第4話 0の少女



 シオドーラ=マキオン。


 次の『皇選』における当選確実の最有力候補といわれていた人物です。彼女は今、スラム街『ダープ』にある療養施設で寝たきりになっています。


 その原因は────『レイヤーズ狩り』。


 最近、ファゼレストで急増している悪質な事件に、彼女も巻き込まれてしまったんです。『Lys』を奪われた大半の人はそのまま昏睡状態に陥り、まるで植物人間のように一生目覚めなくなってしまうと言われています。


 納得が出来ませんでした。どうして、何の罪もない彼女が……純粋に誰かの為に、子皇になろうとした彼女が……そんな酷い目に遭わされた上に、今も生きながらに苦しみ続けなくてはならないのかって。


 だから、せめて私が……彼女の代わりに『皇選』を勝ち取ってみせると、そう誓ったんです。誰もが尊敬と信頼を寄せた、彼女の強さと、彼女の生き様を、一番近くで見てきた私が、その存在を証明する為に。


 そんな想いで、皇選に立候補してからのことです……私の周囲で、不穏な空気が漂い始めたのは……。


 まるで私やシオを中傷するような噂……私の持ち物が無くなるような嫌がらせ……ある時は道を歩いている時に頭上から看板を落とされたり……最近では、私を支持してくれる人たちが、次々と『レイヤーズ狩り』の被害に遭ったり……明らかに故意による妨害行為が増えてきました。そんなことが立て続けに起こって、どうすれば良いのかと思い悩まされている中で、聞いたんです。


 シオが教われたのも、悪質な嫌がらせが起こるのも────実は、最近巷で噂になっている『死神』の仕業なのだと。


 もう、私には考えている暇なんてありませんでした。


 シオから始まった悪意がこれ以上連鎖する前に……私の手で終わらせるしか他に方法はないって……そう、思ってしまったから……。






「……それで、俺の元に来たと?」


 俺の問い掛けにリューリは視線を落としたまま、コクリと小さく頷く。そんな彼女の様子を眺めていたハタは、怪訝そうな表情で首を傾げた。


「妙な話だよなぁ?『皇選』の立候補者となれば、次の『子皇』となるかも知れない大切な要人だ。そんな奴の身の回りに危険が及べば、皇国治安維持部隊の『護士』が身辺警護に当たるだろ。何故、こいつは誰にも守られていない?」

「……それは……きっと、私が────『Lys0』の、『ワスレス』だから……」

「……なに……?」


 それは、都市伝説に過ぎない程度の噂話だった。


 『Lys』が数値として現れているのならば、0も存在するのではないか……もしも、本当に0が居たのだとしたら、そいつは役職すらも持たない『ワスレス』なのだ、と。


 誰もが役職を持って産まれてくる世界では決して有り得ない、『Lys0』の『ワスレス』────それがまさか、リューリのことだったなんて……!


「なるほどな。つまり、で最初から見限られているって訳だ。コイツに守るだけの価値は無い。支持する意味もない。別に死んでしまっても構わない。だってコイツは、存在意義も欠片もない、『ワスレス』なんだから。あ~あ~哀れなもんぐッッでぇッッ!!?」

「すまない思いっきり手が滑った」


 歯止めが効かなくなっているハタへと思い切り手元の本を投げ付け、額にクリーンヒットさせて黙らせる。


 しかし、時既に遅し。


 ハタの心無い暴言を聞いてしまったリューリは、酷く落ち込んだ様子で呟き始めた。 


「……そう、ですよね……『ワスレス』の私なんて……そもそも生きている意味、無いですよね……?」

「……!」

「私、何やってんだろ……勝ち目の無い『皇選』なんかに飛び込んで……誰にも支持されなくて勝手に落ち込んで……自暴自棄になって死のうとしてる……馬鹿、ですよね……本当に……」


 普段は、あれだけ気丈に振る舞っているように見えて……本当は心の中でずっと悩み苦しみ続けていたことが、痛い程に分かる反応だった。


 もう既に、彼女は限界だったのだろう。


 頑張って、努力して、我慢して……それでも、どうしようもなくて、誰にも助けて貰えなくて……だから、彼女は選ぶしかなかった。自分の身を犠牲にしてでも、事態の中心にいる『死神』を道連れにすることを。


 だが。


「────やはり無責任だ、お前は」


 俺は立ち上がってリューリの目の前に立つと、その柔らかい頬に手を添えて半ば無理矢理顔を起こさせる。


「…………ぇ……?」

「皇国が無価値だと決めたから何だ?役職もないLys0だから何だ?そんな数値だけの価値観に、一体何の意味がある?何でお前が、そんな物に縛られて苦しむ必要がある?」

「……あなたに、何が分かるんですか……?そうやって、自分勝手な振る舞いをするあなたなんかに……私のことなんて……!」

「人の価値は、授けられるモノじゃない。自分の手で築き、磨き上げるモノだ」

「……自分、で……?」

「それを放棄して良いのか?一生無価値のままで良いのか?違うだろう?お前は────……ッ!」

「……ッ!!」


 あぁ、ちょっと言い過ぎちゃったかな……目の前で瞳を大きく見開き、小刻みに肩を震わせるリューリを見ながら、少しだけ後悔の念が渦巻く。


 だが、このまま放っておけば、彼女はこれからもずっと俺のことを疑い続けることになるだろう。彼女が皇選で戦おうとする意欲を、俺が阻害してしまっているとしたら……放っておけない。


「この際だ、ハッキリ言わせてもらう。その嫌がらせとやらの件……俺は、一切関与していない。全くの無関係だ」

「……そんなこと、言われて……直ぐに信用出来ると、思っているんですか……?」


 当然のように疑いの目を浮かべてくるリューリの目の前に、俺は二本指を立てて、こう断言した。


「二日だ。二日間猶予があれば、お前の悩みの種を取り除くと約束する。それでも気が済まなければ、護士に通報するなり、また殺しに来るなり、お前の好きにすればいい」

「それって…………もし、嫌がらせの犯人が見つかったら……どうするつもりなんですか……?」

「然るべき報いを受けさせるだけだ。死神の名を勝手に騙ったことを……死した上でも後悔させてやる」

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