オナガシミって何?

「ねえ、オナガシミって何?」

 クラスメートの草太が、いきなり僕に話しかけてきた。

 僕は束の間の10分間、席に伏して日ごろの疲れを癒やしていたかった。だって野球部だし。なのに、身長157cmの童顔メガネ野郎で、何部に所属しているか分からない草太が絡んできた。


「ねえねえ、オナガシミって何?」

「オナガシミって何?」

 謎のワードに僕はつい聞き返してしまった。


「僕が聞いてるの。オナガシミって教えて」

「分からないよ」

「ねえねえ、何となくなら分かるでしょ?」

「何となくも分からないから。ていうかどこで知ったんだよ、そんな汚らしい言葉」


「オナガシミは汚くないって言ってたよ」

「いや、汚いよ。『オナ』から始まって『シミ』で始まるやつは充分汚いよ」

「汚くないもん。だからオナガシミってどんなものか知りたいんだよ」

 草太はちょっと思いつめた様子で僕に迫ってきた。


「ググれ」

「スマホ忘れた」

「マジかよ。じゃあ図書室行ってこい。昆虫図鑑を借りろ」

「そんなヒマない。この休み時間10分しかないから」

「じゃあ昼休みに行けばいいだろう」

「そこまで待てない」

 次々と出る草太の駄々に、僕は辟易した。そして彼はまたあの言葉を口にする。


「オナガシミって何?」

「だから知らないって。もうこれ以上下品な響きの言葉を聞かせないでくれよ」


 僕は現実から逃げるように、机に顔を押しつけた。

「オナガシミは下品じゃない。生き物の名前って聞いたよ」

「オナガシミって生き物なの?」

「うん」

「お前本当は知っているだろ」

 僕は即座に草太の核心を突いた。


「でも、正確にどんな生き物が分からないんだよ」

 草太が困り顔で僕に訴えた。高校1年生にしては小さな体格と童顔だから、本当に子どもがいじめられてしょんぼりしているみたいな感じだ。とりあえず僕は彼がどうやって「オナガシミ」という言葉を知ったのか探りを入れる。


「オナガシミって言葉、どうやって知ったんだ?」

「お父さんから聞いた」

「お父さんってどんな人?」

「害虫駆除の人。そこで『今日はオナガシミをやっつけてきた』ってお母さんに言ってた」


「お前、本当はオナガシミを知ってるな?」

 草太が目を見開く。間違いない。彼は意味を分かっている。僕は席から立ち上がり、彼の肩に手を置くと、真顔をグッと近づけた。


「意味を分かっていて、『オナガシミって何』と聞いて、僕から変なことを引き出して笑うつもりなら、承知しないぞ」

 僕は声のトーンをじっくりと落とし、ゆっくりと彼をたしなめた。彼は内股になりながら震え上がった。


「す、すみませえええええん!」

 彼は叫びながら教室を飛び出した。全く、妙なことに時間を取られた。

「あと5分か」

 そう言いながら僕は残された時間を、疲れの癒やしにフル活用した。

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