第三話 石壁と化け物

・・・


・・・うーん?

ゆっくりと、瞼を開ける。

あけようとして、寒さに身を震わせる。

腕をさすりながら、身を起こした。


周囲を見渡す。


薄暗い、石畳と石壁の・・・部屋というより通路?


「え。どこここ?」


確か先ほどまで、周囲が星空だった場所に居たはずだった。

そして人々が次々に消えて行って・・・


「あ。召喚されたのかな」


と、思い出す。

よかった。記憶がないけど記憶力までないわけではないようだ。

はっきりと先ほどまでの出来事を思い出せる。

思い出して、ハっとする。


「セツナ?」


先ほどまで一緒に居た少女が居ない。


いや、居た。

すぐ真後ろで、まだ横になっていた。


「よかった・・・一緒に来れたんだね」


独り孤独に召喚されるより、ずっといい。

少し前まで見も知らぬ他人だったのは確かだけど、

名前を教え合った仲だ。手を繋いだ仲だ。

アカの他人よりずっといい。


セツナの体をゆすって、起こそうとする。


「・・ん・・・?」


セツナがゆっくり目覚める。


・・・あれ。そういえば。

ふとセツナの恰好を見る。

あの可愛いセーラー服とやらではない。

なんというか、大きい布地を上からかぶせただけの、ローブ?

そんな感じの恰好になっている。


「・・・セーラ?」


「おはよ。セツナ」


セツナが頭を振る。

そして、徐々に覚醒してきたのだろう、現状を理解し始める。


「ここは・・・?」


「わかんない。わかんないけど、多分・・・」


「召喚された、かな」


「多分ね」


とはいえ、こんななにもないところに召喚されるというのはどういうことなのか。

そもそも召喚した人はどこにいるのか。


二人してなんとなく警戒しながら周囲を確認していく。


「あ。セーラ。あそこになんかある」


セツナが指差す。

そこには・・・木の棒?

なんというか、妙にごつい形をした木の棒が2つ置いてあった。


「棍棒かな?これ」


「棍棒?」


「こう、相手をたたくもの」


相手を叩くものがここに2つある。

2つ。

つまりこれは。


「私とセツナの分ってことかな?」


「え。あ。そっか・・・そうなる、のかな?」


そんなものがここにあるということは。


<うわあああああああああ!!!!>


「!?」


「え、なに、なに!?」


突然こだまする叫び声。

これは男の人だろうか。

いきなりの出来事に、セツナが私の腕にすがりつく。


<た、たす、たすけあああああああ!!!>


助けを呼んでる?


「い、いってみる・・・?」


「こ、怖いよ!?何かに襲われてるんだよねこれ!?」


襲われていることで間違いないと思うけど、

悲鳴がだんだん小さくなっている。

襲われている人が、力尽きようとしている。


だけど。


動けるわけがない。


突然の出来事の連続。

そしていきなりの生の悲鳴。

足に力が入らない。

座り込みそうになる。

頭を抱えて耳をふさいで縮こまりたくなる。

だけど


「・・・ッ」


腕にすがりつき、私同様、むしろ私以上に?

怯えをあらわにする彼女の存在が、

かえって私に勇気を与えてくれていた。


勇気といっても、立ち向かうほどではないけど。


しばらくして、悲鳴も声も何も聞こえなくなった。


「・・・確認、しにいこう」


「・・・」


セツナは何も答えない。

ただ、すがりついた腕に決して離すまいという意思は見えるが。


「一緒に、いこ。セツナ」


「・・・う、うん」


私たちは、石畳の通路の先へと進んでいく。


進む途中で、変な音・・・?いや、これは鳴き声?と、

カチャカチャという石畳の地面を駆けるような音が近づいてくることに気付いた。

犬とかが爪を出して石畳の上を走るときに発する音に似ているけど・・・。


「な、なにかくる・・・!」


「!」


セツナが余計にしがみついてくる。

これでは万一襲ってくるような相手の時に対処できない。


「セツナ、離れて」


「や、やだ!」


「大丈夫、それにこのままだと素早く動けないし」


「で、でも・・・」


と言い合っている間に、通路の向こうから何かがこちらに向かってくることに気付く。


「き、きた!」


「ーーーッ!!」


離すまいと力を込めるセツナ。

やむを得ず、空いているもう片手で棍棒を構える。


「みゅーーーー!!」


鳴き声?をあげながら、それはこちらへと向かってくる。

あれは・・・なんだろう。

水色にちょっと緑を足したような色をした毛の色をして、

狸とネコを足して2で割ったような姿をした生物?

