一個のりんご

 2019年、あるところに一個のリンゴがあった。

 そのリンゴは、見るからに鮮やかで、かじると美味しそうだ。

 最近の中でも元気よく実っている。


 そんなリンゴが今、一人の少年の手に収まっている。年は僕と同じぐらいで、スポーツ刈りながらもさっぱりとした目鼻立ちだ。

 その人はリンゴを見て、これから食べるのを待ちきれない様子だった。

 今か今かと、包丁を果実にあて、そっと皮の下にめり込ませる。


 丁寧に皮をむいていくと、旨味が詰まっていそうな実が姿を現した。

 「食べ物の味は食べてみなければ分からない」という人もいるだろうが、そのリンゴだけは本当に例外のような気がした。

 その人は旬なリンゴにありつけるチャンスをものにしようと、丁寧に皮をむき続けた。


 何てめでたい人なんだ。


 そう思って僕は、リンゴをむいている男の腕をつかんでひねり、ヒジ打ちで叩き落した。僕はソイツを床にねじ伏せ、取り押さえた。


「商品のリンゴをむいている奴、確保!」


 僕のもとへ2人の男性店員が応援に駆けつけ、同じように男を取り押さえた。


「コイツ、佐賀浦高校の谷山じゃないか」

 一人の店員が憤った様子で、捕まえた相手の正体を口にした。

「知ってるんですか?」

「ああ、コイツは別のスーパーマーケットで、キウイをむいていた」

 商品の果物の皮をむくのが趣味なのか。あまりにも気味が悪い。


「とにかくこれから警察に突きつけるからな。商品のりんごの皮をむいた器物損壊と、包丁を持ち込んだ銃刀法違反の罪だ」

 僕は少年にそう告げながら、スーパーマーケットの奥にある事務室へと連れて行った。


 僕自身は高校生にして、万引きGメンのバイトをしている。これが初めての大捕り物だった。

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