悪役になりきって学校へ向かった結果
高校へ行くための僕の準備はまだ終わっていない。
いつもどおりに制服をきちりと身にまとい、カバンの中身をチェックしたが、必要なものはそれだけではないからだ。
僕はクローゼットを開けて、引き出しの脇にある小さな箱を取り出した。
楽しみのあまり、笑いがこぼれてしまう。嬉々としてフタを開けると、フレディの仮面があった。そう、『エルム街の悪夢』のフレディだよ。
「今日はこれだ」
一人しかいない部屋でそうつぶやいた僕は、フレディの仮面を被った。続いてクローゼットの奥から別の箱を取り出し、カギ爪のついた手袋を装着する。一応カギ爪は本物ではない。ただこれでフレディ・クルーガーならぬ「ケンタ・クルーガー」の完成だ。
そして僕は、高校の制服にグロテスクな仮面と手袋をはめたまま、徒歩で学校へ向かった。まばらな通行人は例外なく引いている。でもそれがうれしい。
僕は悪役が好きだ。
世間体という束縛にとらわれることなく、自由気ままに生き、世界に刺激を与える悪役が好きだ。コイツらがいるから、世界は刺激に満ちている。フレディ、ジェイソン、ダース・ベイダー。そんなヤツらの生き様に、僕はトリコになっている。
だから僕は今日も、悪役になりきりながら、路地を歩いている。実に刺激的だ。
「泥棒!」
突如、悪者の種類を叫ぶ女性の声が聞こえた。曲がり角から黒ずくめでニットキャップを被った男が飛び出してきた。手には女性からひったくったと思われるカバンを持っていた。
男は曲がったところで僕と正面衝突しそうになり、急停止する。僕はぶつかりそうになったので、とっさに手を顔の前にかざして防御態勢をとった。
「うわああああああああああっ!」
男は腰を抜かして尻もちをつき、そのまま必死で後ずさりする。
「やめてください! お願いします! 殺さないでください!」
パニック状態の男に、僕は戸惑っていた。そこへOLっぽくパンツスーツを身にまとった女性も曲がり角から走ってきた。
「その人が引ったくりです! 誰か捕まえて……」
と言いかけたところで、彼女も僕と目が合ってしまったようだ。
「きゃああああああああああっ!」
女性も特に驚いて、曲がり角の奥へ戻っていった。
「本当にすみません! もう悪いことはしませんから! このカバンも置いていきますから、命だけは許してください!」
男は震えながら立ち上がり、無我夢中でまっすぐに走り去っていった。
「あ、あの、引ったくりはカバンを置いて逃げていきましたよ!」
僕は女性も遠くに去ってしまったと思ったが、ダメもとで大きな声で状況を叫んだ。
そのとき、曲がり角の陰から女性がおそるおそる顔を出した。僕は自分が犯人でないことを強調するため、置き去りのカバンから三歩下がり、あわてて手袋を背中に隠した。
女性はそろりそろりと近づき、カバンを拾った。そこからは逃げるように元の道へ戻っていった。
これでも一応悪役になりきっていたけど、多分これで事件を解決したヒーローになっちゃったと思う。そんなお話です。
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