第16話 初めは共感から



 それは、早理教授の見舞いに行き、グウェナエルから辞退を強要された後のこと。


 私はいきつけのバーに足を運び、マスターのビーナスに今後の相談をしていた。そこへ、一人のみすぼらしい格好をした女性が飛び込んできて、情報屋を兼任しているマスターに涙ながらに懇願してきたのだ。



 ────お願いしますっ……『あの子』を、助けて下さいッ……!



 どうやら、その女性の息子は『レイヤーズ狩り』の被害にあって長らく昏睡状態だったという。そこへ、見覚えの無い男が現れて息子を拐ってしまい、しばらく行方を眩ませていたが……護士から聞いた爆破事件の犯人を特徴を聞いた時、それが息子であると確信したらしい。



 ────私はどうなっても構いません……ッ……だけど、あの子だけは、助けて……ッ……助けて下さいッ、お願いしますッ、お願いします……ッ!



 護士に助けを求めようとするが……Lysが低い女性の声に耳を貸す者は一人も居らず、彼女は『異端』にすがるしかなかったという。


 床に頭を擦り付けて、涙をボロボロと流しながら、何度も何度も懇願する女性の姿を見て……私は……。




─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─




「どういうつもりだ……?」


 死神から武術を教わっておいて良かった……反射的に全身から気力を放出して庇ったことで、短剣が身体を貫通するのは避けられたようだ。


 ただ、かなりの痛手を負ったことには変わりはないが……。


「ぐっ、ぅ、ぅ……ッ」


 そうやって痛みを堪えている間にも、目の前の幼子の身体はボコボコと肥大化を起こし、爆発の予兆を表し始めた。お前だけは道連れにしてやる、と言わんばかりに小さい腕をこちらへと伸ばし、フラフラと歩み寄ってくる。


「……こうせん……こうほしゃ……りゅーり……りゅーり、りゅーりりゅーりゅーりりゅーりゅりゅりゅりゅりゆりゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅゅ……」

 

 もう、爆発まで時間が無い。


 あの早理教授ですら大怪我を負った程の爆発を、私がマトモに食らえば……今度こそ、怪我だけでは済まないかも知れない。私だけではない……今この場にいる全ての人たちが、同じ危機に晒されている。


 だから私は、目の前にまで迫った、最早人の原型を留めていない幼子へと、ゆっくりと手を伸ばすと……。


「……ッ!」

「……大丈夫。もう、あなたが苦しむ必要はないから。だから……安心して、ね?」


 その変型していく身体を────優しく包み込むように、しっかりと抱き締めた。


 そして、耳元でそう囁き掛けると……幼子は一瞬だけビクッと身体を震わせてから、微かに頷き、私の胸の中に爆発寸前の身体を赤ん坊のように委ねてきた。


 それでも、身体の肥大化は止まらない。


 身体が弾け飛ぶ限界点に到達し、今にも爆発しそうになった時……私は、前日に『彼』と交わした言葉を思い出していた。




 ────『爆弾人間』の人たちは、ただ巻き込まれただけなんです。だから……彼らを、殺さないで下さい……お願いします。


 ────自分が守れる訳でもないのに、殺さないでくれ、などと。勝手ですわね、あなた様は。


 ────……ッ……今、私があなたたちを爆破事件の犯人だと告発すれば、即座に護士が動く筈です……そ、それで、いいんですか……?


 ────やりたくない感が滲み出ていますけれど……なるほど、中々に頭が回りますわね。ただ、その程度の脅しでわたくしたちが屈服するとでも?


 ────いいだろう。その要望、聞き入れてやる。


 ────主様……!?


 ────ほ、本当、ですか……?


