第11話 母親同士
17時に、バイトが終わって。優愛を迎えに行ってすぐ、病院へ向かう。
その道中、ずっと。いや、一昨日から、ずっと。
——貴女は、重明の【何】ですか?
重明くんのお母さんから言われたことが、頭から離れない。
「おかあさん」
「なに? 優愛」
「こーちゃん居なくなったから、おにいちゃんと結婚するの?」
「……!」
この子は、『お父さん』を知らない。昨日、重明くんのお父さんを見て、この子も何か感じたのかもしれない。
賢いというより、このくらいの子はおませさんなんだと思う。わたしも多分、似たようなものだったから。
「しないよ。だって重明くんは弟だから。きょうだいで結婚はしないの」
「なんで?」
「もう家族だから」
正直。本当に、正直な話。
重明くんが、同い年か年上——せめてハタチを越えていたら。
多分わたしは、彼に対して恋愛感情を持って、接していた。うん間違いない。『こーちゃん』を見た後だから、余計思うのかもしれないけど。
あんなに、優しくて。真面目で。気も遣えて。小さい子の面倒見も良くて。誠実で。信頼できる。
だけど駄目。
彼はまだ高校生だ。大人として、わたしは彼を恋愛対象にしてはいけない。それにそもそも、わたしは彼を恋愛対象として見ていないし、見れない。
そして、彼からしたら。わたしは魅力的には見えない筈だ。年上だというのもそうだし、子持ちで、貧乏だ。『こーちゃん』の、前の彼氏にも言われた。バイトを入れなくちゃいけないし、優愛も目が離せないから、恋愛自体ができない。彼氏の相手をしている時間が無い。休みなんか無いし、旅行もできない。
だって基本的に、彼氏は優愛に興味が無い。少なくともこれまでの彼氏は皆そうだった。
重明くんみたいに、3人一緒に居られたらそれが一番なんだけど。わたしを恋愛対象にする年齢層の男性にとって、そういう発想はあんまりないのかもしれない。だから、優愛を『子』じゃなくて『妹』のように思える重明くんには、凄く感謝してる。今までの彼氏は、優愛を預けられることはなかった。ちゃんと見てくれるか、心配で。でも重明くんは安心して預けられる。
——
——
病院の敷地内へ入ると。
一昨日会った人が、入口付近でうろうろしてた。受付に行こうかどうか、迷ってるみたいに。
「……こんにち、は」
「!」
声を掛けた。だって、掛けなきゃ不自然でしょ。
「…………貴女、この前の」
「相原真愛と申します。この子は娘の優愛です。いつも、重明くんにお世話になっています」
わたしを見て、少し怯んだ様子だった。意外だったのだろうか。それとも、見られて動揺したのだろうか。
重明くんの、お母さん。
——
「優愛。ほら、悠太くんだって。遊んであげてくれる?」
「はーい。ゆーたくんこっち!」
「あー!」
1階に、子供の遊べるスペースがあった。柔らかい素材の、膝くらいまである四角いソファみたいなやつで囲まれた、マットの敷いてある場所。
そこに、ふたりで腰掛ける。この時間、他の子や親御さんは居ないらしい。
「いくつですか?」
「……1歳と、4ヶ月よ」
重明くんに、弟が居たんだ。知らなかった。とっても可愛い。あんまり、似てない気がするけど、お母さん似なのかな。優愛はバイト先の託児所でも年下の子の面倒見が良いから、悠太くんもすぐ懐くと思う。おませだけどしっかりものなんだなあ。
それより、凄い歳の差だね。重明くんが16歳で、弟の悠太くんが1歳って。
「……もしかして毎日来ているの?」
「はい。仕事終わりに」
「…………どうして」
お母さんは、ずっと暗い表情だった。一昨日の一件から、重明くんとの関係はあんまり良くないかもと思っていたけど。やっぱりそうなのかな。でも、今日はお見舞いに来たんだよね。
「……わたし、バイトをふたつ掛け持ちしてて。そのふたつ目が、重明くんの下校時間とちょうどで。終わるまで、優愛の面倒を見てもらってました」
「…………いつも遅いのは、それだったのね」
「すみません。本来なら、託児所とか、保育園を探すべきなんですけど。ひとつ目のバイト先でも託児所を使っていて、従業員割引があるとは言え結構掛かってしまって」
「…………」
「……わたしの、サボりというか。毎日4時間の託児代をケチっている、感じで。ご迷惑お掛けして本当、すみません」
謝ることしかできないと思った。だってわたしと関わったせいで、今回の怪我に繋がったんだから。
「……随分、懐いているのね」
「えっ。優愛ですか。……はい。家でもずっと、おにいちゃんおにいちゃんと。重明くんのことばかりで」
「…………そう」
でも。この人はわたしを責めなかった。責めることはなかった。第一印象だと、きつく言われるかと思ったんだけど。
「でも、知りませんでした。重明くんに、こんな可愛い弟が居たなんて」
「…………相原さん」
「はい?」
頭の中では。ずっと、一昨日の言葉が浮かんでいた。貴女は、重明の【何】ですか? という言葉が。それが、痛烈にわたしの心に突き刺さっている。
でも、今日の重明くんのお母さんは。一昨日とは雰囲気も、目付きも、口調も、なんだか違っていた。
「……父親は、どうしたの?」
「!」
凄く、小さく見えた。まるで悩みを、相談しているみたいに。
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