四足歩行で丸っこい可愛らしい姿をした生物がこちらへと駆け込んでくる。

そして、その更に奥。


「ぐおおおお!!!」


こちらは二足歩行で走ってくる。

カチャカチャという音を発していたのはこちらのようだ。

オオカミ?犬?と人間を足して、人間成分を多少減らしたらこうなるのかな?

という姿をした生物。

ただ、全然かわいくない。というか怖い。

それが獰猛な鳴き声を上げて牙をむき出しにしながら走ってきていた。


「みゅうううう!!」


はじめに走っている子は、おそらくそいつに追いかけられて

こっちに向かているのだろう。

なら・・・


「こっち!こっちだよ!」


と、しがみつかれてはいるけど、

自由の利く右手をふって呼びかける。


「みゅ、みゅううう!」


その生物が私に気付き、呼びかけを理解したのか、

その手に飛び込み、そのまま腕を伝って駆け上がっていく。


「ひゃあ!?」


「おっと」


セツナが驚いて私から離れ、左腕が自由になる。

そして駆け上がってきた子は、私の肩まで駆け上がり、

首にしがみついてぷるぷる震えている。

ちょっと毛がくすぐったい。


「ぐおおおお!!」


あとからやってきたオオカミ人間?がこぶし・・・いや、爪を振り上げて襲い掛かってくる!


「い、いやああ!?」


私は思わず、棍棒でその顔面に叩きつけた!


