荻原さん
「僕は荻原さんが好きです」
僕はその一言を黒板に書いていた。
「僕は荻原さんが好きです」
「僕は荻原さんが好きです」
「僕は荻原さんが好きです」
彼女が好きだから、何度も黒板にそう書いていた。
「はい、あと1個」
教室のど真ん中の座席に陣取る荻原さんが、ツンとした表情でそう命じた。僕は書き疲れて、今にも倒れそうだった。
「僕は……荻原さんが……好きです」
「ほら、最後のピリオドまでちゃんとつけて」
荻原さんの鬼の要求に押され、僕は黒板の角っこに小さな丸を添えた。誰もいない教室の黒板は、その一文で埋め尽くされている。
「あの、なんでこんなに書かなきゃいけないの?」
「これのせいよ」
荻原さんはさらっとラブレターの封筒を見せてきた。
「アンタが私の下駄箱に入れたこのラブレターのタイトルは?」
僕は疲れた体に鞭打ちながら、彼女の席に近づく。ラブレターの封筒に書いてあったタイトルを読んだ。
『萩原さんへ』
そう、ここにあったのは、「萩(はぎ)原さん」という名前。僕はあの日、荻(おぎ)原さんの下駄箱に、「萩(はぎ)原さんへ」というタイトルのラブレターを入れてしまったのだ。よくある漢字の間違いである。
しかしこれは、好きな人の名前を間違えるという重大なミスだった。
「私は荻(おぎ)原さんであって、萩(はぎ)原さんじゃないの。好きな人の名前を間違えるなんて信じられなかったのよ。私のことを本当に好きなら、名前を間違えないはず。だからアンタの好きな気持ちを確かめるために、黒板中に正しい名前を書かせたわけ」
「ウソだろ」
荻原さんの名前への執着心に、僕は引いてしまった。
「じゃあ、黒板に書いたもの全部消してくれない?」
「もう勘弁してください!」
僕はフラフラになりつつも教室から逃げ出した。こうして僕は、高校生活の間、二度と荻原さんに関わることはなかった。
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