第6話 理想の子皇


「っくしゅっ!」

「わっ!長光くん、大丈夫?手ぬぐい、要る?」

「かなぁ……うん、ありがとう。それにしてもリューリさん、手ぬぐい一杯持っているね?さっきも、転んだ女の子にあげていなかった?」

「毎朝、大庭園に通う途中に、小物を無料配布している若い商人さんがいてね。成り行きで、ちょくちょくお手伝いをしているんだけど、いつもそのお礼で手ぬぐいを貰っているの」

「へぇ~。でも、無料配布って……それって商売になるのかな……?」


 その日の放課後のこと。


 偶々帰りのタイミングが被ったリューリと、またまた一緒に帰ることになって少々舞い上がっていたのだが……どういう訳か、とてもハプニングに巻き込まれる。


 事件とか大袈裟なモノではないのだが、目の前でボール遊びをしていた女の子が転んで怪我をしたり、土地勘が無い人が道を尋ねてきたり……今も、重い荷物を運べなくて困っているお爺さんの手助けをしている最中だった。


 そんなハプニングの連続を前に、何が起こっているのかと首を傾げていると……ふと、リューリが「え?いつもこんな感じだよ?」とあっけらかんと口にしたので、何となく理解した。


 この人、もしかすると……困っている人を引き寄せるオーラでもあるのかも知れない、と。


「それじゃあ、お二人さん。ここまで荷物を持ってくれてありがとうのぉ。本当に助かりましたわ。そうだ、何かお礼をしなければ……」


 大庭園からしばらく登った地点にある住宅街の周辺に到着すると、腰の曲がったお爺さんが嬉しそうに笑顔を浮かべて頭を下げてきた。


 対してリューリは、近くのベンチに風呂敷に荷物を置くと、優しい笑顔を返しながら首を横に振る。


「いえいえ、力になれたのなら幸いです。お父さん、お身体には充分にお気を付けて下さいね」

「ほっほっ、まるでいつも面倒を見てもらっている感覚じゃのぉ。しかし、こうしてお嬢さんに気遣って貰えると、あのお嬢さんのことを思い出すわい。名前はぁ、なんと言ったか……確か、シ、シ……」

「あの、もしかして、シオ……シオドーラ=マキオン、ですか?」

「おぉっ!そうじゃっ!シオちゃんだった!確か、お嬢さんと同じで、大庭園の『皇選』の立候補者だったかのぉ?あの子も、こんな老いぼれと色々な話をしてくれる、とても優しい良い子だった。お嬢さんも、あの子とよく似ておる。もしかして、姉妹だったりするのかのぉ?」

「いいえ。だけど、シオは……私の、大切な親友ですから。そう言って貰えると、本当に嬉しいです」


 そう語るリューリは、頬を赤らめながらどこか照れ臭そうに恥じらいの笑みを浮かべる。それを見ていたお爺さんも、満足げに笑っていた。


「ほっほっ、シオちゃんもお嬢さんにそう言われて喜んでいるはずじゃよ。そちらの彼氏さんも、こんなに優しい彼女さんはちゃんと大切してやらねばならんぞ?」

「…………えっ!?」

「い、いえいえっ!長光くんは彼氏とかそういうのじゃなくてっ!ただのクラスメイトっ、お友達ですから!」

「…………あー、うん……ソーデスネ…………あっ、なんだろ、なんか、スゴく眠たくなってきた……」

「今っ!?それ今なの長光くんっ!?」


 いきなりの不意打ちに動揺するも、お友達宣言をされたリューリの言葉に少しだけ心が軋み、その現実から逃れるように眠気へと身を委ねようとする。


 顔を赤くしてあたふたするリューリと、眠気とショックで無になる俺の反応を眺めていたお爺さんは、しばらくの間楽しそうに笑ってから、俺たちへと別れを告げて住宅街へと帰っていった。


「……初めまして、じゃないんだけどな……」

「リューリさん?」

「あっ、ううん。なんだかごめんね、長光くん。色々と手伝って貰っちゃって……」

「ううん。俺はまだ全然大丈夫だから、気にしないで?リューリさんって、なんだか人助けをしている時にイキイキしているように見えるけど……そういうこと、得意だったりするの?」

「え、そう?うーん、自分でもよく分かんないけれど……理想の一つ、ではあるかな。誰もが気軽に寄り添えるような人……もし、『皇選』に勝ったら、そんな存在になりたいって、そう思っているから」


 今、『皇選』は『第一次常習評定』の最中であり、大庭園の学生たちが立候補者たちの普段の行動を観察し、その人間性や適性を客観的に判断する期間だ。


 リューリの人助けが好きな一面は人々の好印象を買う可能性は高いが、それが、『皇』の適性に相応しいのかといえばハッキリと断言することは出来ない。


 もちろん、彼女もそれは気付いているかも知れないが……仮にそうだとしても、彼女は人助けを辞めることは無いだろう。目の前で困っている人がいれば、直ぐに助けに入る……それが、リューリという人間なのだから。


「なれるといいね。自分の理想の存在に」

「……!うん。まだまだ、程遠い存在だけれどね」


 そう言ってお互いに微笑み合い、俺とリューリは分かれ道でそれぞれの帰路についた。


 『皇選』云々よりも前に、リューリの身の周りには解決しなければならない問題がある。度を過ぎた嫌がらせ……今回は特に何も起こらなかったが、早いところ何とかしなければ事態は一向に改善することはないだろう。


 ただ、その時は気付かなかったのだ。


 俺たちの背後には、もう既に────闇よりも深い悪意が迫っていた、ということを。


「────アハッ。みーっけた」

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