 ────ただし、お前が守りたい者はお前が守れ。その気概を見せられるというならば……手を貸してやってもいい。





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 時は、刻一刻と過ぎていく。


 とうの昔に、爆弾人間たちは大爆発を引き起こし、この会場ものとも、木っ端微塵に吹き飛んでいる筈だった。


 それなのに────爆発は、一度たりとも起こらなかったのである。


 代わりに、爆弾人間たちの足元には数輪の彼岸花が咲いていた。


「……何で、誰も爆発しない……?」


 事態に動揺を示したのは、爆弾魔自身だった。

 窓越しに広がる平穏とした光景を、信じられない、と言いたげに見下ろしている。


「────まったく、おちおち眠っている暇もない」


 そんな爆弾魔の隣に、大鎌を引き摺りながら立ち、腰に手を当てて窓から会場を見下ろし始めた────『死神』の姿で。


「大鎌……ま、まさか……君が、『死神』……!?」

「昼の時間は対象外でな、少々覚醒するのに手間取ってしまったが……お前の仕掛けた『爆弾』は、全て無効化させてもらったぞ」

「な……ッ!?そんな、馬鹿なッ……どうやってッ……そもそもッ、何故君なんかがここに……ッ!?」

「お前には関係の無い話だ」


 俺の視線の先には、舞台の上で幼子の頭を撫でてあやすリューリの姿が映っていた。


 爆弾人間たちの肥大化は、少しずつ元に戻ってきている。それを見てホッと胸を撫で下ろしたリューリは、幼子の身体を擦りながら、視線を客席の方へと向けて……そのまま、演説を始めた。


『────今回、この子達が騒動を起こしたのは……全てひとえに、私の不甲斐なさが原因です。まずは、それによって皆さんを危険に晒してしまったことを謝罪します……本当に、申し訳ありませんでした』


 自分の弱さと情けなさ……それらを晒しながら、学生たちへ深々と頭を下げた。


 中間開票で惨敗し、爆弾人間によって命の危機に瀕しながらも、何だか清々しい謝罪ぶりだ……会場の学生たちも同じく違和感を抱いた様子でざわつき始める。


『……私、嬉しいんです。こんな私にも……大切な約束を交わした親友が居てくれて……正面切って感情をぶつかってきた悪友が居てくれて……自分の信じる道をひたすらに行けと助言してくれた、とある人が居てくれて……そして、今この瞬間も……私のことを支持してくれる人が、九人も居てくれているから』

(……ほんと、リューリらしいや……)


 初めは……共感からだった。


 度重なる嫌がらせを受けても、彼女は決して他人に弱気な姿を見せることはなかった……しかし、ある日たまたま俺は、誰も見ていない場所で一人涙を流すリューリを見てしまった。


 その姿が、これまで千年間もの間、たった一人で冥界の軍勢と戦ってきた俺自身の姿と重なったのだ。


 俺は、あの地獄に等しい戦いを、運良く、偶々乗り越えることが出来た……だが、彼女も同じ様に乗り越えられるとは限らない。何より、今まさに目の前で、その現実に打ちのめされそうになっているリューリを、放っておくことは出来なかったのである。


 だから、勇気を振り絞って声を掛けて、あまりストレスを溜め込まないように相談事に乗ったりしていたら……気付けば、リューリの人柄に惹かれていた。


 時々一人で悩み込んだり、萎縮しちゃうこともあるけれど……物腰は柔らかく、温厚で健気な性格で、誰にでも優しい。それでいて、一度決めたことは決して曲げず、最後まで貫こうとする気高い強さを持っている。


 そんなリューリだからこそ……俺は、彼女のことが……。


『だから……私は、決して諦めません。残りの期間の中で、それに相応しいだけの風貌と気概を身に付けて、今再び皆さんの前に舞い戻ってきます。この『皇選』が終わりを告げた時────誰もが納得出来るだけの『子皇』となる為に……!!』


 だから、負けるな……頑張れ、リューリ。


 例え、周りがどれだけ敵だらけだったとしても……例え、『ワスレス』として非難されるべき存在だったとしても……リューリが、一生懸命に前へ進もうとする限り……俺は、ずっとリューリの味方でいる……ずっと、リューリのことを応援しているから。


