソリ覗いてみると……一人の華麗な少女と、もう一人貫禄のある初老の男性が、敵対心を剥き出しにした表情でそこに立っていた。
今にも、殺し合いでも始めそうな張り詰めた雰囲気で……。
「いつか必ず、あなたの悪行を暴き、そして確保しに来るわ。それまで、精々首を洗って待っていなさい、死神」
「身の振り方を考えておきたまえよ、死神。異端ギルドは、君の動向をいつでも見張っている。それを、努々忘れないことだ」
刃物のように鋭い目付きでそう言う二人に対して、死神は無言の圧力だけを返すと、彼女らはやたらと存在感のある背中を向けて立ち去っていく。
その背中へと、明らかにイラついた暴言を吐き出したのは、死神の脇から飛び出して、白い粉末を大量に投げ付けるヨシコ=ライトセットだった。
「二度と主様に近付くなですわこの暇人どもっ!!まったく、忌々しい連中ですわっ!立場さえなければこの場で八つ裂きにしてやったというのにっ!」
「貴重な塩を撒くな、落ち着け。あの二人はお前でも手に余る。それより待たせたな、もう出てきても構わない」
「は、はい……」
死神に促されて、外の気配を窺いつつマントから出てみると、目の前に立つヨシコが珍しくも驚愕したような声を上げる。
「リューリ様っ、いつの間にそんなところに!?全然気付きませんでしたわ……っていうか、えぇっ!?主様の懐に隠れていたんですの!?なにそれ超絶羨ましいですわっ!?わたくしにもやらせて下さいましっ!!」
「オイ辞めろ」
「コゥンっ!そんなぁ~」
マントの中どころか、堂々と死神の身体に抱き付き始めるヨシコの大胆な行動を、彼はペシンッと額を叩いて制止させる。
仲睦まじいというか……互いの強い信頼が成せる関係性みたいなやり取りに、少しだけ歯がゆい思いを感じながらそれを見ていると、屋敷の奥から包丁を片手にやって来たメイドが、落胆した様子で肩を落とした。
「あれぇっ!?アイツら帰っちゃったの!?んだよ折角マスターたるこのワレが直々に腕を奮って料理作ってやったってのにーっ!」
「料理?」
「ハタは、宴という催しが好きでな。何でも、今回の件で死神の名が更に世に広まったから、その祝いをしたいらしい。それと……」
あれ……どうしてそこで、若干目を逸らして口ごもるのだろうか?
死神らしからぬ言動に、不思議な違和感を覚えて首を傾げると、後ろから両肩に手を乗せて密着してきたヨシコが、なにやら死神に目配せしてから楽しそうな表情で教えてくれた。
「リューリ様の第二公的演説の慰労会も兼ねているんですわ」
「わ、私の……?どうして、ですか……?」
「理由なんて細かいことはよろしいではありませんか。此度の死闘を乗り越えた者同士、同じ釜の飯を食うのも悪くはありませんこと?つまりは、そういうことですわ。ほらほら、参りましょう?」
「えっ、ちょちょっと……!?」
ヨシコに手を引っ張られて屋敷の中へ連れられると、死神とハタもその後に続く。
単に話をしに来ただけなのに、どういう訳か、異端ギルドの宴に参加することになった私は、ヨシコとハタの巧みな話術に懐柔され、そのまま宴を堪能することになるのだった。
─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─
ハタが作ったという豪勢な料理を囲んで、食事やら会話やらを楽しんでいると、俺の隣に座るリューリが驚いた様子で声を上げた。
「『護士の鎮圧隊部隊長』に、『異端ギルド総括本部の執行者』……!?そんな人たちが、さっきまでこの屋敷に居たんですか!?」
華麗な少女の方は、マシャル=ドゥデンヘッダー。
大庭園に属する学生であり、護士の『鎮圧隊』を率いる部隊長の一人。護士の中でも『鎮圧隊』に属する者たちは、皇室に仕える身でありながら、悪人や悪性持ちに対して血も涙もない制裁を加える危険集団であることで有名だ。その為、異端ギルドの面々も、可能な限り『鎮圧隊』と関わり合いになることを極力避けようとするくらいである。
