第19話 男

 父さんと、ファミレスに入った。お昼は食べたばっかりだったけど、父さんは腹ペコらしい。さっきはコンビニ弁当で済ませようとしていたんだとか。


「もう休みなの?」

「いや。長期休暇は来週からだ。今日はまあ、サプライズで帰ろうと思ってた」

「…………なる、ほど」

「家の前まで行ったんだぜ。でもその時な、あの病院で会った女の子。相原さんだっけか。あの子が入ってくのを見てなあ。……『今日じゃないな』と思って引き返した」

「ああ……」

「お前が呼んだんじゃないのか?」

「母さんだよ。なんか仲良くなってる」

「なに」


 僕はこの気持ちを、感情を相談してみた。父さんに全部言った。


——


「……ふむ。なるほどなあ」

「なんだろうね。なんかもやもやするんだ」

「なあシゲ」

「?」

「前から言おうと思ってたんだけどな。父さんの所に来ないか?」

「!」


 なんだろう。言葉にできない。けど。なんとなく。なんというか。

 父さんは僕の、『味方』って感じがするんだ。今まで、単身赴任だったから全然会わなかっただけで。

 ずっと家に居たら。僕ら家族はどんな感じだったのだろうって。母さんも不倫しなかったんじゃないかって。

 でもそしたら。もし、悠太が不倫相手との子だったら。生まれてないかもしれなくて。あの可愛い悠太が。


「……最近さ。母さんがご飯を作ってくれるようになったんだ」

「ほう」

「悠太の面倒も見るようになった」

「おう」

「でもなんだか。……母さんから『何もない』っていうか。今まで僕に何も無かったのに、急にそんな、『母親』みたいなことされても。戸惑うというか。いや悪いとは思わないんだけどさ」

「…………美味いよな。母さんの飯」

「……うん」

「俺も何年も食ってないなあ」

「うん……」


 ああ、これは。母さんと繋がってる真愛ちゃんにも相談できないことなんだ。

 父さんにしか。


「悠太は元気か?」

「うん。めっちゃ走り回ってるよ。家の中」

「そうか」


 父さんは、何を考えているんだろう。どう考えているんだろう。ウチについて。この家族について。

 確かに、ちょっと前にそう言われていれば。母さんと離れたくて、父さんの所に行った気がする。だけど今は。

 真愛ちゃんが居る。優愛が居る。それに母さんは、最近少しずつ変わろうとしてると分かる。

 どうすれば良いのか、僕にも分からないんだ。


「…………父さんな」

「うん」

「……離婚、しようと考えてたんだ」

「!」


 ばっ、と。父さんを見た。僕は俯いてたんだ。父さんの目は、本気だった。


「一番は、お前のことを考えてな。俺の所に居た方が良い、って。母さんはお前に、あんな感じだったろ」

「…………」


 エアコンの効いたファミレス内だけど。冷や汗が垂れる感覚が分かった。


「でもな。色々、あるんだ。離婚ではいさよなら、とは行かない。あの家はまだローンがあるし、就労経験の無い母さんが悠太を育てながらシングルマザーは、もうあの歳じゃ難しい。お前の学校のこともある。それになんだかんだ……。母さんを放っておけない」

「………………」


 もし離婚となったらどうなるんだろう。想像ができない。父さんの所に行くのは考えられるけど。なら、残った母さんはどうなるんだろう。


「……僕が知らないこと、あるよね」

「ん」


 別れたらもう知らない、なんて。そんな風には思えない。だって母さんは、僕の母さんだからだ。もし。血が繋がってなくても。

 母さんだから。


「教えて欲しい。ふたりが隠してること。今度のお墓参りにも、関係してるんでしょう?」

「…………ああ。そうだな」


 父さんは頷いた。そうだ。唯一、父さんは。


「お前ももう16か。そうだな」


 僕を『男』扱いしてくれるんだ。


——


——


 その日は、父さんはそのまま向こうに戻って行った。

 僕も、詳しい話は聞いてない。墓参りまで待ってくれと言われて。


 外で優愛の面倒を見ながら。ウチで悠太の面倒も見ながら。悶々と過ごして。


 8月14日。

 朝に、父さんが帰ってきて。そのまま乗り込む。

 ファミリーサイズの大きな車に。


「……久和瀬?」

「ああ。海が綺麗な所でな。父さんと母さんの地元だ」


 僕は、『おばあちゃんち』という所には行ったことがない。だから両親の実家なんて知らない。


「お義父さんの所へ挨拶は?」

「まあ、流れ次第だな。シゲが行きたいなら行こう。母さんの実家にも」

「……そう」


 母さんと父さんが会話してる。ちょっと不思議な光景だ。珍しい。

 因みに僕は助手席で、母さんと悠太が後部座席。チャイルドシートはあるけど、母さんと一緒じゃないと悠太が泣いてしまうから今はまだトランクにある。


「海か」

「友達と行く予定とか無いのか?」

「無いよ。友達居ないし」

「じゃあ相原さんは?」

「……っ。……忙しいでしょ」

「誘ってみろよ」

「いやいや。無理無理」

「恥ずかしいのか?」

「…………そういう訳じゃ、ないけど」

「はははっ」


 父さんは運転中、どこか楽しそうというか、嬉しそうだった。本当に、このまま家族で海に遊びに行くみたいな感じで。

 普通の家庭なら、帰省と墓参りのついでに海で遊んでいくんだろうな。おばあちゃんちに親戚で集まったりして。

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