第8話 大っ嫌い



 朝比奈一族は、古くから『霊術』に特化した家柄であり、先祖から代々伝わる『憑依術』を得意としていた。


 長きに渡って霊術の開化に貢献してきた功績もあり、皇室からの信頼も厚く、それこそ子皇に任命されてもおかしくはない程の極めて高い身分を持っていたが……朝比奈マリアより先々代当主の汚職によって、一気に失脚。更には、彼女の父親に当たる先代が、人間のクズに相当する人物であった為、朝比奈一族の栄光は地の底にまで転落した。


 そのような背景もあってか、マリアの幼少期はイジメの絶えない毎日だった。Lysも思うように向上せず、落ちこぼれと罵られて、イジメに耐え抜く日々。


 それでも、彼女は諦めなかった。


 今は一族の汚職が故に、皇選に立候補することは皇室より禁止されているが……自分が出来ることを証明すれば……子皇に選ばれるくらいにまでの信頼を得られれば……いつか必ず、一族の汚点を払拭することが出来る、と。


 その為に、必死になって頑張ってきた……どれだけ辛いことも、歯を食い縛って耐えてきた…………それなのに……。

 




─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





「あ……ッ……?」

「他者の意識を操り、自らの傀儡とする『憑依術』か。珍しい『霊術』ではあるが……ぬるい」


 まるで身体の中に侵入してこようとする目に見えない『霊力』の塊を、振り払うように腕を振るい、勢いよく弾き飛ばす。その衝撃で突風が吹き荒れると、マリアの隣に立っていた少女も、憑依の影響が弾き出されたのか……膝から崩れるように昏倒。


 『霊術』とは、主に別世界と通ずる能力とされており、この世界でも習得出来る者は数少ない。それを、他者に掛けられる程の技量は相当のモノではあるが……いかんせん、相手が悪かった。


 その程度の力ならば、“これまで何度も戦ったことがある”のだから。


「ぐ……ッ!くっ、そ……やっぱり、格上かッ……この化け物が……ッ!」

(化け物て……)


 これまでも何度か言われたことはあるものの、やっぱり心にグサリと突き刺さる、が……それは致し方のないことだ、よく分かっている。


 それはともかく。この二日間で集めた情報が正しければ、朝比奈マリア、彼女こそがリューリに嫌がらせをしていた第一人者であることは間違いない。これ以上、嫌がらせ行為がエスカレートする前に、止めなくてはならないだろう。


 そう決心したところで……。



「────マリア?」



 明らかに動揺したような声に、俺もマリアも反応して、彼女の背後へと視線を向けると……そこには、何故か唖然と立ち尽くすリューリの姿があったのだ。


 恐らくマリアは、今度こそ直接的にリューリを叩くつもりで俺を誘拐したはずだ。俺もそれを利用して、彼女の懐に飛び込んだ訳だが……こんな状況にありながら、当のリューリ本人が出てきてしまったら……。


「……アハッ、なーんだ……手間、省けたじゃん」


 マリアが嬉しそうにそう呟いた時には、彼女はフラりと膝をついて項垂れ……リューリの背後で、先程まで倒れていた護士の女性が唐突に立ち上がり、そして……。


 大口を開けて歯を剥き出しにすると、まるで獰猛な獣のように、彼女の後ろから肩に噛みついたのだ。


「あぎぃッ!?」

『……どうして、あんたらなんだ……あんたも、シオドーラも、どうして、そんな簡単に……あたしの目指している場所に立つことが出来る……!?』


 あれは、『憑依術』で護士の女性に乗り移ったマリアだ。


 相当強く噛み付いているのか、リューリは顔を苦痛で歪め、歯が突き立てられている肩部分は、赤い血でジワリと滲んでいく。


「マリ、ア……ッ?」

『あたしだって頑張ってきたのにッ!!ここまで必死に努力してきたのにッ!!どうしてあたしばかりが報われないんだよッ!?あたしが何をしたっていうんだッ!!どうして、あんたらばっかり……そんな楽しそうな笑顔を浮かべてやがるんだよッ!!クッソがァァァッ!!』


 マリアの心の叫びと共に、グチャァッとリューリの肉を抉るような生々しい音を立てたと同時に……俺は、護士の女性へ向かって手をかざす。


「……努力を嘆くような奴に、努力が実る訳がない」

『……!?』


 直後、女性の足元に絡み付くように幾輪もの『ヒガンバナ』が咲き乱れ、彼女はそのまま力なく膝をつく。


 すると、憑依術が解け、本体に戻ったマリアが焦った様子で……既に大鎌を振り上げていた俺のことを見上げて、顔を青ざめさせる。


「うそ、憑依術が……なんで……!?」

「世界はお前の為にある訳じゃない。思い通りにならないのは、当然のことなんだ。ならば、どうやって自らの望みを手に入れる?それは、お前だ。お前が、努力して、考え抜いて、足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて足掻いて……そうやって手に入れるしか、他に方法はないんだ」

「……ッ!」

「お前は、そこから逃げ出し、嫉妬に駆られて努力する者を蹴落とそうとした。俺がお前の目の前に立っているのは……その報いであると知れ」


 大鎌を握る手に力を込め、目の前で唖然と立ち尽くすマリアに狙いを定めた。


 しかし。


 事態が終わりを迎えようとする瀬戸際で、俺と彼女の間に、一つの人影が割り込んでくる。


 それは、リューリだった。


 彼女は肩から血を垂れ流しながらも大きく両手を広げ、マリアを身を呈して庇うようにして俺の前に立ち塞がってきたのだ。


「────待って下さいッ!!」

「リュー……っ」

「お願い、手を出さないで下さい……確かに、私はマリアに嫌われていたのかも知れない……だけど、私やシオとって、マリアは大切な友だちなんです、だから……ッ!」

「……………………ホントに、馬鹿な奴」


 その機会を、マリアが見逃す筈がない。


 彼女はリューリの背後から、その後ろ首を掴み、反対の手で隠し持っていたナイフを握ってそれを後ろに振り絞り、何の躊躇もなく突き出した。


「報い?クスッ、上等だよ。ただし、その時は……あんたも道連れにしてやるけどなァァァッ!!」

「……ぁ……っ」


 だが。その奇襲は、『悪性持ち』にとって何も珍しい習性ではない。


 それを理解していた俺は、手にした鎌の刃をリューリの肩越しにマリアの首に沿え────一気に、引き抜いた。


「冥土に落ちるのは……お前だけだ」


 鎌の刃は、マリアを切り裂いた。


 だが、彼女の首は落ちず、代わりに全身からまるで生気が抜けるように黒いモヤを放出し、彼女はその場で力無く倒れ掛ける。


「ぉ……ご、ァ……ッ」

「マリ、ア…………マリアッ!!」


 リューリが慌ててマリアに寄り添ってその身体を支えるも……マリアは霞んだ瞳をリューリへと向けながら、ポツリポツリと弱々しい言葉を吐き捨てた。


「…………嫌いだよ、あんたなんか…………その優しさも、その強さも……大っ大っ、大っ嫌い……だっ、て…………それは、ぜんぶ────あたしがッ……欲しかったモノッ、だったのに……さ………………」


 それは、悔し紛れの捨て台詞なのか、もしくは、悔恨の泣き言なのか……最後の力を振り絞ったマリアは、眠るように事切れるのだった。

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