初老の男性の方は、イェレ=クラウス。
ファゼレストに点在する、全ての異端ギルドの管理と監視を行う『ギルド統括本部』の執行者の立場にあり、闇社会の秩序と均衡を乱す者を処罰する役を担っている。それだけでも相当の権利を有しているのだが、彼の場合は、『悪性持ち』でありながら大庭園の教授をも兼任している為、尚のことたちが悪い。
そんな、厄介極まりない二人がここを訪ねてきたのは……当然、昨日の第二公的演説において、死神の関与について言及する為だ。今や、あの爆発事件に関する人々の恐怖心と疑惑は、大半が死神へと向けられている。
故に、彼女らが動き出すにまで至ってしまった。
これ以上大事を起こすようならば……護士、異端ギルド、闇社会に関わる全ての人員が死神を確保、もしくは排除しに掛かる、と。
「そんなのおかしいですっ!だって、死神さんは私のことを助けてくれたじゃないですかっ!それなのに、どうしてみんなして死神さんのことを疑うんですか!?」
「おい。そんなこと外で軽はずみに言ってくれるな?俺とお前の協力関係が露見されたら、今後の皇選で動き辛くなるのはお前の方だぞ。これまで積み重ねてきた成果を、こんな下らないことで棒に振るようなことは絶対にするな」
「下らないことって……っ!どうして、死神さんは、そんな平気な顔をしていられるんですか……?人々に恨まれて、蔑まれて……孤立してしまうのが、怖くないんですか……?」
「どうでもいい。誰の理解も及ばず、誰も寄り付かない……死神というのはそういう存在だ。お前も、同じ認識だった筈だが?」
「……それは…………だけど、私は……」
「主様~っ!わたくしがお傍にいるのにそんな悲しいこと言わないで欲しいですわぁっ!」
「まぁ、中には例外も居るがな」
後ろから首に腕を回してすり寄ってくるヨシコの頭を肩越しに撫でながら宥める。既に頬を赤くして、トロンと緩んだ表情を見る限り、もう既に出来上がってしまった状態のようだ。まぁ、酔っていようがなかろうが、いつもの彼女であることには変わらないが。
すると、何やら横目で俺とヨシコを睨み付けるリューリが、どこか不機嫌そうな様子で溜め息を吐く。
「……そう、ですか」
「どうした?」
「……別に、何でも」
「おーいおいおい、オマエたちよ!さっきから辛気臭い顔して全然飲んでなくないかぁ?このワレが用意してやった『冥酒(めいしゅ)』はまだタンマリあるんだぞぉ?」
そう言いながら大瓶をぶら下げ、酔ってもいないくせに面倒臭い絡みをしてくるメイド姿のハタを前に、リューリはたじたじな様子で首を横に振った。
「あ、いえ。私、お酒はちょっと……」
「あまり客人に変な物を飲ませてくれるな?」
「変な物じゃないっての!コイツは冥界で蒸留させた酒でな、一口でも飲めば一発で昇天しちまうエライ代物だ!オマケに!度数はワレの手に掛かれば、幾らでも変えられるぞ?何倍が好みだ?んん?」
「劇薬だろうがソレ。そんなもん飲んで平然としていられるのは、俺かお前くらいだ。もはや人間の飲み物じゃないんだよソレは」
『冥酒』と呼ばれるそれは、いわゆる普通の酒に似た飲酒物であるが、冥界の物質が含まれたかなり異質のお酒なのである。
別段、身体に害は無いが……霊力に対する耐性が少ない者がそれを飲んでしまうと、意識が身体から剥離して吹き飛び、最悪の場合、一生帰ってこれない場合もあるのだとか。ただ、その瞬間は有頂天に近い快感を味わうことが出来るというが……果たしてそれは、生死の境目をさ迷うこととどんな違いがあるのだろうか。
「は~、そんな飲み物がこの世にはあるんですね……ちょっと怖いですけれど……」
「んっふっふっ……!遂にわたくしの真の実力を見せる時が来たようですわね……如何なる毒であろうが何のその!それが酒だと言うのならば、幾らでも飲み干して差し上げますわ!我が愛しの主様の名に懸けて!」
「そこで人の名前を懸けんな」
