画期的な漢字ドリル

「公太って、本当に漢字が苦手なのね」

 母は僕の漢字書き取りテストを見て、呆れた顔をしていた。

 10問の小テストだったが、3つしか正解できなかったのだ。


「またこうなるって分かってたから、とりあえずこれで勉強しなさい。高校生向けの漢字ドリルよ」

 母は僕に漢字ドリルを渡して部屋をあとにした。

 ドリルの表紙を見て、僕は強烈な違和感に襲われる。


「何だこれ……?」

 気がついたら僕は、母がプレゼントした漢字ドリルに心を奪われていた。

 一体これは普通の漢字ドリルと何が違うんだ?

 どんな中身なんだ?

 どんな問題が出ているんだ?


 そんな強烈な魅力に取りつかれていた僕は、いつしか毎日の日課だった異世界スマホゲームの存在も忘れ、朝起きたら漢字ドリルの問題を解かずにはいられなくなった。


---


 それから1カ月後である。

「やったあ、ついに漢字で満点を取った」

 学校の玄関であらためて漢字小テストを見た僕は、すっかり満足していた。


「何してるの?」

 そこへクラスメイトのみゆきが話しかけてくる。

「人生で初めて漢字テストで満点を取ったんだよ」

「えっ!?」

 それまで僕が漢字嫌いであることを知っていたみゆきは、驚いてテストをチェックする。


「もしかしてカンニングした?」

「そんなわけないから。これで勉強したんだよ」

 僕は努力の証として、カバンから例の漢字ドリルを取り出した。そのタイトルを見て、みゆきはドン引きした表情だった。


「犯罪漢字ドリル? そんなもの使ってたの?」

「そうだよ。ほら、これ見てごらん」

 僕は得意げに、漢字ドリルの問題ページのひとつを見せ、そこに書いてあった問題を読み上げていく。


「『強盗に殴られて顔が[腫れる]』、『銀行で1億円を[奪う]』、『化粧品を[万引き]する』、『[幅]広いサイバー攻撃』、『[煩悩]に負けてセクハラして訴えられる』、『[閑静]な住宅街でピストルを撃つ……」

「本当に全部、犯罪じゃん……」

 みゆきは気まずい顔だった。


「だって犯罪ってスリルあるじゃん。イケないことを思い浮かべながら勉強できるって最高だと思ったんだもん」

「ウソ……」


 みゆきは引いた様子で立ち去った。僕はそんな彼女のリアクションにちょっと不満だったが、犯罪漢字ドリルを見て、また誇らしさを感じた。


 みんなも漢字の勉強をするときは、犯罪的な例文を作ると、ちょっと楽しくなるんじゃない?


※この話は犯罪をすすめるものではありません。実際の犯罪は決してやらないでください。

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