情報
リカの肩を借りて廊下を進む。一歩一歩が重く、歩くだけでもとてもしんどい。この三十年間は眠っていたようだが、弊はそれ以前から肉体労働は控えていた。そのツケもあるのだろうと思いつつリカの好意に甘んじて体重を乗せる。肩から提げた火器の重さと弊の重さとを支えつつ弊の速度に合わせてくれるのだから、華奢に見えるこの少女の体力は大したものだと思う。その間にリカから地球の滅亡についての話を聞くこととなった。
弊が知っていた内容もあるが少しまとめると、まず地球に対する環境負荷の増大により海面が上昇、それに伴い陸地面積が減ったため各国の摩擦が大きくなり環境破壊に拍車がかかった。次に、海中から新種のイカが発見されるようになった。デカラビアと命名された新種のイカの個体の一つを解剖してみたところ、肥大化した脳と陸上呼吸するための器官を獲得していたらしい。そして同時期に船舶が消息を絶つ事件が相次いで生じた。これも国家間の摩擦の要因になったわけだが、その実態はデカラビアによる船舶への攻撃によるものだったと後から判明した。それが明らかになって各国は船舶の航行を禁止することにした。船が航行しないことを知ったデカラビアは上陸し人間を襲うようになった。ここまでは弊も知っていることだ。そして弊は緊急時のために急造された休眠船、といってもただの冷凍庫を宇宙船にしただけのものらしいのだが、それに乗せられることになったそうだ。デカラビアに情報が漏れることを危惧した政府は休眠船の乗員に記憶処理を施したため弊の眠る直前の記憶がないらしい。しかし、どこかからこの情報が漏れたためこのようにリカが授業で習うレベルの情報になっているそうだ。特に愚策としての側面を大きく取り上げられるそうだ。弊もこの現状をみてそう思う。今のところあの棺から出てきた人間を弊は自分以外見ていない。結果論から言えば、生存率が低い手法だったのだろう。
さて、ここからが弊の知らぬ情報になる。政府は別の対策も同時進行していたらしく、一つはデカラビアとの徹底抗戦を行うことだった。そしてもう一つは人類を乗せた宇宙船で地球を放棄するというものだ。休眠船とは異なり人類が凍らずに乗ることができたそうだ。その宇宙船にリカの親が乗って今に至るらしい。つまり、デカラビアという新人類との戦闘に敗れ地球を奪われたために我々の地球は滅亡した、ということになる。これまでいろいろ世界観は作ってきたがこの話が一番の傑作だろう。ここまでの会話のおかげで口回りもほぐれてきてようやく流ちょうに話すことができるようになった。
「それで地球は青い星のままなんだな。」
「そうです。当時の核保有国も、自国の領土の核を打ち込むわけにいかないですから。それの是非は現代も議論されている最中です。」
「どうも責任の押し付け合いがすきな連中が多いらしい。そこは昔と変わらんな。」
「大人たちは地球が好きだったみたいなので、地球を手放すのがとても惜しかったんだと思います。私は地球を知りませんが……」
「そうか、君は地球を知らないのか。」
突然のジェネレーションギャップに心が悲鳴を上げる。四十乃至五十年も間が空いていれば仕方のないことなのかもしれないが、まだ実感がわいていない弊にとって可也よく刺さる一言であった。
「なあ、少し座って談笑でもしようじゃないか。何分体を動かすのも久々でね。」
今までだって談笑していたじゃないか。体の悲鳴を察知されることなく体の良い言葉を探して失敗した。これは心神耗弱なのか満身創痍なのかというどうでもいい思考で自分をごまかそうとしていると、
「あ、そうですね。気が付かずにすみません。」
矢張気づかれてしまったか。弊は歩みを止めると、床にへたり込んだ。
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