第18話 あの人の面影


「……よーしっ。これで、発注された首飾りは全部完成しましたっ。長光君、それにリューリさんも、手伝ってくれてありがとうございました」


 大庭園の一室にある『手工芸商会』。


 そこの会長を務めるのはおっとりとした性格の女性、『Lys47』の『細工師』、アガーフィ=マレンツェ先輩だ。彼女は満足げに手を叩くと、柔らかい笑顔を浮かべてペコリと頭を下げた。


「いえいえ。助けになったのなら良かったです。こちらこそ、新鮮な経験をさせて頂いてありがとうございました」

「本当?えへへ、そう言って貰えると私も嬉しいよ。やっぱり、リューリさんって良い子だねぇ。それに比べて、長光君は最近全然手伝いに来てくれないし……一応、同じ役職の先輩として、少し悲しいかなぁ」


 頬杖をついてチラッと横目で視線を向ける先には、呑気にアクビをする俺の姿があったわけで。


「ふぁぁ……へっ?あっ、今何か言いました?」

「……はぁっ、やっぱ訂正しとく。心底ガッカリだよ、うん」

「長光くん、なんだか、いつにも増して居眠りが増えていない?さっきも、やりながら寝ていたよね?」

「うぅん……そんなにかなぁ……?」

「たるんどるぞ長光君ー、めっ!」

「むぐっ!うぅ……面目ありません……」


 先輩からズビシッと額にチョップを喰らった俺は、心底申し訳ない気持ちで、机に額を付ける勢いで頭を下げていた。


 言われてみれば……先輩の前で作業中に居眠りしてしまうのは、今回が初めてな気がする。あの爆弾魔との一件で、無理矢理『死神』に覚醒して以来、眠気が更に増したような……。


「それはそうと!昨日の演説は凄かったよね、リューリさん!私は魔術越しでしか見れなかったけど……最後の投票数が確定した時なんて、思わず興奮しちゃった!」

「は、はい。ですけど、想像だにしていませんでした……まさか、あんな結果になるだなんて……」


 ヨシコ=ライトセットが皇選を辞退したと同時に、彼女に入っていた大多数の票が一旦取り消しとなり、再投票が可能となった。投票を保留する者も多く居たものの、その場で残りの二人を支持する者も現れ、最終的に出揃った中間投票数は……。


 ────保留数 95票


 ────グウェナエル=ジード 213票


 ────リューリ 180票


 有り得ない……前代未聞の事態だった。


 グウェナエル=ジードの一人勝ちかと思われた流れが一変。爆弾人間に臆せずに包容力のある優しさを見せつけ、怪我を負いながらも決死の演説を繰り広げたリューリへと、一気に票が雪崩れ込んでいったのだ。


「でも、改めて考えるとリューリさんって行動力あるよねぇ。役職も、人の伝も、何も無い状況から、ここまで這い上がってきちゃったんだもん」

「い、いえいえ、私なんて……ただ、私の周りに居る凄い人たちの力があったからであって……」

「それでも、皇選になろうとするのは本当に凄いよ。私だったら、子皇になりたいとは思っても、立候補したいなんて思わないもん」

「そんなもの、なんでしょうか……?」


 心の中で呟く、そういうものだと思うよ、と。


 この世界の人間たちは生まれながらにして『役職』を持ち、それに従って生きることを決定付けられている。


 皇選への立候補は誰でも出来るが、生まれつき天性的、もしくは高尚的な役職を持っていなければ……彼らは皇選に臨むだけの意味を見出だすことも無いだろう。そんなことをしなくても、自分たちにはやるべきことがあるのだから。


 なんてことを考えながら、目の前にある甘い茶の入ったコップを口につける。


「それに、あの『爆弾人間』だよねぇ。話によると、また例の『死神』がけしかけたなんて言われているよ」

「ぶふぅッ!?」

「わぁっ!?長光くんどうしたの急にっ!?」

「げほっげほっ!い、いや……怖いなぁって思って……」


 だって、死神って俺だし、そもそも身に覚えがないし、むしろ止めたのは俺だし。


 たった一日で既にそんな噂が出回っているとは驚いたが……まぁ、ここで自分が違うと言っても不自然だし、罪を擦り付けられるのは慣れたものだ。


「まぁ、確かに怖いよねぇ。皆、揃いも揃って噂しているよ。あの爆弾人間たちを使って、皇室もろとも大庭園の学生たちを皆殺しにしようとしていたとか何とか……」

「────それは、違います!あの人は、そんなことする人じゃ……!」

(……え?)


 意外な人物から、意外な言葉が出てきたことに衝撃を受けて、俺も先輩も驚いた表情でリューリの顔を見つめる。


 その視線に気付いた彼女はハッと顔を上げると、慌てた様子で立ち上がり、先輩の方へと向き直った。


「…………ぁ、え……えっと、な、何でもないんです。そ、それじゃあ私、そろそろ帰ります。行かなきゃいけないところがあるので」

「あ、そうなの?手伝ってくれてありがとう、リューリさん。私、リューリさんのことを応援するから、頑張ってね!」


 先輩が送る激励の言葉にリューリは、ありがとうございます、と軽くお辞儀をしてから教室から出ていった。


 行かなきゃいけないところ……そう言えばここに来る前に、死神に会わなくちゃ、とかぶつぶつ呟いていたような……。


「あの~、俺もこの後用事があるのでお先に……」


 これは、一足先に帰宅してリューリを迎えないとマズイか……。


 教室の外から彼女の気配が消えるのを見計らって、俺も先輩に断って教室から出ようとすると、背後から満面の笑顔を浮かべる先輩から呼び止められる。


「もう帰っちゃうの、長光君?ふ~ん、まぁ良いんだよ帰っても。君が居ることも前提に受注した仕事を、ぜ~んぶ私に押し付けるつもりならね~」


(せ、先輩……?)


