自販機の罠
自販機の受け取り口に転がり落ちてきたコーラを取ろうとしたときだった。
「2本……?」
誰もいない自販機の前で、僕は思わずそう呟いた。
500mlのペットボトルに入ったコーラは、自販機の受け取り口に2本落ちていた。両方取ってみると、買ったばかりの1本だけでなく、もう1本も普通に冷たさが残っている。
「ラッキー」
もう1本は家にストックしておくことにして、あとから取った方のキャップを開けると、一口味わった。この日は暑かったので、うるおいが欲しかった僕はもう二口を流し込む。
「このあとの柔道の団体戦も、オレたち駿河高校の勝利だな」
自信を胸に秘めながら、僕は会場へ戻っていった。
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僕は味方の柔道の試合を、畳で見守っていた。しかし、団体戦最初の一戦が始まって間もなく、僕のお腹が急に締めつけられる感じがした。
もしかして、お昼食べ過ぎた? いや、お昼に食べた弁当はいつも使っているやつだ。原因が自分で分からないまま、お腹の痛みは激しさを増していく。
でも仲間にも、敵にも腹痛でへたっているところは見せられない。僕は痛みをこらえながら、平静を装った。しかし、次鋒、中堅と対戦が進んでいくたびに、お腹の中では苦痛の渦巻きが激しくなっていく。
「野崎先輩、どうしたんですか?」
副将の重岡が心配そうに問いかけてきた。
「いやいや、何でもないよ」
僕はあくまでも気丈に振る舞った。
「何か、お腹押さえているみたいですね」
それを聞いた僕は、急いで腕を引っ込めた。
「ほら、次の試合、お前の出番だろ。行ってこいよ」
「分かりました」
副将・重岡の試合が始まったとき、僕は少しでもお腹の痛みを忘れたいと思って、声援を送った。
「行け、行け、早く終わらせろ!」
正直、重岡には秒殺してほしかったけど、アイツは結局、4分フルタイム戦った末の劣勢負けだった。
色んな意味でオレがいちばん望まない形の試合をしやがって。アイツにはあとで説教だ。
これで団体戦、駿河高校は2勝2敗。勝負の命運は、僕と、僕のお腹に託された。
「よっしゃあああああっ!」
僕はお腹の痛みをごまかそうと大げさに叫び、畳へ踏み出した。
「はじめ!」
審判の開始の宣言が出るや否や、僕は早速相手に内股を仕掛けようとした。しかし見事に相手に読まれ、こらえられてしまう。動きが止まっている時間に付き合っている余裕など、僕にはなかった。
そうかと思った次の瞬間、相手が仕掛けた大外刈りにより、僕は豪快に尻餅をつきながら倒れた。
「一本!」
まさかこの僕が、こんな形で人生初の一本負けに見舞われるなんて。色んな意味の屈辱が僕を包み込み、体中の力を奪った。
なかなか起き上がれない僕を見た審判が、僕に問いかける。
「大丈夫か、どこかケガをしているのか?」
「いや、ケガはしていないんです」
僕が否定した瞬間、審判は突如として鼻を押さえながら目を背け、僕のもとからいそいそと逃げ出した。僕はこの現実から逃げたい思いでいっぱいになると、目の前が真っ白になった。
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「もしかして、その2本のコーラはどうしたの?」
気がつけば僕は病院のベッドの上で、医者からの質問を受けていた。
「1本買ったんですけど、もう1本は、もとから入ってました」
「やっぱり」
医者はたったひとつの答えで、結論を見出したようだった。
「最近この地域の自販機の近くに、下剤が入った飲み物を仕込むイタズラが増えてたんだ。もうこれに凝りて、怪しいものには手を出さないようにするべきだね」
あのコーラは幸運ではなく、不幸を呼ぶ飲み物だったようだ。それを知ったとき、僕は色んな意味で自分が情けなくなった。
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