第17話 暗雲立ち込める



 途中までは、上手く事が進んでいた。


 朝比奈マリアに嫌がらせをやらせたのも、爆弾魔に爆破事件を起こさせたのも……リューリという身の程知らずの候補者を引きずり落としつつ、その疑いをこちらへ向けない為の根回しだった。


 それが、悉く、悉く何者かによって陥落されていく。シオドーラ=マキオン、早理優羽……リューリの身を守れる者は既に排除されている筈なのに、どうして、誰が、何故……?


 そして、極めつけは先日の第二次公的演説で、ヨシコ=ライトセットが口にした、辞退宣言。あれによって、既に決定付けられていた筈の結末が、不確定という暗雲の中へ紛れ込んでしまったのである。


「おかしいだろォッ!?あんた、順風満帆って言っていたじゃねぇかよォッ!なァッ────グウェナエル=ジード様よォォッ!?」


 男が自身の歪んだ顔に爪を立てて掻きむしりながら、目の前に立つ人物像、グウェナエル=ジードに詰め寄る。


 おぞましい表情とやたらと覇気のある口調で迫られても、グウェナエルは一切動じずに、落ち着いた様子で言葉を返していた。


「喚くな、煩わしい。結果が出た訳ではないのだ、まだ焦る時ではあるまい」

「むしろあんたは落ち着き過ぎなんじゃねぇのかァッ!?このままあんたが皇選に負けたりでもしてみろォッ!!そうなったらァ、『悪性持ち』の俺と組んでるあんたも終わりだぜェッ!?」


 『悪性持ち』の根絶を堂々と公言した候補者が、裏で悪性持ちとつるんでいたとなると……大庭園内で多大な不評を買う上に、皇室や護士から危険人物だと判断されるだろう。


 そうなれば、候補者どころか、大庭園から追放されることに成りかねない。


「その通りだ。我々は共に崖っぷちに立っている。ならば、今更負けた時のことを議論する意味が何処にある?」

「……あァン?」

「引けば破滅、負ければ破滅……ならば、我らに残された道はなんだ?それは、勝つことだ。ただそれだけの為に、己の心血を注ぎ、勝利を掴み取らなくてはならない。例え、どんな手段を使ったとしてもだ」

「……!」


 次に顔を上げた時、グウェナエルは小さく口角を上げて不敵な笑みを浮かべていた。


 まるで、その絶対的な確信を誇示するかのように勝ち誇った顔を浮かべる彼の姿は、狂暴な男をも思わず黙らせてしまう程の、強烈な自尊心に満ち溢れている。


「案ずるな。今も私の頭の中にはハッキリと浮かんでいる────絶望に打ちひしがれた彼女が、必死に命乞いをする姿がな」


 不可解という意味では、マリア、爆弾魔も、それに匹敵するだけの存在感を持ち合わせていたかも知れない。だが、このグウェナエル=ジードという男は、そんなものの比では無い程に、得体が知れない存在だった。


 たかが嫉妬に駆られた者、たかが人を愛する者、たかが悪性持ち……そんな言葉では到底言い表せられないような、不可思議めいた深く濃厚なカリスマ性を感じさせる。


 この男は危険だ、だけど何故か従ってしまう……そう思ってしまう程に。

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