第18話 ギクシャク、なあなあ、やっほ、居心地

 8月7日。今日は真愛ちゃんのバイトは休み。たまには休みなよ、ということで僕も休みだ。先週まで病院で休んでたんだけどな。別に家に居てもすること無いんだよな。悠太と遊んでも良いけど、母さんとまだちょっとギクシャクしてるし。


 と。

 油断してたんだ。


『ピンポーン』

「ん」


 チャイムが鳴った。珍しい。ウチは通販もしないから。

 11時53分のことだ。


「やっほ」

「真愛ちゃんっ!?」

「おにいちゃんっ!」

「優愛!」


 ドアを開けるとなんと、真愛ちゃんと優愛が居た。ウチの場所は知らないと思うんだけど。いやこれも、母さんか。


「いらっしゃい。少し早いわね」

「!?」


 背後から、母さんもやってきてふたりを出迎えた。やっぱり今日約束してたんだ。

 母さんは僕を見て、溜め息を吐いた。


「……やっぱり、言ってなかったのね」

「??」

「えへへ。吃驚させようと思って」


 母さんを見てから、真愛ちゃんを見る。してやったりという悪戯顔だ。


「上がりなさい。優愛ちゃんこんにちは。よく来たわね」

「はーいっ」


 母さんに招かれて。するすると、玄関に上がって。リビングへ向かうふたり。僕だけが取り残されたように、固まっていた。


——


「ほら優愛。悠太くんだよ」

「ゆーたん!」

「そうそう。ゆーたん。あー涼しい。良いエアコンだ。CMのやつ」

「まず手洗いとうがいをしなさい」

「はーいママ」

「やめなさい」


 なんか。

 真愛ちゃんと母さん、妙に仲良くないか?

 あんな母さん見たこと無い。冷静に突っ込みながらもどこか楽しそうな。真愛ちゃんがあの母さん相手に自由というか。ナチュラルにボケれるの凄いな。


「重明」

「!」

「もう少しでお昼出来るから、悠太と優愛ちゃんと遊んであげて」

「……!」


 悠太と。

 遊んで良いと。

 母さんが言うなんて。


「うん」

「おにいちゃんっ! これよんで!」

「うん? パニピュア?」

「新しいやつ!」

「よーし任せろ。ほら悠太。兄ちゃんの膝来い」

「あー! きゃっ!」


 お昼ご飯を。休みのこの時間を。

 こんな風に過ごすなんて。


「明海さん手伝いますよーっ」

「なら生姜をお願いするわ」

「はーいママ」

「やめなさい」

「包丁どこですか?」

「ここよ。まな板はそっち」


 完全にこれ。

 真愛ちゃんのお陰だ。


 だけど。


——


——


「おいしー! 良いなあ、羨ましいなあシゲくん」

「…………」

「………………」


 真愛ちゃんは、僕と母さんの関係を知っている。その上でそう言ってるんだ。

 母さんは何も言わない。なんだか、ちょっと。

 僕の心に、ひとつ陰りがあった。


 『なあなあ』に、しようとしてないだろうか、と。


「ごちそうさまでしたっ! あー美味しかった。なんか安心しますね。お袋の味、みたいな」

「……そんなことないわよ」

「いや美味しいよ」

「重明」


 食べ終わり。僕は席を立った。理由は分からない。今、自分の感情が分からないんだ。

 母さんのご飯を心底美味しそうに食べる真愛ちゃん。いつものように陽気に話す真愛ちゃん。いつものように。いつも通り。


「……あれ、出掛けるの? パニピュアの再放送あるんだけど」

「うん。ちょっとコンビニ行ってくるよ」


 その、真愛ちゃんの『いつも通り』が『ウチ』にあるのが。何故だか。僕には我慢ができなかった。早くこの場から離れたいと思ってしまった。

 誰も、何も悪くない筈なのに。


——


——


 なんとなしに歩く。ウチは居心地悪いままだけど、外に優愛も居なくなった。なんだろうこれ。母さんと真愛ちゃんが仲良くしてて、僕がもやもやすることなんて無い筈なのに。喜ばしいことな筈なのに。

 僕は母さんに、『今までごめん』と謝って欲しいのか? それとも、両親が隠している秘密を知ってから考えたいのか。

 僕は母さんに子供扱いをされている。そりゃまあ、当然だけど。真愛ちゃんも、弟扱いだ。


「およ。吃驚した。神藤くん」

「!」


 聞いたことのある声。見ると正面に、城戸さんが居た。無意識に、公園の近くに来ていたのか。


「また会うと思わなかったなあ。あっ。ねえ、ひとつ訊きたいんだけど」

「……なんですか?」

「部活の後輩から聞いたんだけど、君入院してたんだよね。大丈夫だった? 頭」

「!」


 城戸さんは自分を後頭部をポンポンとして訊いてきた。


「……もう大丈夫ですよ」

「事故? それともなんかケンカとか?」

「…………事故ですよ」


 なんでこんなこと訊くんだろう。何が知りたいんだろう。この人は何なんだろう。別にどうでも良いけど。


「そっか。後遺症とか無くて良かったね。じゃね。多分もう会わないよ。ごめんね不躾に色々訊いて」

「…………」


 うんうんと何度か頷いて、城戸さんは去って行った。


——


 もう会わないなら気にしても仕方ない。僕は公園からUターンして、近くのコンビニに入った。別に欲しいものも無いけど、外は暑いから。

 適当に雑誌コーナーを見ると、子供向けの雑誌の表紙にパニピュアが載っていた。そう言えば、悠太はパニピュアより戦隊モノだよなあ、と思って手に取って見る。


「……コラボって」


 パニピュアと、『宇宙戦隊シャインジャー』、それと『ブラックライダー』のコラボがあるらしい。アニメと実写でそんなのできるんだろうか。

 と、呟いた声が。聴こえたんだと思う。


「あれ、シゲじゃないか」

「えっ」


 父さんが居た。

 今日は吃驚すること多すぎだろ。

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