死神は眠れない ~世界最強の殺し屋は青春を謳歌するそうです~

椋之樹

第1話 死神と少年


 『ファゼレスト』。


 この世界の人々は、生を授かったその瞬間から、『役職』という自らの役割を持って産まれてくる。


 『料理人』、『商人』、『狩人』等々、各人によって役職は様々だが────生涯を通して、その役職を変えることは出来ない。


 『料理人』の者は、一生『料理人』のまま。『商人』の者は、一生『商人』のまま。例え、そこに不満があろうが無かろうが、人は生きている限り、自身に刻まれた役職に準じて生きていかなければならなかった。


「たかが『Layersレイヤーズ14』っぽちの落ちこぼれ『細工師』が、一丁前に俺の前で商売なんざしてんじゃねぇよボケがッ!!」

「ぁぐッ!」


 そこは、とある学舎の裏側。


 傲慢な言い様の大柄な男に、その岩石のような拳で顔面を思い切り殴られて、少年は無様に倒れ込む。手にしていた硝子製のアクセサリーが地面に散らばると、彼と取り巻きの二人の男が、ニヤついた笑みを浮かべながらそれらを踏み潰し始めた。


「あぁぁ……っ!アガーフィ先輩が造ったアクセサリーが……っ!やめてっ、もうやめて下さい……ッ!」 

「あぁ~?おいおい、まさか格下のお前がこの『Lys73』の『大商人』のドナト=ルバルカバ様に意見しようってんじゃねぇだろうなぁ……おらぁッ!」

「うぐぁ……ッ!う、ぅぅぅ……ご、ごめん、なさい……っ」


 『Layers』とは役職の『熟練度』を指す数値であり、それが高ければ高いほどに、役職における能力値や技量が高いことを表している。また、熟練度が高く、優れた功績を納めた者には、当然の見返りとして、より強い信頼と権力が与えられるようになる。


 要は、この世界では『Lys』こそが全てであり、人生を決める最重大要素となるのだ。


 彼よりも小柄でヒョロっとした少年、長光圭志ながみつ けいしの『Lys14』に対して、このドナト=ルバルカバは遥かに格上の『Lys73』。近年はLysの格差を盾にして、強い者が弱い者に自分勝手な振る舞いをする者が増えてきた……これもまた、その一端というわけだ。


「別に逆らっても良いさ。ただなぁ……俺のバッグには、あの『死神』が付いているんだぜ?下手に逆らってみろ。その日の内に、お前は終わりだ……あのアガーフィ=マレンツェと同じ様にな」

「……!ま、まさか……先輩に、手を掛けたのは……!」

「今更気付いたところで遅いがなぁ?ヘヘヘッ。そうだ、丁度いい……おいお前らっ。そこの落ちこぼれを押さえてろ」

「へいっ!」

「うッ、ぐ……ッ!は、離せ……ッ!」


 二人の男に両腕を拘束されると、その正面で、ドナトは笑い声を漏らしながら、こちらへと開いた手をかざし始める。


「へへッ、よーしよし。今からお前らに、『魔庭』で修得した『魔術』を披露してやる。よぉく見ておけ」

「……!」


 そう言うと、彼の手のひらに強い熱量を発する〔火球〕が顕現。


 〔魔術〕とは、『付加術』と呼ばれる力の一端であり、この世界にはそれらに精通した学舎が存在する。どれだけの力量を発揮出来るのかは、各人の才能や役職によって大きく異なると言われているが……少年の目の前で、荒々しく熱を放つ〔火球〕は、加減の気配は見受けられなかった。


