第10話 ぎこちない修練
地平線の向こうから微かに日の光が差し始めた頃。
ギルド屋敷の中庭で、清々しい汗を流しながら真剣な表情で木刀を振るうリューリの姿があった。
「はーっ……はーっ………………ふっ!」
肩の傷は未だ癒えていないようだが、それでも鍛練に没頭する様は、傷のことなんて微塵にも感じさせない集中ぶりだった……まだ、刀に振り回されている感じは否めないが。
そんな彼女のことを俺は、縁側の障子の裏で胡座をかいて眺めていた。
「朝から熱心なことだな」
「……!死神さん……ですよね?おはようございます。昨夜のこと、ハタさんに聞きました……マリアのこと、お世話になりました」
「あれは自分の疑いを晴らす為にやったことだ。世話してやったつもりはない」
マリアは今頃、皇立病院で眠っていることだろう。
昨夜の戦いで、俺は死神の力を駆使して、彼女から『悪性役職』の『Lys』を丸々消し去った。その影響で、レイヤーズ狩りの被害に遭った連中と同様、昏睡状態に陥っている。死んだ訳ではないが……ここから立ち直れるかどうかは、マリア次第といったところだろう。
「そう、ですか……ところで、あの……どうして、障子の裏に隠れているんですか?」
(やべ……っ!)
この時間は死神の変身も解けて、長光圭志の状態であるから……なんてことは口が割けても言えない。ほんの出来心で、リューリの体調を心配して出てきただけなのだが……“隠れている”ことに気付くなんて、思っていたよりも勘が鋭い人だ……。
「あ、あぁ、実は日差しというやつがあまり得意ではなくてな」
「え?今、気持ちいいくらいに日差しが強めですけど、大丈夫ですか?」
何やら純粋に心配してくれているような表情で、こちらの様子を窺うように、ゆっくりと近付いてきた。
(うぉぉぉぉぉっ!?待て待て待て駄目だって今は近付いたらぁぁぁっ!!)
「それ以上、無闇に近付くな。昨夜のことを思い返してみろ。お前も、マリアの二の舞になるかも知れないぞ」
「あ……ご、ごめんなさい……ただ、私のせいで死神さんに無理させてたらって考えたら、少し心配だったから……ごめんなさい……」
(うわぁぁぁぁっ!?違う違う違うんですぅそんなつもりじゃなくてぇぇぇっ!!)
てっきり、未だに敵対心剥き出しだと思っていたら……例え敵であろうと、心配してくれるだなんて……え、なにこの人、マジ天使ですか……?
と、悶えたい気持ちを押さえつつ、これ以上は俺の精神がもたないと察して、慌てて話題を切り替える。
「と、ところで、その刀の振り方は誰かに教わったのか?素人が独学でやっているようには見えないんだが」
「あ、はい。前に話したシオドーラ=マキオン、彼女から『型』を教わって、早理教授という大庭園の教授から『武術』の指導をしてもらいました。ただ、幾らやっても、『型』も『武術』も上手く出来なくて……お二人が根気よく教えてくれる分、なんだかすごく申し訳ない気持ちで一杯で……」
「……なら、俺が教えてやろうか?」
「え?」
『型』に関しては個々が洗練し、継承していくものである為、赤の他人の俺が口出し出来ることではない。
しかし、『武術』に関しては全人類共通。大庭園の『武庭』と呼ばれる専門機関にて研究されており、そこで鍛練を続け、知識を蓄えれば、誰にでも扱うことが出来るようになる『付与術』の一つなのだから。
俺は、首を傾げるリューリに手招きをして、障子越しに俺の目の前に立たせると、その胸元の真ん中に向かって人差し指を立てながら言った。
なんだか懺悔室みたいだな、これ……。
「まずは、ここだ。一旦、心の中にある雑念を全て捨てろ」
「ゃ……っ!ちょっ、ちょっと、何を……!?」
そんな困惑しないで欲しい……こっちもメチャクチャ恥ずかしいけれど、こうした方が一番イメージし易いんだから……。
だが、今は羞恥心も胸の奥に押し殺し、俺は死神らしく堂々とした口調で逆に問い掛ける。
「立ち止まっている暇はないんだろう?嫌ならいつでも辞めてやる。どうする?辞めるのか?やるのか?」
「で、でも、私はワスレスです。私が武術を会得出来ないのは、それが原因なんじゃ……」
「魔術、武術、霊術は、あくまでも『付与術』だ。Lysは関係ない。それでも出来ないのは、お前の中に『自分では出来ない』という余計な雑念があるからだ」
「……!」
その時、リューリは一瞬だけ息を呑んで硬直。
それから視線を落とし、何かを考えるように無言を貫くと……表情を引き締めてから、ゆっくりと目蓋を閉じた。
「………………ふーっ……雑念を、全て捨てる……」
「……よし。今、お前の身体は完全にまっさらの状態だ。そこに一つだけ、ここに真っ白い球体が宿っている。その球体は、どんな形にも変わる、どんな色にも染まる、変幻自在な物体だ。それを、お前は自由自在に操ることが出来ると思え」
