第2話 冥土のメイド


 世界最高機関、『皇室』。


 その管理下にある皇立教育施設、別名『大庭園』とは、熟練度の向上の為にファゼレストにおける数多くの人々が通う学舎だ。


 そこでは、学生たちの選挙によって一般人の中から代表者を選出し、『皇族』と同等の最高身分を授けられる『子皇制度』というモノがあった。三名だけ任命される『子皇しおう』は、皇室の政策に参加することが出来る程の権威を得るが……何らかの理由でそこに欠員が出た場合、『皇選』という選挙活動によって新たな子皇を選出することになっている。


「────私の名は、リューリ。ここに、人の上に立つ『子皇』の一人となることを宣誓し、『皇選こうせん』に立候補致します!」


 それは、前代未聞の出来事だった。


 ある意味で、ファゼレストの将来を決定付ける『皇選』に、どこの馬の骨かも分からない無名の少女が名乗りを上げたのだから。


 通常、『皇選』に立候補するのは、高い『熟練度』を持つや優れた功績を納めた者、もしくは人々からの支持が強い有名人に限られる。そんな中、リューリという少女は、そのどれにも値しないただの一般人に過ぎなかったのである。


 つまり、無謀な挑戦でしかない。


 『皇選』に立候補したとしても、敗北は必須。それなのに、何故彼女は『皇選』に名乗りを上げたのか……その理由は、未だにハッキリとしていなかった。





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





 『皇室』の居城を中心に、まるで山脈の上に築かれたかのような高低差が激しい町並みが遥か遠くまで続く。地形上、石畳で舗装された坂と階段が多い城下町ではあるが、今や多くの人々は慣れ親しんだような足取りで行き交っていた。


 そんな町並みを下へ下へと降っていき、『ダープ』と呼ばれるスラム街の付近までやって来ると、建物の影に隠された狭く入り組んだ裏路地を通っていく。やがて開けた土地に出ると、そこには一つの立派な洋式のお屋敷がひっそりと建っている。


 それこそ、『死神』が属す、『冥土の底棲』のギルド屋敷だった。


 正面の大扉を開いて中に入ると、早速、メイド服に身を包んだ一人の小柄な少女が、やたらとぶりっ子染みた言動で出迎えてくれる。


「────お帰りなさいませ、ご主人様!お留守番中、とっても寂しかったにゃんっ!ご主人様に、いい子いい子してもらいたいにゃんっ!にゃんにゃんっ!」


 何やら登頂部には猫耳と、お尻からは尻尾が覗かされているが……十中八九、つけ耳とつけ尻尾だろう。


 この世界には『獣人』と呼ばれる人型の獣が存在するが……彼らのそれ見比べれば、質感も見た目の違いも一目瞭然だった。


「……いや、なにやってんすか。『ハタ』ってそういうキャラじゃないじゃん」


 俺が半ば呆れてそう言うと、メイドの様子が一変。


 深く溜め息を吐き、傍に置かれた客席用ソファに足を組んでドスンと腰掛ける。メイドらしさなんて微塵も感じさせないズボラな態度で、肩を竦めながらニヤついた笑みを浮かべた。


「……オイオイ、けーし。このワレが折角メイドらしく振る舞ってやったんだから、少しは喜べよ。メイドだぞ?フリフリだぞ?オマケにほれっ、猫耳と尻尾だぞ?これ以上どんな不満があるってんだ?」


 この嫌らしい笑みで、嫌味たっぷりに挑発してくる小柄な少女の名前は、ハタ。長光圭志が死神であることを知る数少ない人物であり、『冥土の底棲』のギルドマスター兼メイドを努めている。


 ただ、あんなメイド姿でありながら、基本はメイドらしい仕事は全くしない形だけのメイドだったりする。今も、本来ならばご主人様という位置付けに当たる俺へと優先すべき菓子を、自分だけモグモグと食らっているし。


「いや、別に不満はないけど」

「だったら何を辛気臭い顔をして……はっはぁん、なるほどぉ?まぁそんな心配すんな、けーし。このワレがバッチリ、オマエの悪名を広めといてやったから。これで、晴れてオマエも有名人の仲間入りだ、やったな」

「いやなに余計なことしてくれちゃってんですかァッ!?」


 何を隠そう、『死神』が世間で知名度が高いのは、このハタの仕業なのである。


 そもそも殺し屋ギルドなどと謳ってはいるが、今まで殺し屋家業なんてしたことは無いし、無差別に他者を襲ったことなどは一度もない。


 それもこれも、全てはハタが必要以上に尾ひれを付けて噂話を流しているのが原因だ。まったく、余計なことしかしてくれないよ、このメイドさん……。


「はぁ~、どうしよう……こんな調子で、リューリさんを迎え入れることなんて出来るのかなぁ……」

「もぐもぐっ、天下の『死神』様とあろう者が思春期かよ?」

「思春期だよ。俺は『死神』云々よりも、こっちの青い春を謳歌したいの」

「オマエそんなモン、いつもみたいに脅し立てて、寝床に引きずり込んでやればいーんだよ。オマエ、知ってっか?女ってのは、男の前で一回股開かせてやれば後はどうにでもなる生き物なんだよ」

「言い方が最低過ぎるっ!この世に生きる全ての女性に謝れっ!」

「けど願望はあんだろ?」

「…………」

「ほれぇ。だが、それは恥ずべきことじゃないぞ。人々の恐怖を司る者ならば、女の一人や二人、簡単に手駒に取って貰わなければ困る」

「そういうのは段階ってものがあるでしょ!?俺は、そういうっ、なんだっ、無理矢理みたいなのは嫌だって…………って、あぁ~……ダメだ、もう眠い……」


 ここまで帰ってくるのに相当我慢してきたが……腰を落ち着かせた途端に、また強烈な睡魔が襲い掛かってきた。


 どれだけ動き回ろうが、どれだけ喋り倒そうが、この『睡魔』にだけは決して勝てない……それを誰よりも知っているハタは、どこか楽しんでいるかのような顔で、掠れていく俺の視界を覗き込んでくる。


「出来るさ。お前は、『死神』。いずれは、この世界を支配し、悪の限りを尽くす存在となるのだから」

「……俺は、そんなモノに……なるつもりは、ないって……」

「いいや、なるね。それは、お前の『死神』としての異常な『熟練度』が全てを物語っている……ふふっ、その時が来るのが楽しみだよ、本当に」

「……」


 眠りに落ちる寸前、俺の頬にその華奢な手を沿え、互いに吐息が掛かる距離にまで顔を近付けてきたハタは、最後にもう一度憎たらしく笑っていた。


「さぁ、潔く足を踏み出せ。その溢れ出る悪のカリスマで────まずはオマエの愛しの娘を、『死神』の手の中に堕としてやれ」

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