 それこそ……マトモに喰らえば、大怪我では済まない位に。


「さぁ、喰らえ……」

「────あなたたちっ、何しているんですかっ!!」


 突如、離れた場所から何者かの甲高い怒号が響き、少年たちの元に全速力で走ってくる足音が聞こえてきた。


 〔魔術〕の中断を余儀なくされたドナトは、不機嫌そうな様子でそちらへと顔を向け、食って掛かろうとするが……。


「あぁ?なんだお前?オレが誰だか分かって……」

「ドっ、ドナトさん……っ!ちょっとマズイですよ!あいつは、確か……!」

「あん……?チッ、面倒くせぇ……オイっ!ずらかるぞっ!」


 何かに気付いた取り巻きの注意に促されて、態度が一変。少年をその場に放り捨てると、慌てた足取りでその場から走り去っていった。


 すると、入れ替わりで少年の傍に駆け寄ってきた少女が、心配そうに声を掛けるが……。


「長光くんっ、大丈夫!?長光くんっ!」

「……ぁ……ぅ……っ」


 ドナトたちに袋叩きにされた脆弱な少年は、そのまま眠るように意識を失ってしまうのだった。





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─





「明らかに熟練度が格下の相手に、甘い誘いを掛けて自らの傘下に取り込み、少しでも反抗心を見せたら、『死神』の名前をチラつかせて脅しをかける。それでも言うことを聞かない奴には、徹底的な実力行使で物理的に黙らせる……まったく、とんだゲスの極みですわね」


 月明かりすら差し込まない、不気味な霧が掛かった薄暗い裏路地。


 怒りの滲んだ流暢な話し方で語る女性が、鋭い目付きで見下ろすのは……素っ裸で椅子に四肢を拘束されて座らされるドナト=ルバルカバと、その取り巻きの男たちだった。


 顔面はボコボコに腫れ上がり、全身には幾つもの青アザが出来上がっており、見るにも無惨な姿になっている。


「お、お前ッ、オレにッ、こんなことしてッ、ただで済むと思うなよ……ッ!オレにはッ、『死神』のッ後ろ楯がある……ッ!奴らの手に掛かればッお前なんぞッ一瞬で殺せるんだぞ……ッ!!?」


 『異端ギルド』。


 皇国の管理下から逸脱した非合法の自治体。この中でも近年、最も危険だと囁かれているのが、『冥土めいど底棲ていせい』という殺し屋ギルドに属している『死神』という人物だ。その名の通り、遭遇したら問答無用で殺されると噂されており、ギルド界隈だけでなく一般社会の中でも、その名は広く知れ渡り、恐れられていた。


 確かに、そいつの後ろ楯があると脅されては、誰もが恐怖を覚えることだろうが……彼の前に立つ長身の女は、恐れるどころか呆れた様子で溜め息を吐くと、ドナトの元に歩み寄っていく。


「正直のところ……別に、貴方がたが何をしようが、わたくしにとってはどうでも良いことですの。ただ、一つだけ、わたくしが許せないことは────我が親愛なる『主様』の名前を、勝手に騙ったことですわ」

「え……」


 女はそう言うと、突然ドナトの首を強い力で鷲掴みにして、今にも噛み付きそうな勢いで顔を近付かせながら低い声で脅し立てた。


「良いですの、このゲス野郎。『死神』様はあなたみたいな小物の後ろ楯になんぞにはなりはしないんですわ。これ以上、その汚ない口であのお方を汚してみなさい────骨が突き出て、肉と内臓ぶちまけるまで、グチャグチャに殴り続けてやりますわ」

「ひ……ッ!?」


 ドナトが全身を痙攣させて短い悲鳴を漏らした、その時だった。


 女の背後へと伸びる闇の中から制止の声が上がると、闇の中から何者かの緩やかな足音が、少しずつ、少しずつ近付いてきた。



「────そこまでにしておけ」



 そうして姿を現したのは、後ろに下がった女よりも更に大きな身体をした一人の男の影。


 明らかに、纏っている雰囲気が常人と違う。霧の中でも、ハッキリとその姿を認識出来るほどの存在感。視界に入れているだけで、睨み殺されそうな異常な殺気。それは、その人物が────本物の『死神』であることを指し示していた。


 直感的にそれを感じ取った様子のドナトは、カタカタと唇を震わせながらも、耐えずに減らず口を吐き続けていた。


「お、おいッ!や、辞めろッ!俺は『Lys73』の『大商人』ッ、ドナト=ルバルカバだぞッ!いずれこのファゼレストの未来を担う存在なんだッ!それをッ、お前みたいな下等な異端者が手を出していいと思っているのかッ!?この世では『熟練度』が全てだッ!高等の熟練度を持つオレにッ下等生物が逆らうなァァッ!!」

「……その理屈では、熟練度の優劣が人の価値を決定付けると……そう聞こえるな?」


 ドナトの叫び声が闇へとむなしく響き渡るも、死神は一切なびくこともなく、短く息を吐いてからゆっくりと口を開く。


「ならば、冥土の土産に教えておいてやる。俺の『死神』としての『熟練度』は────『Lys1018』だ」

「はッ…………せ、せせせせせ、せん……ッ!?」


 通常、『熟練度』はLys1から最上限がLys99。


 Lys80付近にもなると、全世界の中でも限りなく少数派であり、まさに偉人のそれに相応しい者として称賛を浴びることとなるだろう。役職によってさじ加減は変わってくるが、それだけ聞けば、嫌でも理解出来る筈だ────死神の『熟練度』が、どれだけ異常な数値を叩き出しているのかを。