「……球体……自由、自在……」
「己を強く成長させるのは、他者の教育や指導ではない……己を信じて、疑わない心だ。それが、お前を必ず更なる高みへ連れていってくれる。さぁ、構えろ。ここにある球体が身体に浸透し、腕を経由し、両の手に握る刀へと染み込んでいく……」
「……浸透……経由……刀、へ…………」
リューリの胸元から指先を離すと、彼女は俺の言葉をブツブツと反復しながら庭へと向き直り、木刀を両手で握って頭の上に持ち上げていく。
それが頂点に達した時、彼女の集中力はまさに極限の域にまで研ぎ澄まされていた。
「仕上げだ。今、刀は“お前に染まった”。そいつを維持したまま刀を振り上げ────振り際に、全てを放出しろッ!」
俺が一瞬だけ強い口調で言い放ったとほぼ同時に、リューリはカッと目を見開き、利き脚を前へ出しながら、構えた木刀を一気に振り下ろす。
「────シッ!!」
振り下ろされた刃筋は美しい曲線を描くと、リューリの前方へと“放出”された。それは一発の『斬撃』となり、空を裂き、舞い落ちる枯れ葉を切断。
やがては虚空で音もなく消失するが……刀から発せられた『斬撃』の痕跡は、肉眼でも見える輝きとなって、そこに留まり続ける。
それを目の当たりにしたリューリは、木刀を振り下ろした体勢のまま、唖然と立ち尽くしていた。
「…………ぁ…………でき、た……?」
「文句なしの出来だったな。今のが『気力』の放出、即ち『武術』の基本技術だ。そして、だ。少しその木刀を借りるぞ。今の要領で、俺が『武術』を使えば……」
障子の脇からリューリの木刀を受け取り、片手でそれを振り被ってから……“少しだけ”『死神』を絞り出しながら、振り下ろす。
「────こうなる」
直後。
描かれた刃筋以上の大きさで出現した『斬撃』は……景色をグニャリと歪ませ、地面を抉り飛ばしながら飛翔し、向かいにある石造り塀に直撃すると、それを木っ端微塵に粉砕させた。
先程とは、明らかに比べ物にならない『斬撃』が成した破壊力を目にしたリューリは、唇を震わせながら微かに感嘆の声を漏らす。
「…………す……ごい……っ……」
「一つの壁を乗り越えたからといって、決して慢心はするな。その力で満足し、足を止めた時が、お前の限界だ。そこから先、壁を越えられることは無くなる。ワスレスでありながら、『子皇』の座に立つ……そんな前代未聞の偉業を、お前は果たさなくてはならないのだろう?」
「……!」
「いいか。未来は、前にしか無いんだ。夢には、自分の足で辿り着くしか無いんだ。ならば、足を止めるな。自分の信じる限り、前だけを見て突っ走れ。そして、お前の未来と夢を、不可能だと、馬鹿馬鹿しいと嗤う連中に……目に物見せてやるんだな」
気付けば……長光圭志として、死神として、これまでずっと胸の内に秘めていた激励の言葉を、全てリューリへと投げ掛けていた。
少し熱くなり過ぎただろうか、と正気を取り戻した時、目の前に立つ彼女は、何処か苦しそうに呼吸をしながら小さく顔を強張らせるのが目に入る。
「……どうして、ですか……?どうして、『悪性』のあなたが…………誰も信じてくれない、私のことを……」
まるで自分に言い聞かせるように、小さく首を横に振りながら言うリューリの言葉に、俺は無言で耳を傾ける。
直後、先程俺が『武術』で吹き飛ばした塀の脇から、一人の男性が喚き声を上げながら姿を現した。
「────ぬぉぉぉォォォォッ!?マジで死ぬかと思ったッスぅぅぅぅぅッ!!」
「わっ!び、ビックリした……」
あの軽微な鎧に身を包んだ、大柄な男は……エルトン=ラトクリフか。
皇国治安維持部隊、通称『護士』と呼ばれる部隊に所属する男性だ。皇国の警護任務から始まり、要人の身辺警備、暴動の鎮圧、危険人物の逮捕まで、様々な業務を担当する公務官である。
「だから当てなかっただろう。むしろ配慮してやったことに感謝しろ」
「嘘ッスぅっ!!絶対脅しのつもりでやってたッスよさっきのはぁっ!!逮捕ッスっ!!それも余罪で逮捕ッスよ死神ぃぃっ!!」
「余罪?また何か別の罪でも押し付けにわざわざここまで来たのか?呆れた執念だな……」
死神の俺よりも遥かに大柄なエルトンが喧しく喚く姿を見て、呆れて首を横に振る。
誰かを手に掛けた、という点では思い当たる節は幾らでもあるが、俺は今までもその追求をのらりくらりとかわしてきた。
だが、次に彼が口にしたのは……。
俺と、そしてリューリまでをも震撼させる────衝撃的な事実だったのである。
「押し付けじゃねぇッスっ!!死神ッ、今度こそ観念するッスっ!!今、あんたには────大庭園の早理教室爆破事件の容疑が掛かっているッスぅっ!!」
「……なんだと?」
「早理教室が……!?」
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