第14話 現実
(悪いことは言わん。今すぐに、皇選を辞退しろ。それが何よりも貴様の為だ)
あの時、早理教授の見舞いに行った病院の廊下で、グウェナエル=ジードは唐突にそう切り出したのだ。当然、同じ候補者からそんなことを言われて納得が出来る筈がなかった私は、正面からそれを拒否する。
しかし、そう返ってくるのは想定内だったのか、彼は慌てもせずに、こんなことを言い始めた。
(此度の、早理教室爆破事件が……貴様を狙った行為であることを知っても、そんなことが言えるのか?)
それは、どういうことなのか……いいや、思い当たる節は、確かにある。
つまりは、これまでと全く同じ。ワスレスという無意味な存在でありながら、皇選の候補者として活動する私に対しての、悪質な嫌がらせ……それは、朝比奈マリアを止めただけでは、留まるものではなかったのだ。
そう考えた時……ようやく、グウェナエルの言い分が理解出来た。今回、早理教授が重体に陥ったのは────私が、皇選を続けているせいなのだと。
(それでも続けるというのならば、好きにすればいい。だが、明日の『中間開票』で、嫌でも思い知らされるだろう────リューリ、貴様は『皇』の座には相応しくはない、とな)
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嫌な予感は、ずっと胸の中にあった……だが、それでも希望していたのだ。
もしかしたら、私にも可能性があるかも知れない……もしかしたら、私でもシオの意志を継ぐことが出来るかも知れない。
そんな淡い期待を支えにして、これまで戦い続けてきた。嫌がらせに耐え続けたのも、マリアと決別したのも、悪性持ちの死神に挑んだのも……全ては、この為だった。
だから、どうか……。
私にも……僅かだけでも、先へ進めるだけの希望を……どうか、与えて下さい……どうか、どうか、どうか……!
────ヨシコ=ライトセット・票数352
────グウェナエル=ジード・票数127
────リューリ・票数9
最早、圧倒的……無様なまでの票数差。
お前には、最初から夢も希望も無い……周囲から見れば、そう貶されているかのような絶望的な結果が、そこにハッキリと表示されていた。
「…………ぁ……」
途端に頭が真っ白になって、短く息を漏らす。
その様子を横目で見ていたグウェナエルは、分かり切っていた、と言いたげな表情で溜め息を混じりに首を横に振ってから、ヨシコの方へと視線を向けた。
「ふん。実質一人は脱落、か。むしろ問題は……」
「ふぁっ……ぅん?もう始まっているんですの……?」
ようやく目を覚ましたヨシコは、獣人の姿に変身すると、欠伸をしながら身体を上に伸ばす。そんな彼女を気に掛ける余裕もなく、リューリはただただ宙に表示された票数を眺めていたが……催事は休む間もなく進行していく。
「ではこれより、『第二次公的演説』を執り行う。まずは、グウェナエル=ジード。前へ」
旧慧院に指名され、グウェナエルは私のことを一瞥してから舞台中央の演台に立って公言演説を始める。だが、その声は私の耳には一切届かず、私は視線を落として一人で静かに呼吸を乱していた。
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「何故、何の罪も無い民が、己の欲望の為に暴力を振るう悪性持ちに怯え暮らさなくてはならないのか!故に、我は最後に一つの誓いを立てて演説を締め括るとしよう────『悪性持ちの完全排除』。我が子皇となった暁には、全ての民へ、平等なる平穏と安息を約束する!以上だ」
(えぇ、怖……それ、俺もじゃん……)
どうやら、悪性持ちにとっては危険な思想を持ったお人が候補者として支持されているようだ。
グウェナエル=ジードの演説に観客席から多くの拍手喝采が送られている中、悪性持ちの一人として身の危険を感じつつも、俺はただジッと、席で縮こまっているリューリの姿だけを見ていた。
「リューリさん……」
どれだけ強い意志を持っていた者だったとしても、あの票数差は容赦なく精神を蝕むだろう。
あれでは、まるで晒し者だ。
場違いな者の醜態を晒す、たちの悪い見せ物だった。
「見ろよ、あれ。怖くなって震えているぜ?」
「身の程を弁えろって話よね~。あははっ、今はスッゴく無様な格好だけどさ~」
「所詮、何の価値も無いワスレスが、ヨシコ様やグウェナエルに敵う筈がないってのに」
これは、マズイ流れだ。
どうやら今、この客席にはリューリの味方は、誰一人として居ない……むしろ、彼女が悩み苦しむ様子を見世物にして楽しんでいる連中ばかりのようだ。
やがて、グウェナエルが席に戻ると、旧慧院からリューリの名が挙げられた。すると、彼女はゆっくりと立ち上がり、逃げも隠れもせずに演台に立って、今や嘲笑い声すら聞こえる客席へと視線を向ける。
そして、何か言葉を発しようと口を開いた……その時だ。
「……!」
突如、会場内の照明が落ちて、辺りが薄暗い闇に包まれる。
突拍子もない事態に、学生たちが不安げにざわめく中で……俺は、幾つかの不穏な人影が、微かに闇の中を蠢き始めるのを目撃するのだった。
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