「あぁ、それともう一つ。先程は世話になった。随分と手厚い洗礼だったが────ここでお前が“死ね”ば、アガーフィ先輩も報われるだろう」

「先、程……?洗、礼……?アガーフィ、先輩………………あッ…………あ、ぁぁぁぁァァァ……ッ!!ま、ま、さか……おま、え…………あの時の、『細工師』……ッ!?ど、どッ、ぅ、しッ、で……ッ!!?」


 その時、恐らく初めてドナトの中で二人の姿が重なったのだろう。目の前に立つ『死神』と、あの時の気弱な少年の『長光圭志』。見た目も、雰囲気も、明らかに違うが……。



 ────その二人が、まったくの同一人物だということを。



 そして、事実に気付いたドナトの目の前に立つ死神が、その手にとてつもない大きさの『鎌』を顕現させると……彼の首元に刃を掛けながら、『死別』の言葉を投げ掛けた。


。これまで、お前が散々手に掛けてきた者たちへ懺悔しながら────ここで、死ね」

「あッ、ばばッ、あばばばばばばばばばばばばばァァァァアアアアああああぁぁぁぁァァァッッッ!!」


 死神に慈悲はない。


 命乞いしようが、泣き叫ぼうが、出会した全ての者に平等の死をもたらす……それは、彼らとて例外にはならなかった。





─◆─◆─◆─◆─◆─◆─◆─




 

「…………光……ん…………もしもーし、長光くーん。また寝てた?」

「……ん…………わ、わわ……っ!リュ、リューリさん……っ!」


 机に突っ伏した顔を上げると、目の前に突然少女の顔が現れて度肝を抜かれる。


 彼女の名前は、リューリ。透明感のある艶やかなベージュのロングヘアに、宝石のように透き通った黒い瞳。物腰の柔らかい振る舞いと愛らしい笑顔が魅力のクラスメイトだ。そして、俺が一方的に秘かな好意を抱いている人物でもある。


「その反応は今更だよ、長光くん。あれだけ起こしてもピクリともしないんだから。早理教授も、カンカンだったよ?」

「あ……う、うん……ごめん…………朝から夕方に掛けては、どうしても、眠くて……」

「見事に昼夜逆転しているよね、それ……でも、夜更かしばかりしていたら身体に毒だよ?たまには早寝早起き、心掛けるようにして下さいっ」

「はぃ……心掛けます……」

「よろしいっ。じゃあ、帰る支度をしてから一緒に早理教授に謝りにいこ?」


 急かすリューリに促されて帰りの支度を済ませ、早理教授の元に行ってこれで何回目かも分からない謝罪を済ませる。「次見つけたら黒板で殴り付けますからねーっ!」という有難い脅迫を受け、彼女と共に帰路についた。


「そういえば、あのドナトさんのこと聞いた?意識不明の状態で病院に運び込まれたんだって。聞いた話だと、あの『死神』の仕業だって噂なんだけれど、本当なのかな……?」

「……さ、さぁ、どうだろ……」


 ここで、『死神』の仕業だよ、って断言するのは簡単だ……だって、『死神』は俺自身なのだから。だが、その事実を知っている者は周りに誰もいないし、それを簡単に信じる者も一人もいないだろう。


 つまり、そうして自分の正体を断言してしまうのは、リューリの不信感を買うことになる。そうなれば、ここまで積み重ねてきた友好関係が、一気に崩れてしまうかも知れない。


 それだけは、困る。


 せめて、こうして一般人として生活している以上は、普通の学生として過ごしたいという、確固たる野望があるのだから。


「ところで、その……長光くん。ちょっと、話を聞いて貰える?」

「え……?う、うん、別にいいけど……どうしたの?」

「実は、私ね────今度その『死神』に、会いに行こうと思ってるの」

「……………………え?」


 『死神』という素性を隠しながら、普通の学生として過ごしている少年、長光圭志。


 その時、唐突にリューリが口にした宣言は、特殊な環境下で生きている彼にとって……人生最大の試練が訪れた瞬間であった。

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