完璧だと思っていた彼氏が公園で……

 公園の外から私は見てしまった。

 入口から数歩進んだ先のところで、少年がエロ本に顔をうずめている。

 彼は私の気配に気づいたか、こちらを振り向いた。


 その正体に、私は天地がひっくり返るような思いになった。

 エロ本に顔をうずめていたのは、あの翔馬くんだったのだ。


 雨風にさらされ、ボロボロに汚れていた雑誌に顔をうずめる汚さと、エロ本に強烈に密着させるという一線を越えた変態ぶり。

 その主は、翔馬くん。私の彼氏だった。


 あの翔馬くんが、何で?



 高森翔馬くんは、高校2年生。

 1年生である私にとっては憧れの先輩だった。

 なぜなら彼は、我が川山高校の陸上部のエース。日本ユース選手権では高校2年生にして10秒50の記録を叩き出し優勝。早くも日本陸上界のエース、ひいては次期オリンピック候補として世間をにぎわせている。


 そんな彼は今、公園でエロ本に顔をうずめていた。


 翔馬くんは、部活が休みだった日に、私をお家に招いてくれたことがあった。

 彼は両親が単身赴任中だったので、一人で自炊生活を送っている。

 そんな翔馬くんはあの日私に、お好み焼きをふるまってくれた。

 それはアスリートの手料理とは思えないほど、私の心を癒すような優しい味で、とてもおいしかった。つまり翔馬くんは料理もうまい。


 あの素敵なお好み焼きを作った翔馬くんは今、公園に捨てられたボロボロのエロ本がお好みみたい。


 私と翔馬くんのなれそめは、高校1年生のゴールデンウィークが過ぎて間もないころ。

 休日に一人で新しい服を買いにいこうとしていたら、いきなり自転車に乗った男にカバンをひったくられた。

 私が悲鳴をあげた頃には、自転車は遠くへ走り去ろうとしていた。


 そのとき、「待て!」という怒声が背後から聞こえた。あの翔馬くんが、矢のような瞬足で私を追い越し、自転車を追いかけていったのだ。

 彼は男の肩をガッシリとつかんで自転車を食い止め、引きずりおろすように彼を取り押さえた。


 自転車にも追いつくほどの足の速さと、私を無一文の危機から救ってくれた正義感に、好きにならずにはいられなかった。つまり翔馬くんは、それだけかっこよかった。


 しかしそんな翔馬くんは今、犯罪的に変態という本性を、私の前にさらしている。

 完璧だと思っていた彼のイメージが、私の中で音を立てて崩れていく。

 心の中で崩壊の音が響くとき、目から涙があふれた。


「何してるの?」

 私が呼びかけると、翔馬が振り向く。私に気づいて、事の重大さを知ったみたいだった。でももう遅い。

「翔馬くんのド変態、もう別れる!」


 私は流れる涙もそのままに、ひたすら現実から逃げたい思いで公園を走り去った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る