第15話 爆弾人間


(────来た……!)


 昨日、死神とヨシコと“話した通り”のことが、今この催事会場で起ころうとしている……そう直感した私は、これまで抱えていた感情を一先ず胸の奥に押し込み、神経を研ぎ澄ませていく。


 舞台に立って客席を見渡せるからこそ、よく分かった……暗闇に包まれた客席の中で、一つ、また一つと、色鮮やかな光が灯り始めていることを。



 あの光を灯している者たちが────『爆弾人間』。



 彼らの正体は……レイヤーズ狩りの被害に遭って、Lysを失った者だ。何者かの『魔術』によって洗脳されており……今の彼らは、術者の思うがままに動き、爆発を撒き散らす操り人形と成り果てているらしい。老若男女関係なく、命令さえ下されれば、無慈悲な爆発魔術による破壊活動を実行する血も涙もない殺戮兵器だと、死神は言っていた。


 そんな人たちが、計二十三人……この広い客席の各地で、今まさに、爆発魔術を発動しようとしていたのだった。


「────罪もない人々を道具として使うなんて、気に入りませんわね」


 一度、私の真隣に立って声を殺して言ったのは、死神の忠実な従者にして、獣人のヨシコ=ライトセット。


 彼女は舞台の床を蹴り、とてつもない脚力で客席の真上にまで飛翔し……全身を回転させながら自身の大きな尻尾を振り回す。


「────『漂いの雲フラウド』、『雨落つ尾レイル』」


 直後。


 ヨシコの大きな狐尾が淡い水色の光を帯び始め、二十三本の半透明の尾に分裂、そして勢いよく射出。


 客席に降り注いだ二十三本の尾は、二十三人の爆弾人間の身体を締め上げていく。


 動き回ることは出来ないのか、爆弾人間は抵抗することもなく尻尾に拘束され、首を絞められては次々と気を失っていった。


「スゴい……っ」


 見たことも聞いたこともない魔術を使い、圧倒的に危険な状況にも臆することなく、たったの一手でひっくり返してしまった。


 彼女よりも数歩遅れて、ようやく事態の状況に気付いた学生たちは、暗闇の中でも神々のように全身に光を帯びながら浮遊するヨシコへと、拍手喝采を送り始める。


 彼女の勇ましく輝かしい姿に、私も思わず見惚れていると……称賛の声に自惚れる様子も見せないヨシコが、私へ向かって大声を張り上げた。


「ボサッとしている暇はありませんわっ!そっちに一人行っているッ!」

「……っ!」


 警告を受けて弾かれるように振り返った私の目の前には、既に、一人の幼い子供が直立しており……生気の無い虚ろな瞳で、ただジッと私の顔を見上げていたのだった。





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





 会場後方上部に配置されており、窓越しに会場全域を見渡すことが出来る調整室。本来ならば、魔術による音響や照明を調整する神官が配備されている筈なのだが……彼らは全員、地面に突っ伏して気を失っている。


「『ザ・ワン』のヨシコ=ライトセット……」

 

 代わりに、窓の傍で腕を組んで立つ鎧姿の護士が一人。彼は、暗闇に包まれた会場で巻き起こっている事態を高みの見物しながら、満足げにほくそ笑んでいた。


 そこへ、調整室の扉がゆっくりと開かれて一人の少年、長光圭志が姿を現すと、男の背中へと恐る恐るといった様子で声を掛ける。


「────あのぉ、すみません。あなたですよね?爆発事件を起こした実行犯って」

「……誰かな、君は?」

「えと、しがないただの学生です。護士に変装すれば、監視の厳しい神殿に侵入出来るって踏んだみたいですけれど……もう、バレていますよ?今、護士の怖い女の人と、猪みたいな男の人が、味方を引き連れて神殿内を捜索しています。早いとこ降伏した方が身のためじゃないですか……?」


 周囲で気を失って倒れている神官たちを見渡しながら言う圭志に対して、爆弾魔は余裕綽々とこんなことを語り始めた。


「……人の散り際ほど、儚くも美しい瞬間はないと思わないかい?」

「は……?」

「例えどれだけ穢れてようが、どれだけ清らかであろうが……人は死の瞬間に自らの生を健気に想い、やがては避けられない死を享受する。それは、人間一人に、ただの一度だけ許された特権であり、命の神秘に触れる瞬間なのだとしたら……あぁ、なんて尊い……あぁ、人とはなんて美しい生物なんだ……君も、そう思うだろう?」


