新人類-IKA- (第九回作者人狼提出作品)
ふたつかみふみ
解凍
「……………さい」
外から声が聞こえる。何やら硬質のものを叩く音も聞こえる。
「………ください」
その声にこたえようと瞼を開こうとするが、いつ閉じたかわからない瞼はなかなか思い通りには動いてくれない。冬の朝に布団を引っぺがされたかのようなぼんやりさが思考を邪魔するが、この声にはどうしてもこたえなければならない、そう思った。
「起きてください」
今度ははっきりと聞こえた。やっとの思いで瞼を開いたものの視界は暗いままで、どういう状態なのかはまだつかめずにいた。どうにかして声に答えようと手を空間内で動かせるだけ動かしてみたところ、釦のようなものが右手に触れた。その釦を押し込むと足元のあたりから視界が開けた。急に開けた視界に目を細めながら弊はあたりを見渡す。右側にぼんやりながら人のような形をした何かを捉えた。
「おはようございます。」
「……」
その人のような何かは言葉を発したが、それはどこかに報告しているような声だった。弊は、君は誰かと訊こうとしたが、最後にいつ使ったかわからない声帯や舌から上手に声を出すことができなかった。起き上がって意思表示をしようと思ったが、こちらもなかなか言うことを聞いてくれないようだ。
「ああ、無理をしないでください。あなたは、えーとこの区画は…三十年、三十年前に冷凍されて以来ずっとそのままだったのですから。」
三十年、弊はそれだけ眠っていたらしい。いや眠らされていたのだろうか。視界も徐々にはっきりしてきたところ、どうやら右側にいたのは白っぽい装備に身を包んだ人間、声から察するに女の子のようだった。いまだに現状をつかめずにいる弊はもう一度身を起そうと試みるが、矢張というかなんというか、思ったように体は動かない。脳が筋肉の動かし方を忘れたかのようだ。見かねた彼女の助けもあって弊はやっと上体を起こすことができた。
「あり、が、とう」
ようやく声をだせた。まだ上手に発声はできないものの、これをいいことにこの少女に質問をぶつけてみる。
「とこ、ろで、君、だれ?これ、どんな、状況?」
「えっ、あ、そうですね。私は休眠船総索引のエンリカ・ジュディッタ・カルダーノです。おもにほかの隊員と手分けして休眠船のなかの生存者を母船に連れ帰る役割ですね。呼び方にお困りでしたら私のことはリカかジュディとお呼びください。」
「よ、ろしく、リカ。弊の、ことは、シオン、でいい。で、この、棺、はなに?」
棺とは弊が眠っていた外側のもののことである。弊の横にもいくつか並んでいる。
「この棺は人体をしばらく凍結させるための装置です。地球から逃亡した人類の希望の一つですね。この中で目覚められたのはあなただけですけど。」
「地球?逃亡?どういう、ことだ?」
「覚えていないんですか?我々は負け、地球は滅亡したことを……」
地球が滅亡だって?休眠船という単語からも察するに、ここは宇宙船とも呼ぶべき乗り物の中ということなのだろう。
「そうか、もう、あの星は、青くない、のか。」
生まれ育った星だけに少し残念に思ったが、リカの返答は違った。
「いえ、青いですよ。真っ青に近いほどには。あ、三十年前はまだ滅亡していなかったですね、すみません。ここには窓がないので地球の様子を見せられないのが残念です。」
「じゃあ、滅亡って?」
「人類にとっての地球は滅亡しました。いえ、彼らに言わせれば旧人類にとっての地球になりますね。」
どうやら我々は旧人類らしい。ということは新たな人類に追われて地球外に飛び出したことになる。
「地球の、滅亡に、ついて、聞きたい。」
「いいですよ。歩きながら話しましょうか。えーと、立てますか?」
久々に使う脚だ。目や口回り、体幹と同じくすぐには使い物にならないだろう。
「言い、にくいんだが、肩を貸して、ほしい。」
娘のような年頃の女の子に助けられて歩く姿は、想像しただけでひどく滑稽で、弊としては好ましいものではなかった。
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