第9話 千年の付き合い



 朝比奈マリアとの戦いに決着がついた……その直後のこと。


 突如、リューリが顔を真っ赤にして、その場に倒れ込んでしまったのだ。慌てて駆け寄って声を掛けるも、辛そうに荒い呼吸を繰り返すばかりで、受け答えもままならない状態だった。


 そこで、俺は一先ず『協力者』に路地裏の処理を任せてギルド屋敷に直行。相変わらずだらけていたハタに、リューリの症状を相談すると……恐らく、マリアに噛み付かれたことが原因になったのか、『霊術』による『身体汚染』が起こっていることが判明する。


 そもそも『霊術』とは……この世界とはまったく異なる別世界で生成された力であるが故、こちらの世界の人々の身体は『霊力』に対する耐性が極めて低い。そのせいで霊術の影響を強く受け易く、それがそのまま深刻な後遺症として残る場合が多かったりする。


「どうすれば助かる……?」

「おいおい、今更惚けんなって。オマエ、“やったことある”だろうが」

「……まぁ、うん……ある、けどさ……色々、問題あるでしょ、『あれ』は……」

「良いのかぁ?モタモタしていたら、一生歩けない身体になっちまうかも知れないぞぉ?んん?」

「……ぐぅ……この悪魔めぇ……」

「……え?誉め言葉?」

「違うわっ」


 霊術による身体汚染を除去する方法は幾つかあるが、その中でも『死神』である俺が、最も確実かつ効果的にやれるのは……。



 ────患部に直接噛み付いて霊力を吸い取る、というやり方だ。



 普通の人間とは異なり、特殊な役職である『死神』の身体ならば、霊力の影響もなく汚染を吸い取ることが出来る、が……問題は、患部に直接口を付ける、という部分だろう。


 だが、いつまでもグズグズとしていられない。

 俺は、ベッドに横たわらせたリューリの上着を捲り、露見した柔肌に刻まれた傷痕に顔を近付け……ゆっくりと、歯を立てる。


「……んぅ……っ…………ぁっ…………ゃ…………っ」


 羞恥心と気まずさを全力で押し殺し、甘い吐息を漏らすリューリの身体を押さえながら、身体を蝕む霊力を吸い取っていく。


 全ての霊力を吸い終わると、徐々に彼女の顔色は回復していき、次第に落ち着いた様子で眠りにつくのだった。


 そこまで見届けた俺は自分の寝室に戻り、ベッドに腰掛けながら、未だ激しく鼓動する心臓を落ち着かせようとする。すると、共に付いてきたハタがさも当然のように、俺の膝の上に乗って上目遣いに楽しそうな笑みを見せつけてきた。


「それにしてもゾッコンじゃねぇかよ、けーし。妬けんなぁ。たまにはワレのことも見ろ。これでもオマエと────だろう?」

「共に過ごした仲?いやいや────宿、の間違いだろ」


 思い返せば、本当に長い付き合いだ。


 『冥界』という、死した人間が最期に降り立つ、『生死の概念』から逸脱した世界。まさに、この世界に広まっている『霊術』という力が見出だされた異世界で……。



 ────俺は、千年間という果てしなく長い歳月を過ごしてきた。



 そこで俺は、普通の人間の平均寿命よりも約十倍以上と長い長い期間、ハタが率いる無数の怪物たち……『冥界の軍勢』と、終わりの見えない死闘を繰り広げていたのだ。『Lys1018』の『死神』という悪性役職も、その中で見出だし、積み重ねていった力の結晶なのである。


 ただ。


 そもそも何故、俺へ冥界に堕ちたのか……何の為に、軍勢と戦い続けたのか……実は、その理由に関しては、何故か自分でもハッキリとしていなかった。


「そういや、覚えているか?一通り冥界を全滅させた後はどうするつもりだ、ってワレが聞いた時……オマエ、何て言ったっけ?」

「……なんて言いましたかねぇ」

「────『青春を謳歌したい』なんてほざいたんだよ。ふふふっ、いやぁ、あれは笑ったねぇ」

「……今思い返すと、よくそんな恥ずかしいこと言ったな俺……」

「だからオマエの望み通り、この世界に連れてきてやったんだろうが。謳歌出来てんだろ青春」

「……『死神』でさえなければ、もっと満喫出来るんですけどね?」

「ばっかオマエ。そこまで積み重ねた貴重な役職を手放すなんて勿体ないことすんな。まっ、そういうオマエらしいところが────結構、スキなんだけどよ?」

「ハタ…………あんたにそう言われると……なんだろ、不穏な感じしかしない……」

「なーんーでーだーーっ!」


 ハタの主張はともかく。


 これで一先ず、嫌がらせの主犯格だったマリアの排除は完了した。彼女が居なくなった以上、リューリの身の回りで嫌がらせが起こることは無くなるだろう。


 だが、実はそれとは別に、『協力者』から気になる情報を得ていて……。


 今は、何も起こらないことを願うばかりだが……。

 




─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





 その日の大庭園、早理教室にて。


 平時と同じ様に教鞭を振るう早理教授は、いつもならば必ず埋まっている二つの席に誰も座っていないことが気になっていた。


(……長光圭志さんと、リューリさんまで……二人とも欠席、ですかー……)


 近日はレイヤーズ狩りや異端ギルドの動きが活発化しており、リューリに至っては皇選の真っ最中だ。普通ならば起こり得る筈もないが……彼女の『ワスレス』という境遇を好ましく思わない人物による、悪質な妨害行為が起こる可能性も決して低くはない。


 彼女の教授として、可能ならば彼女の助けになってあげたいが……『皇選』はあくまでも学生間で、学生全体のリーダーを決める活動であり、そこに教授が直接介入するのは認められてはいなかった。


(……こんなことでは、ダメですねー。指導者である私が、生徒たちを支えられないようでは……教授失格ですー)


 今更かも知れないが……リューリがやって来たら、ちゃんと話し合いをしよう。直接に介入が出来なくとも、彼女の活動を支援する方法はある筈だ。


 そう決意した早理教授は、改めて授業の方へと意識をシフトさせる……その時だった。


 突然、教室の横開きの扉がゆっくりと音を立てて開き始めたのだ。


 早理教授を始め、授業を受けていた生徒たち全員が一斉にそちらへ視線を向けると、誰もが不思議そうな表情で首を傾げる。すると、真っ先に早理教授がそこへ駆け付けて前屈みになり、そこに立つ一人の人物へと、優しい口調で声を掛けた。


「きみ、どこから来たの?お父さんか、お母さんは一緒じゃないの?」


 その人物は直ぐには答えず、なにか戸惑っているかのようにキョロキョロと辺りを見渡す。


 しばらくすると、ゆっくり、ゆっくりと視線を早理教授へと向け……そして、覚束ない口調で、こんな言葉を口にした。



「────こうせん、りっこうほしゃ、りゅーり」



 何故、いきなりそんなことを口走ったのか。


 その疑問を問い掛けるよりも前に、早理教授は大きく目を見開き……教室内に大声を轟かせた。


「────『魔術』……!?皆さんッ下がってくださいッ!!」


 直後。


 早理教授の切羽詰まった言葉が言い終わるや否や、教室内に目映いまでの閃光が輝いたと思ったら……。



 ────全てを灰塵に帰す大爆発が、早理教室を無惨に吹き飛ばすのだった。


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