 自身の欲を満たす為ならば、他者の意志など気にも止めない……その主張は、彼が紛れもない『悪性持ち』であることを指し示していた。


 会場にいる大勢の人の命を握っている爆弾魔を前に、長光圭志は何処か冷めた瞳で彼から目を逸らす。


「……美化させ過ぎ、じゃないですか?人間は、勝手な生物です。俺も、この会場にいる人たちも……他者を道具みたいに扱って、大量虐殺を目論むあなたも」

「なんて卑しい見解だ!同じ人でありながら、人を冒涜するとは!なんとも許し難い!ならば、君にも身をもって思い知ってもらおう……人の持つ、本物の美しさというものをね────『祝福よ、かの者へギム』」

「なにを…………ァ、ぐ……ッ!?」


 瞬間、圭志は自分の腹を押さえて顔を歪ませて、その場に膝をついた。痛みを堪えるように呻き声を漏らし、額にはジワリと脂汗が滲む。


 『魔術』だ。


 爆弾魔は、これから先に起こる惨劇を止めようとする気配もなく、あくまでも興奮した様子で……最悪の一手を切るのだった。


「Lysを失った彼らには、残念ながら存在価値はない……だが、そこに私が唯一無二の価値を授けてやるのさ」

「ま、さか……ッ……やめ、ろ……ッ!」

「お別れだ。ただ一人、私を嗅ぎ付けた聡い少年よ。だが、心配することはない。君たちの死に際は、私の記憶に永遠に残り続けることだろう────辺り一面に、赤く染まった大きな大きな華を咲かせて、ねぇ?クククッ」





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─




 ふと、違和感に気付いた。


 尻尾で拘束する爆弾人間たちの様子がオカシイ。既に気絶している筈なのに……まるで暴れ狂っているかのように、尻尾の中で蠢いているのだ。

 

「これは……ッ!」


 そこに、爆弾人間たちの原型は留まっていなかった。


 身体の中から、何かが這い出ようとしているかのように、その全身が激しく肥大化を始めていたのだ。このまま身体が膨らめば、内側からの圧に耐えきれず、一気に破裂してしまうだろう……それこそ、まるで『爆弾』のように。


(これは、『魔術』のような『付与術』じゃない……?だとしたら……なんて、なんて惨いことを……っ)


 もし仮に、Lysを抜き取られた者に、何らかの方法で『別の役職』を押し付ける方法があったのだとしたら?


 彼らは、その方法とやらを用いて産み出された……“『爆弾』という『役職』を有する”、使い捨ての『爆弾』そのものなのだ。


 レイヤーズ狩りの被害者たちは、既に苦しい思いをしているのに……そこに鞭を打って、使い捨ての駒と使うなんて……術者の顔は分からないが、性根が腐っていることだけは間違いないだろう。


 ただ、役職として作動する爆弾だとすると……『魔術』の力で、それを相殺することは出来ない。


 手段は一つ。


 爆弾そのものである彼らを────爆発する前に“殺害”する、それしか他に方法はなかった。





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





「────ならば、殺すしかないな」


 事態の状況と解決策……ヨシコと同じくそれに早くも辿り着いたグウェナエル=ジードは、すくっと席から立ち上がり、腰に掛けておいた短刀を手に取った。


 この短刀は気力を流し易い材質で出来ており、武術による気力の込めた投擲ならば、人間の首を斬り飛ばすことも可能だ。幸い、リューリの目の前にいる爆弾人間は動きも遅く、目を瞑ってても当てることは出来るだろう。


「皇王殿下が巻き込まれるより前に、さっさとカタをつけさせて貰うぞ」


 大庭園の『武庭』所属にして、武術特級貴族・ジード家当主。『Lys78』・『鑑定士』、グウェナエル=ジード。


 武術の実力者である彼は、短剣を軽く上に放ってから身体を前に傾け、落ちてくる短剣の刃先を指先で掴みつつそれを振り被り、前に出した左足を軸に腰を思い切り捻りながら……一気に投擲。


 気力の込められた短剣は空を切って、爆弾人間の首を目掛けて飛翔。


 狙いは、ドンピシャ。


 一秒後には確実に当たり、あの細い首が吹き飛ぶ……そこまで確信した、その時だ。


「────だめ……ッ!」

「……っ!?」


 突如、短剣の飛行線上にリューリが割り込んで来て────気力が込められた短剣は、彼女の身体に深々と突き刺さるのだった。

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