 すると、そこで今までシンと静まり返っていた客席から、一つ、また一つと……。



 ────彼女の健闘を称える拍手が起こり始めた。



 それは、グウェナエルやヨシコと比べると、規模も熱意も小さいものに過ぎないのかも知れない……だが、彼女の命を懸けた演説は、間違いなくこの会場に居る人々の心を突き動かしたのだ。


『……ご清聴、ありがとうございました』


 そして、リューリがもう一度深々と頭を下げ、気を失った幼子を抱き上げて袖幕の裏へと消えていくと、彼女の演説は終わりを告げた。


 短いようで、とてつもなく長い時間だった。だが、これでようやく、リューリも一旦は息をつくことが出来るだろう。


 ここから先は……俺の役目だ。


「────まさか、このまま生きて逃げおおせるなどと思っていないだろうな?」


 俺の問い掛けに、隣に立つ爆弾魔がハッキリとビクついて硬直。それから、無理に取り繕ったような笑みを浮かべながら、ゆっくりとこちらへと視線を向けると……。


「……いやだなぁ、ふふっ。そんなこと思っているわけないでしょ…………『祝福よ、かの者へギム』ゥゥッ!!」


 振り返り際に、光を帯びた手をこちらへ突き出してきた。恐らく、爆発魔術でこちらを吹き飛ばす魂胆なのだろうが……無駄な足掻きが過ぎる。


「遅い」


 その瞬間には、既に俺は手にした大鎌を下から上へ振り上げ────爆弾魔の腕の付け根を、一思いに斬り飛ばした。


 肩の切断面から噴き出した鮮血は周囲を真っ赤に染め上げ、腕を斬り飛ばされた爆弾魔は、顔を大きく歪めて悲痛な叫びを漏らし始めた。


「ギッ、ァッ、ァッ……アアアアァァァァァァ……ッ!!うでッ、わたしの腕がッ、ヒドイッ、こんなッひどいッ、ひどいぃぃ……ッ!!」

「お望み通りに、赤い華が咲いたようで良かったじゃないか。さて、爆弾魔。命を取る前に、聞かなければならないことがある────お前、何故リューリを狙った?」

「はーッ、はーッ……そッ、それ、は……ッ……」


 腕を斬り飛ばされたショックと激痛で思考がマトモに働かないのか、何やら露骨に口ごもり始めた。


 彼の様子に違和感を覚えた俺は、もう一度問い詰めようと口を開くが……。


「爆弾魔ぁぁぁッ!!観念するッスぅぅぅッ!!」


 調整室の外から、聞き覚えのある喧しい大声が反響してきた。


 神官たちが倒れているこの状況を見れば、またややこしい言い掛かりを擦り付けられるのは目に見えている為、俺は爆弾魔の胸ぐらを掴み上げて、無理矢理彼を立たせてから言った。


「……まぁ、いい。まずは俺と共に来てもらう。話は、それからだ」

「共に、って……どッ、何処にッ……?」

「歓迎しよう────ようこそ、冥土の底へ」



 


─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





 神官たちによって丁重に搬送された幼子たちが見送られた後、第二次公的演説は、最終局面であるヨシコ=ライトセットの演説に入った。


 非常事態とはいえど、此度の最有力候補であり、皇選を大きく左右させる彼女の演説だけは、中断させる訳にはいかなかったのだろう。


 誰もが、彼女の言葉にすがった。自分たちの中で渦巻く恐怖と不安を払拭させてくれるだけの力強い演説を、何よりも求めていた。


 そして、ヨシコ=ライトセットは演台に立つ。


 今回の非常事態を収めた最大の功績者……と謳われた彼女は、いつものように飄々とした佇まいで客席を一瞥してから、こう宣言したのである。


「わたくし、ヨシコ=ライトセットは────此度の皇選を、辞退することを宣言致しますわ」

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