第3話 死神の隠れ家へ


 『死神』に会いたい。


 とある知り合いが経営しているバーに足を運び、そこの情報通なマスターにそう頼み込むと……。


「あらやだっ!リューリちゃんってば本気なのっ?モチロン、力になってあげたい気持ちは山々よ~、だってリューリちゃんのこと大好きなんだもの~っ!だけど、『シオちゃん』からお目付けをお願いされている身だしぃ……あぁんっ、ビーちゃん困っちゃう~っ!」


 真剣な会話なのに、話しているだけで別世界の扉が開かれそうな色が濃いマスターを何とか説得し、ようやく謎に包まれている『冥土の底棲』の情報を入手。


 なんでも、ダープの手前にひっそりと咲く、彼岸花を辿っていけばいいらしいが……。


 その情報を頼りにして、普段は足を運ぶこともない人通りの全く無い裏路地を、彼岸花を探しながら通っていく。すると、気付けば私は、町の中に隠された立派なお屋敷の正面扉の前に立っていた。


「……ここが、殺し屋ギルド『冥土の底棲』……あの、『死神』の隠れ家…………うぅぅ……っ」


 先程から、悪寒と緊張が一向に収まらない。心臓は喧しい位に暴れ続け、手のひらは冷たい汗でビショビショに濡れている。


 当然だろう……ここから先は、殺し屋たちの本拠地。どんな危険が待ち受けているのかも分からない。足を踏み入れた途端、即座に殺されることだってあるかも知れない。こういう場所に赴く時は、知り合いに護衛をお願いしたり、『護士』に警護を依頼したりするのが普通なのだろうが……今の私に、そんなモノは……。


「おっ、落ち着けっ、私っ……一人でも頑張るって、そう決めたんだから……っ!だから、大丈夫っ、大丈夫っ……すぅーっ、はぁーっ………………よしっ。しっ、失礼ひゃすっ!どなたかっ、いらっひゃいませんかーっ?」


 あうぅぅ、緊張し過ぎて噛んだ……。


 扉をノックして精一杯の声を上げて呼び掛けると……羞恥心に悶えている暇もなく、大きな扉が、ゆっくりとひとりでに開き始めたのだ。思わずビックリしてその場で立ち尽くしていたが、招かれている、ということが分かると、私は意を決して屋敷の中へと足を踏み入れる。


 そこで、目の前に立っていたのは、一人の小柄なメイドだった。


「いらっしゃいませ、お客様。わたくし、この屋敷のメイドを務めております、ハタ、と申します」

「あっ、は、はいっ……こんにちは、私は、リューリといいます」

「リューリ様。『死神』がお待ちかねで御座います。どうぞ、こちらへ」

(……え?お、お待ちかね……?なんで、私のことを知っているの……?)


 なんだか、猛烈に嫌な予感がする。


 とてつもなく帰りたい衝動に駆られて振り返るものの、正面扉は既に音もなく閉まりきっていた。逃げられない……そう直感した私は、こちらを気遣うこともなく歩いていくハタの後を付いていくことを決心。


 広いロビーを突っ切って、螺旋階段を上に登り、長い通路の突き当たりにある扉の前に立つと、ハタはその脇に立って微笑み掛けてきた。


「こちらです。どうぞ、中へお入り下さい」

「あ、ありがとうございます……」

「あぁ、そうだ。よろしければ、こちらの『飴』など如何ですか?とっても美味しくて、わたくしのお気に入りなんです」

「そうなんですか?じゃあ、お言葉に甘えて……」


 ハタの手のひらに乗せられた、包み紙にくるまれた棒つきの飴を取ろうと手を伸ばした……その時だ。


「────余計なことをするな、ハタ」


 扉の向こうから男の人の声が聞こえてきて、何故かハタのことを叱りつける。それを聞いた彼女は、今までの丁重さも何処へやら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべてながらその棒つき飴を自分で咥え始めた。


「ちぇっ、ざーんねん。はむっ。一口舐めれば、頭の中がドロドロに蕩けて、身体がギンギンに火照って、一生正気に戻れなくなる位に……気持ちよ~くなれる特別な飴だったのになぁ……ちゅぱっ。ふふっ、ふふっ、ふふふふふふふふふふっ」

(え……えぇぇぇぇぇ……?)


