第7話 悪意は裏路地に潜む
日用品の買い出しの為、夕刻でも露店や店舗で賑わう大通りに赴くと……一人の少年が沢山の小物が入ったカゴに手にして、通行人に配布する姿があった。
「どうぞっ、使って下さいっ!手ぬぐいいかがですか~!」
「澤さん、こんばんは。今日も精が出ますね」
彼の名前は、
『Lys18』の『商人』であり、少し前までは商売の売上や熟練度が一向に上がらないことで酷く思い悩んでいたが……最近は、積極的に人の役に立つことをやり始め、充実した毎日を送っているらしい。
「あっ!リューリさんっ、どうもこんばんはです!いやぁ、こんなド底辺の僕が誰かの役に立てることと言えば、これくらいのことしかありませんから」
「これくらいだなんて、そんなことありませんよ。誰かの為に頑張っている澤さんの姿は、とても素敵なんですから」
「そ、そうですか……?リューリさんにそう言われると、嬉しいです……あはは」
「ふふっ」
照れ臭そうに笑顔を浮かべる澤を見て、私も自然に笑みがこぼれ落ちた。
誰もが役職の為に生きているこの世界で彼のようなLysに縛られない人は極めて珍しく、私もワスレスとして共感する部分が多い為、暇があったら彼の手伝いをするようにしている。
「何かお手伝い出来ることとかありますか?」
「いえいえ!丁度切り上げようと思っていたとこですから……あっ、そう言えば、この時間は『レイヤーズ狩り』が出没する時間帯ですよね。リューリさんも早く帰った方がいいですよ。いつ誰が襲われるのか、分かりませんから」
「確かに。そうですね、注意しないと……」
彼の言葉に同意して、早めに買い物を済ませようと考えたところで……ふと、嫌な予感が脳裏をよぎる。
最近は、私の支持者が『レイヤーズ狩り』の被害に遭うことが増えている。それが支持者に限らず、仲良くしている人までがその対象になっていたとしたら……。
(……誰が襲われるか、分からない……まさか、そんなことは…………長光くん、大丈夫かな……)
─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─
元来ファゼレストの裏路地には、肉眼では見えない霊的な存在が潜んでいるとされており、一度迷い込んだら最後、二度と抜け出すことは出来ないという噂もある。
もちろん、根も蓋もない噂話に過ぎなかった筈だが……その街中の一角にある路地裏は、いつもと違って不気味な霧が掛かっており、まるで異世界へ通じているようだった。
「い、や…………ま、さか…………来ないでッ、いやッ、いやッ、いやぁぁあアァァァッ!!やめてぇッ!!ゆるしてぇっ!!いやッ、いやぁぁぁああああアアアァァァァァァァッ!!」
「や、めろ……たのむ、やめて、くれ……がうッ……!?ぅぅぅぅ……ぐぅぅァァァァァ……ッ!!」
霧の中で、悲痛な叫びや呻き声が虚しく響き渡る。
路地裏の奥地には、何人もの男女が衣類を剥がされ……ある者は口から泡を吐き、またある者は全身血だらけになり、漂う霧に埋もれるように倒れていた。
死屍累々とした現場の中で、彼らを見下ろすのは四人の少女だ。
「ハッ!何が皇室直属治安維持部隊だ、何が『護士』だってんだよッ!どいつもこいつも雑魚ばっかじゃねぇかッ!」
「だけどぉ、最後の恋人二人組は傑作だったよねぇ?手を出したら許さない、なぁんて強がってたくせにぃ、お互いに見せ合いっこさせたら一緒に果てちゃってんだよぉ。あはぁ~、面白かったぁ」
「とにかく。これで皇室を守護する護士でさえも、私たちの相手にならないってことが証明出来たわけだ。そろそろ、行動してもいい頃合いなんじゃないのか────なぁ、マリア?」
少女らの真ん中に立ち、険しい目付きで変わり果てた護士を見下ろしているのは……。
────朝比奈マリアだった。
頬についた血痕を手の甲で拭う彼女は、昼間の大庭園で過ごす時とは明らかに異なる、危険な風貌を纏っていた。
「……あとは、立候補者である『リューリ』を晒し首にしてやれば、皇室への反逆心の証明になる。その為のエサも、用意は出来たことだしな」
そう言って、マリアが横目で見る視線の先には……椅子に四肢を鎖で縛られて拘束される、長光圭志の姿があった。
「そいつよぉッ!さっきから妙に大人しくねぇかッ!?」
「だねぇ。最初は結構抵抗してたんだけどなぁ」
「……ぐぅ……」
「……寝てね?」
「こんな状況で寝てられる訳ねぇだろッ!あまりの恐怖で気絶してんだよッ!弱っちい奴だなぁオイッ!」
四人のうち二人が、目を瞑って短く息を吐く長光圭志を覗き込むように観察している一方……マリアは、地面に転がる護士の頭を踏み付けながら、もどかしさを噛み締めるような様子で口をつぐんでいた。
「しかしまぁ、あのリューリも無駄に我慢強いよねぇ。さっさと折れちゃえばぁ、こんだけ苦しむ必要もなかったのにさぁ……ほんと馬鹿だよねぇ」
「だけど、それもこれで終わり。あのお人好しのことだから、ちょっとこいつの名前をチラつかせてやれば、簡単に釣られるはず。その時が、自分の最後になるとも知らずにな。さぁ行くよ、あん、た……ら……?」
マリアが残りの二人へと声を掛けようとした……その時だった。
まるで吊られていた糸が切れた操り人形のように、何の脈絡もなく、二人が地面に倒れ伏す。
驚くのも束の間、次は先程まで項垂れていた長光圭志が、自身を拘束していた鎖を……力技で引き千切り、ゆっくりとその場に立ち上がるのだった。
「悪いが……これからお前たちが向かうのは、勝利の栄光などではない────冥土の底だ」
いいや、そもそも……その外見は最早、長光圭志ではなかった。
護士や、同じ悪性持ちを相手でも、一切怯まないマリアが……思わず竦み上がってしまう程の威圧感と強大な存在感。
そんな奴、この世界には滅多に居ない……むしろ、思い当たる節は、ただ一つしかなかった。
「……!?ま、さか……しッ、『死神』……!?」
どうして、死神がこんな所に……そもそも、その椅子に拘束しておいた長光圭志は、何処へ消えたのか……。
この世界において最も危険と言われている男の来訪に、先程までの落ち着きが嘘のようにパニック状態に陥るが……。
「……フッ……ククッ、ククククッ……丁度いいじゃない。裏社会において、世界最強と囁かれるその力……このあたしが、乗っ取ってやるよッ!!」
『BadLayers25』・『
気付けば、彼女は何処か勝ち誇った表情で、不敵な笑みを浮かべながら死神と対峙するのだった。
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