第10話 父さん

「そう言えば、バイトは」

「うん。当分出れないって言った。多分辞めることになると思う。シフトめっちゃ穴開けちゃうし」

「ごめん」

「なんで重明くんが謝るのさ」

「…………だって」

「おにいちゃんとおかあさんおんなじことゆってる」

「……あはは。そだね」


 こうなっては、流石に優愛の面倒を見れるとは言えない。病院で遊ばせる訳にも行かないからだ。だから、優愛を預けられる所が無いと、バイトの掛け持ちはできない。


「そもそも保育所は」

「ずーっと待機。言って無かったっけ」

「……そっか」

「まあ、別に今すぐやばい、とかじゃないしさ。バイト先はまた探せば良いし。今は重明くんだよ。早く良くなってね。あ、なんか欲しいものあったら言ってね」


——


「シゲ」

「!」


 ガララ。


「わっ」

「えっ」


 思わず、声に出てしまった。あまりにも、意外で。驚いたから。

 18時41分。入ってきたのは。


「……父さんっ?」


 地方に単身赴任中の父さんだった。どうして、ここに。ていうか、仕事は。終わってからこっちに来てもこんな時間にならない。


「母さんから聞いた。で、早抜けさせて貰った。高速思いっきりぶっ飛ばして来たからな」

「……えっ」

「…………取り敢えず、大丈夫そうだな。で……」


 意外だ。母さんが、父さんに言ったなんて。それで、かっ飛んでくることも。

 父さんは、昨日と同じで固まった真愛さんを見た。


「…………こちらは?」

「えっと。相原真愛さんと、優愛ちゃん。公園でよく、優愛ちゃんと遊んでて」

「……なるほど。お前子供好きだもんな」

「!」


 父さんの表情が、弛んだ。

 あれ。父さんてこんな人だったっけ。もう、よく覚えてない。


「初めまして。重明の父の神藤勝重しんどうかつしげです」

「はっ。初めまして。相原真愛です」

「息子が世話になっているようで」

「いえいえっ。わたしの方こそ。娘がいつも重明くんにお世話になっていて……」


 理解を示して、紳士な感じで対応した父さん。真愛さんは、逆に驚いて、慌てて挨拶を返す。


「優愛、ちゃん?」

「はーい」

「いくつかな」

「ごさい!」

「そっか。おにいちゃんと遊んでくれてありがとうね」

「うん!」


 父さんは、続けて優愛にも挨拶した。子供をあやす、満面の笑みだ。僕はまたびっくりした。


「相原さん。ちょっと、息子と話したいんだ」

「あっ。はい。じゃあこれで失礼します。ほら優愛」

「はーい。またあしたね、おにいちゃん」

「ああ」


 父さんと、ふたりきり。何年振りだろうか。


——


「………………」

「……父さん」

「ん?」


 話したいと言ったものの、父さんは切り出すタイミングを窺っているようだった。だから、僕から。


「……もしかしてさ。僕と悠太って。……血が繋がってないのかな」

「………………」


 薄々、感じていたんだ。前々から。なんとなく、だけど。


「…………お盆にな」

「?」


 しばらく、時間が停まってた。父さんが、呟くように答えた。


「休みを申請したんだ。シゲも、その頃には退院してるだろ」

「……うん」


 何を言おうとしているのだろう。僕の質問の答えに、繋がるのだろうか。


「……いつもは、俺ひとりで行ってたけど。今年は、シゲも一緒に行こう」

「どこに?」

「…………墓参りだよ」


 お盆と言えば。墓参り。でも僕は、行ったことは無かったんだ。


「誰の?」

「…………シゲの、家族の」


——


 僕が、なんとなく思ったのは。悠太というより、母さんだ。それを、遠回しに訊いてみたんだ。

 もしかして、母さんは。僕の本当の母親ではないのかもしれないって。

 それに、悠太も。

 父さんが単身赴任で家を出たのは、悠太が生まれる前だ。

 で、母さんは不倫してる。

 悠太は、本当に父さんの子なんだろうかと。ちょっと思ったんだ。


「……すまん。もう帰らないといかん」

「うん。遠いのに、ありがとう父さん」

「息子が事故ったんだ。当たり前だろ。で、経緯は一応聞いたけど、大丈夫なのか? 相手の男は」

「逃げたって。多分もう、大丈夫かな」

「本当かよ。警察は」

「一応話をしたけど、後はもうお任せだよ。なんか裁判? とか、する気もないし。今後真愛さん達の前に姿を現さなければ」

「……そうか。あのな、シゲ」

「うん?」


 父さんの顔、久し振りに見たな。年に一度、会えるかどうかだったから。母さんを専業主婦にできるくらい稼ぐのには、それくらい仕事を頑張らないといけないのかもしれない。


「もっと、連絡してくれて良いからな」

「…………うん。ありがとう」


 父さんも、多分薄々気付いてる。母さんから、今回のことを聞いた時に。何か他に話してても不思議じゃない。


 僕も、もっと父さんと話したいと思った。

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