どん。


鈍い音が響き、その化け物が呻きながら頭を押さえてよろめく。

チャンスだと思うより早く、恐怖に駆られて

私は2度、3度、4度と棍棒を振り上げて、振り下ろした。


「ぐおおん・・・」


化け物は膝をつき、頭を押さえて動かなくなる。


「今!走ろう!!」


あわてて私はセツナの手を引っ張り、

その場から駆け出した。


「う、うん・・・!」


引っ張られたセツナがあしをもたつかせながらも懸命に走る。



息も絶え絶えに走っている最中に、


「うわ!?」


ぬるっとした感触に足を取られ転びかける。


「セーラ!」


セツナが支えてくれたので転ぶことは免れる。

けど、何を踏んだのだろう。あまり見たくない気はするけど・・・。


「・・・ひっ!?」


やはり見るのではなかった。


大きな血だまりを作った、人の死体がそこにあった。

私が踏んづけたのはその血だまりだったようだ。


「さ、さっきの悲鳴を上げてた人・・・かな・・・」


「た、たぶん・・・」


私も、セツナもなるべくそれを見ないように、そろりそろりと先へ進む。

その時に気付いた。あまり馴染みのない匂いに。


「う・・・」


「は、早く行こう」


「う、うん」


ぞの匂いに吐き気を覚え、口元を抑える。

セツナも同様のようだ。



死体から離れて、あの匂いもしなくなってきたくらいの距離を稼いでから、

二人して膝から崩れ落ちる。


「こ、怖かった・・・」


「せーらぁぁぁ・・・」


お互いに抱きしめあって無事を喜ぶ・・・というよりは、

恐怖を慰め合った。


「みゅうう・・・」


「あ」


そんな私たちに挟まれた生物が鳴き声・・・うめき声?をあげて、

そういえば居たね君。と思い出す。

ずっと私の首にしがみついていたから、なんか忘れちゃってたよ。


「もう大丈夫だよ」


首元にしがみついている子に手を伸ばし、撫でる。

あ。ふさふさしてて撫で心地いいね。君。


「ネコ・・・とは違うよね」


「うん、なんだろうね、この子」


撫でられて落ち着いたのか、そーっとこちらの顔を見上げるその子。


「みゅ」


ゆっくりと首から手をはなし、

差し出していた私の手に移動した。


「ね、君はどうしてここにいるの?」


「みゅ・・・」


「迷子・・・かな?」


「わからないけど・・・」


さて、どうしたものか。

このまま置いて行ったら、間違いなくさっきの化け物・・・

或いは別の化け物の餌食になりそうだ。


「えっと、一緒に行く?」


「みゅ!」


私のその言葉に嬉しそうに腕を伝って駆け上がり、

また首元に抱き着く。


「これ、もしかしなくても言ってること通じてるよね」


「賢い子だね。元々誰かが飼ってたペットかな?」


誰かのペットがここに迷いこんだ、うん、あるね。

と考えていると、


「みゅ。みゅ」


首をぶんぶんよこに振ってる・・・?

え。否定?


「・・・違うの?」


「みゅー」


コクンと頷く。


「・・・間違いなく通じてるよねコレ」


「うん。賢い子だね」


セツナがいい子いい子と撫でている。

え。賢いとかいうレベル?


「えっと、通じているという前提でもう1回聞くね。

 君は誰かのペット?」


「みゅ。みゅ」


首を横に振る。


「ここに住んでるの?」


「みゅ。みゅ」


首を横に振る。


「ここに迷い込んじゃったの?」


「みゅ」


こくりと頷く。


「わー、すごいすごい。ちゃんと理解してるんだねー」


うん、凄いと思う。

凄いんだけど・・・もっと驚くべきなんじゃないかな・・・?


「これからどうするの?」


「みゅ・・・」


少し首を傾げた後、きゅっと、私の首にしがみつく。


「みゅ」


・・・えーと。


「セーラに懐いちゃったね?」


「そうなる・・・のかな?これ」


「だって、あのとき助けようとしてくれたんだもん。

 きっとこの子はそれをちゃんと理解しているからだと思うよ」


頷いたり否定したりができるくらいに賢い子なら、

それくらいは理解できて当然、かぁ。

さて、それならそれで、どうしたものか。


「うーん」


「悩むほどのこと??」


「だって、ほうっておけないし・・・」


「なら連れて行こうよ」


「え」


「むしろ連れて行かないの?」


連れて行く。

その発想が出てこなかった。

いやでも。


「め、面倒見られるかなぁ?」


「大丈夫じゃないかな?こんなに賢いんだし」


「みゅ?」


ぽふぽふと頭を撫でられて、

なになに?と私とセツナの顔をきょろきょろ見る。

やばい。可愛い。


「よ、よし」


このままでは私は萌え死んでしまう気がする。

なのでそうなる前に。


「えーと、一緒にくる?」


「みゅー!」


元気な鳴き声で応え、私の顔を舐め始める。


「わ、ちょ、くすぐったいって、やめ、あははは!」


「嬉しそうだねこの子。よかったねー」


「みゅー」



ひときしりじゃれ合いが終わり、

さて、これからどうしようかと考え始めたころ。


「さっきのがこっちに来ないとも限らないし、先に進んでみようか」


「うん・・・そうだね」


どのみち戻ればあの死体と化け物が居るだけ。

ならば進むしかない。


進んだ先にもっとあの化け物が居たらどうしよう・・・などと

嫌な予想ばかり頭に浮かぶ。

けど、考えていても仕方ない。

このままじっとしていても、状況がよくなるわけでもない。


ふと、誰かの助けとかが来たりはしないのか、とそんな考えもよぎるが、

そもそもここがどこで、どうしてここにいて、

そもそも人という存在がこの世界に存在しているのかすら、

何一つ分からないのだ。


分かっているのは、この世界が危険であるということだけ。


なら。


「行くしか、ないね」


「うん・・・」


私たち二人と1匹は、意を決して前へと歩を進めた。


進めてすぐに。


「・・・階段?」


視界に階段が現れたのだった。

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