「あの、もしかして、先輩……これまで何度かサボったこと、相当怒ってらっしゃいます……?」

「あはは~っ、まさか怒るだなんて、可愛い後輩にそんなことしないよぉ。色々事情があるんだろうしね。ただその後輩君が一日約束をすっ飛ばしてくれる度に、禍々しい装飾品が一品出来るだけだからさぁ。案外得意なんだぁ、呪いの魔術が込められた品を作るのって」


(先輩っ!?)


「せ、先輩、お、落ち着いて下さい……そんな、他人を呪うなんてことしても、何の意味もないと思いますし……」

「大丈夫大丈夫~、ちゃんと分かっているからさぁ。さてとぉ、この後はどんなの作ろっかなぁ。あっ、そうだ~。確か、絶大な魔術的効果を発揮する装飾品があるって話を聞いたなぁ……藁で作ったお人形。アハッ」


(せッ、センパァァァァァァァァァイッ!!?)





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





 長光くんとアガーフィ先輩に別れを告げた後、私はその足で大通りに赴き、いつもと同じ様に小物配布をしている澤真澄の手伝いをしていた。


「リューリさんっ!昨日の演説は素晴らしかったですっ!も~、僕感激しちゃいましたっ!あっ、そう言えば!あの時、背中に短刀が刺さっていましたけど……あれ、大丈夫なんですか!?」

「あ、はい。思ったよりも浅かったみたいで、直ぐ治っちゃいました」

「……結構、深々といってたような気もしたんですけど……」


 実は私もそう思っていたのだが……それほどまでに気力が強い効果を発揮してくれたのだろうか。王室直属のお医者さんに短刀を抜いてもらって数時間経った後には、既に完治していたらしく、治療の必要もないとのことだった。


 そんなことを思い返しながら小物配布をしていると……私のことに気付いた通行人が、握手を求めながら声を掛けてきた。


「リューリとやら……皇選、頑張ってくれ。陰ながら、応援している」

「パパとママもおねえちゃんのことおうえんするって!だからわたしもおうえんするーっ!」

「自分の身を張って、あの小さな子を守ったことに心を打たれました。リューリさん、これからも頑張って下さい」

「皆さん……っ……ありがとうございます」


 ヨシコやグウェナエルと比べると、数も少ない方なのかもしれないが……そんなことは関係ない。


 私は、胸の奥底から込み上げてくる感情を懸命に押さえながら、握手に答えて、何度も何度も頭を下げるのだった。


「良かったですね、リューリさん」

「人の信頼を得るのって、本当に難しいんですね……だけど、今はここまで頑張ってきて良かったって、そう思います」

「……リューリさんは、やっぱり凄いです。僕が、『商人』として全然上手くいかなくて落ち込んでいる時、リューリさんが親身になって励ましてくれたから……僕が、今もこうして前を向いていられるのも、全部リューリさんのお蔭なんです」

「澤さん……」

「リューリさんは、とても魅力的な人です。周りの人は、ただ、それに気付いていないだけ……だから……」

「……!」


 すると、澤は唐突に私の手を両手で包むように握り、優しい笑顔を浮かべながら温かい励ましの言葉を投げ掛けてくれる。


「リューリさんは……そのまま、リューリさんのままでいてください。そうすれば、リューリさんは必ず皇選に勝てます。僕は、そう信じていますから」

「…………ありがとうございます、澤さん。だけど……きっと、それでは駄目なんです」

「え?」

「この結果に満足して足を止めてしまえば……私は、そこで終わってしまう。自己満足で勝てるほど、この戦いは甘くはない……だから、前に進まなくちゃならないんです。自分を信じて、ただひたすらに、前に…………」


 そこまで言ったところで……ハッと目を見開く。


 今、何処かで聞いたことがある言葉を口にした時……頭の中で、『死神』のシルエットが浮かんできたからだ。


 先程の会話の時もそうだ。特に、意識していた訳ではないのに……自然に、彼のことを思い返すようになっていることに気付いてしまい……途端に、顔が破裂しそうなくらいに熱くなってきた。


(~~~~っ!何で私、あの人のことを思い出して……!?)

「リューリさん?」

「な、何でもありませんっ!何でもありませんからねっ!?」

「は、はぁ……」


 そうして空が夕刻の景色になった頃、私は澤に別れを告げて、次は『冥土の底棲』へと向かう。


 あまり遅い時間では迷惑になるかもと思ったが、死神の言う活動時間とやらのことを考えると、夜の時間に尋ねるのが一番適切なのかも知れない。


 そんなことを考えながら、いつもの入り組んだ路地裏をヒガンバナを辿りながら抜けて、ギルド屋敷に足を運ぶのだった。


「うん……?なんだろ……ごめんくださーい」


 なんだか、中が騒がしいような……。


 屋敷の入り口に辿り着くと、扉ごしに微かに何人かの騒ぎ声が聞こえてくる。


 何事かと、ゆっくりと扉を開いて中の様子を窺うと……目の前には、大きな黒いマントを身に付けた死神の後ろ姿が立っていた。

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