 そんな捨て台詞と共に、艶かしい笑い声を発しながら……“壁をすり抜けて”消えていったのだった。


 あまり考えたくないのだが……もし、あの飴を舐めていたら、本当にどうなってしまっていたのだろうか。


「いつまでもそんな所で立っていないで、さっさと入ってきたらどうだ」

「あっ、は、はい……!」


 部屋の中から呼び掛けられて我に帰った私は、少しだけ戸惑いつつも、こうなれば行くしかない、と自分を奮い立たせて扉を開く。


 そこは、寝室だろうか。


 大庭園の寮とは比較にならない部屋の広さに、豪邸でしか見ることが無さそうなキングサイズ程度のベッドが置かれている。そして、私の正面には、アンティーク調のデスクにこちらへ背を向けて腰掛ける一人の男性が居た。


「あなたが……『死神』、ですか……?」

「『皇選』に立候補した者が、こんな場所に来るものじゃない。用件が済んだらさっさと出ていけ。そ、が何よりもお前の身の為だ」

「……そう、ですね。分かりました。それじゃあ、早速……」


 出会い頭に厳しい言葉を淡々と投げ掛けられて、思わず竦み上がるところだったが……恐怖と緊張を押し殺し、私は、行動に出る。


 ────《収納魔術》。


 小さな異空間にあらかじめ物を収納しておき、自身のタイミングで取り出すことが出来る、初歩的な『魔術』。それを使用して、私は自分の手元にヒッソリと抜き身の刀を顕現させた。


 そして。


「────死んで下さい」


 まるで殺してくれと言わんばかりに隙だらけな死神の背中を狙い、両手で握った刀を振りかぶって急接近。


 殺(や)れる。


 そう確信出来るまでに距離を詰め、死神の姿を目の前に捉えた……だが。


「あ……っ!?」


 そこで途端に振り返った死神が目と鼻の先にまで迫った刀の刃を、人差し指と中指ので挟み込み、私の襲撃をアッサリ制止させてしまったのだ。


「それはもしや、暗殺のつもりか?背後を狙ったにしては、ノロ過ぎる」

「ぅ、あ……っ……きゃぁっ!?」


 失敗した……背筋が一気に凍り付いて、全身が硬直すると、死神は二本指だけでナイフを握る私の身体をベッドの上に放り投げる。


 ベッドに倒れ込んだ私は慌てて立ち上がろうとするが、その前に、死神は私の上に馬乗りになり……私の首元の直ぐ近くに、奪い取った刀を突き立てた。


「さて。自分が何をしたのか理解はしているな?他者の殺しを目論めば、当然その報復は返ってくる」

「……ぃッ、た……ッ……」


 ベッドの布地を切り裂きながら、ゆっくり迫ってくる刀は私の首の皮を裂き、少しずつ、少しずつ、肉にめり込んでくる。


「さぁ、味わわさせてもらおうか。お前が最後に口にする断末魔が、どんな味がするのかを」

「……ッ……ッ……」


 とてつもない熱と痛みが首に走ると、私は恐怖のあまりに身動き一つ取れず、ギュッと瞼を閉じ、真っ暗な視界の中でガタガタと震え続けていた。


 殺される……そんな分かりきった結末を、ただただ待つことしか出来なくて。


 しかし、殺意の刃は、いつまで待っても私の命を刈り取ることはなかった。恐る恐る瞳を開けると、死神が不意に首から刀を離し、それをベッド脇に立て掛けながら立ち上がっていたからだ。


「…………ふん、辞めだ」

「え……?」

「ハタ。こいつを拘束しろ。また妙なことをされては面倒だからな」


 死神がそう呼び掛けると、頭上からいきなりあのメイドが姿を現して、私の身体を抱き起こす。


「マスターに対して偉そうな口調だな、オイ。まぁ、良いけど。それでは、大人しくなさって下さいね、リューリ様。下手に暴れられたら、何かの間違いで大怪我をするかも知れませんから」

「……っ」


 ハタの言うままに、私は何も抵抗出来ずに両手両足をロープで縛り付けられ、ベッドの上に座らせられる。


 最早、命の主導権は彼に握られた……生きるか死ぬか、自分の命運は彼の手に委ねるしかなかった。

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