「いいねいいねぇ。オマエのそういうノリが良いところは、本当に好きだぞぉ…………よし、十倍にしちゃお(ボソッ)」
「ドシドシ来やがれですわーーーっ!!」
(…………死ぬなよ、ヨシコ……)
死神以上に死神をしている最凶なメイドの最恐な呟きを聞いてしまった。ヨシコ相手ならばまだしも、普通の人間ならばほんの一滴舐めるだけでポックリ逝くレベルだぞ、十倍濃度って……。
ヨシコが煽りを入れたことで、それはヨシコとハタの呑み比べに発展してしまい……。
────三十分後。
ヨシコは俺の膝を枕に倒れ込み、顔を真っ赤にして目をグルグルと回していた。
「ふへぇぇええぇぇぇぇっ……せかいがグルングルンしてまふわぁぁぁ……っ」
「なっはははっ!なかなかやるなぁヨッシー!だが、このワレを酔わせんにはまだまだ足りんなぁ!?」
(すげぇ、十倍濃度のやつを十杯はいったぞコイツ……)
流石は天性の努力家と名高いヨシコと言うべきか、また一段と冥界の酒、つまりは『霊力』に対しての耐性が強くなったようだ。というより……こちらのメイドさんに至っては、『飴』やら、『冥酒』やら、いわゆる人間殺しの飲食物を作り過ぎなんだよなぁ……。
そんなことを、百倍濃度の冥酒をチビチビと呑みながら考えていると……コツンっと、隣に座っていたリューリが俺の肩に頭を預けてきた。
(リュっ、リューリさん!?)
「……んっ……ぅ…………んぅ……っ」
思いかけず、密着状態になってしまったことに心臓が跳ね上がるが……彼女の、少し息苦しそうな吐息と、紅潮した頬色を目の当たりにして、違和感が沸き上がってきた。
これって、もしかして……。
「酔ってね?」
「ハタお前ぇぇッ!?いつの間に呑ませたッ!?」
「呑ませてないんだがぁ?考える要因は……まぁ、恐らくは匂いだろ」
「お酒の匂いで酔ったってことか?そんなこと……有り得る?」
「有り得ないな、定量的に。だが実際に酔ってんだから、極端過ぎるくらいにお酒に弱いとしか考えられない」
確かに、人間はお酒の匂いだけでは酔うことはないと聞いたことがある。リューリ自身も、お酒は飲まないとしっかり断っていたし、間違って飲んだことはないと思うが……。
そんなことを考えていると、彼女は俺の肩をギュッと握り締め、苦しそうに呼吸をし始めた。
「はぁっ、はぁっ……しにがみ、さん……っ」
「これは流石に悪かったな、リューリ。今、水を用意するから少し待っててくれ」
「……っ……っ……まっ、て……からだ、が……あつ、い……です……はっ、ぁっ……」
「……うん?」
待った……これ、何かがおかしい。
身体に密着する形で、上目遣いで俺を見てくるリューリの瞳は、何かを求めているかのように蕩けきって見えたからだ。
これまで見たこともない彼女の妖艶な仕草と見た目に、思わず生唾を呑んで硬直していると……膝の上で横になっていたヨシコまでも、呼吸を乱し、頬を真っ赤に染めたまま、俺の服を掴んでグイッと顔を近付かせてきた。
「あるじさまぁ……からだが、ほてって、とまり、ませんのぉ……ぁっ、ん……あ、ぁ、ぁ……どうか、なぐさめて……なぐさめて、ください、まし……っ」
「…………ハタ?」
「おうっ。実は実験的に『飴』と同じ、“催淫”成分を含めた冥酒を作ってみたんだけどな?いやぁ……実験大成功っ!ぃやったぜっ!」
「ナニヤッテクレテンデスカ?」
これは、酔いではなかった。
たちの悪いメイドが、たちの悪い遊び心で作り出した、たちの悪い『催淫酒』による、媚薬効果だったようだ。しかも、彼女が作成した媚薬は、通常の媚薬と比べると格段に効果が強いのである。
「しにがみ、さん……わたし……も、ぅ……っ……」
「あるじ、さまぁ……わたく、し、も……っ……」
罪悪感や背徳感は、痛いほどにあった。
だが、目の前で最高潮の興奮状態にある、服もはだけた二人の美しい魅力が溢れる艶やかな姿に、俺も易々と理性を保つことは出来ず……。
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