会話

硬質の床にへたりこんだことで足を休めることができるが、今度は腰が痛む。たかが冷凍庫の船と思っていたのだが、ここが広いのか弊の脚が遅いのか一向にリカが目指す場所へたどり着く気配がない。横でリカが立ったままでいるからおそらく後者なのだろう。解凍すぐの身ではあるものの矢張情けなく感じる。リカは現在誰かと通信しているようだが、直にそれも終わるだろう。地球についての云々は先ほど聞いたばかりだ、これから来たる沈黙をはねのけるには不適切だろう。それに弊から談笑しようと言ったのだ。何かしらの話題提供をせねば。

そう思っていた折、リカのリュックから本らしきものが見えた。

「なあ君、本が好きなのかね。」

「はい?あ、ええ。本はどちらかというと好きですよ。」

「そうか、本はいいものだ。どういったものを読むのかね。」

「ええと、と言っても本自体はあまり読んだことがないんです。私の住んでいる母船では本の流通が少ないので、母から渡されたこの小説、空想科学というジャンルだそうなんですが、これを繰り返し読んでいるだけですね。」

リカはそういうと、リュックから本を取り出した。

「休眠船までは自動運行なのでその間の暇つぶしなんです。電子ゲームを持ち込む子が多い中本を持ち込むのは古風で珍しいってよく言われるんですよ。」

「そうか、いい趣味だ。弊も本が好きだ。」

主に書く方面でな。

「そうなんですか!本について詳しい人に会えたら訊こうと思っていたんですが、この本の著者を探しているんです。母が言うにはこの本の著者が私の祖父らしいのです。」

「へえ、そうか。で、だれが書いたんだ。見せてみろ。」

弊はリカから本を受け取ると著者名を確認する。そこにはシオン・サヴザムとあった。弊がよく知っている男だ。

「ん、ああ、いや知らないな。弊の姓はタルタリアだ。無関係だよ。」

「そうですか。母は祖父がどこかの休眠船で眠っていると言っていたので少し期待していたのですが、残念です。他をあたってみますね。」

「ああ、そうしてくれ。」

リカは肩を落として落胆の様相を浮かべる。おい、話が終わってしまったぞ。何か話題を変えねば。体のどこかにヒントがないか探してみると、胸ポケットに硬いなにかが入っていた。

「これは何だったかな。」

取り出してみるとそれはロケットペンダントだった。開けてみるとそこにはリカと同じぐらいの少女の顔があった。弊の娘だ。

「それは何ですか?」

リカが覗きに来る。おそらく写真というものもあまり見たことがないのだろう。資源が限られた中にあって紙の類は貴重な資源の一種になる。

「これは写真というものだ。カメラという一瞬で風景を描ける装置で描かれた絵のようなものだな。そして、この写真は弊の娘、ダナエだ。」

「へえ、私の母と同じ名前なんですね。」

「そうか、とんだ偶然だな。写真の時こそ君ほどに若いが、もし今生きているなら弊と同じぐらいの年になっているだろう。」

「あ、えーと、すみません。気まずい話をさせてしまったみたいで。」

「何を謝ることがあるんだ。」

「娘さん、亡くなられたんですよね?」

「いや、知らない。」

リカはあたかも頭の上に疑問符を作ったかのような表情になった。

「弊が冷凍される前には生きていたが、人類にとっての地球が滅んだと聞いた今生きているかどうかはわからないのだ。その母船とやらにも乗員の制限があったのだろうし、もしあぶれていたとしても仕方ないことだ。」

母船に何人いるかどうかは知らないが、全人類を乗せられるだけの宇宙船を短期間で完成させられるほど人類は進歩していなかったと記憶している。弊が冷凍されている間に第何次になるかわからない産業革命が起きていれば別なのだが。

「あ、そういうことでしたか。」

リカはそういうとタブレットを取り出して操作し始めた。

「シオンさん。言いにくいんですけど、ダナエ・タルタリアという人は母船にいないようです。」

「そうか、矢張そうか。いやいいんだ。気にしないでくれ。」

仕方のないことだ。少なからず覚悟していたことだ。少しともった希望ゆえに絶望も大きい。

そのやり取りの直後、リカの通信機器が大きな音を立てる。彼女は誰かと通信し、弊に向き直った。

「シオンさん、今すぐここを出なければなりません。新人類がこの休眠船に向かってきています。」

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