ダメ高校生たちのショートショート
STキャナル
愛するいとしい人、怜奈
「うりゃああああああああああっ!」
オレは思いのままに叫びながら、相手を背中越しに投げ落とした。
「一本!」
その瞬間、インターハイの会場からどよめきがあがった。
自分でもこんなに一本背負いがきれいに決まるなんて思っていなかった。
審判はオレの右手を挙げ、勝利を認める。
「60kg級優勝、菱川修司!」
「あ、ありがとうございます」
大会場の壮大な祝福に圧倒されながら、オレは審判に思わず礼を言った。
「修司~!」
一人の女子が、土足で畳を駆けてくる。
「怜奈?」
怜奈は何のためらいもなく、オレに抱きついてきた。
「怜奈……」
彼女からの喜びのハグに、オレは身をまかせた。汗をかいて火照った体だけど、怜奈の体の温もりは優しくて、逆にオレが味わった連戦の疲れを癒やしてくれた。
「怜奈、オレ、やったよ」
オレは怜奈と互いに抱き合いながら、勝利の喜びを告げた。
「今まで、よく頑張ったよね」
「これでオレのこと、できる人って認めてくれる?」
「もちろん!」
怜奈はそう答えると、オレの胸元に顔をうずめた。オレも勝利の余韻に浸りながら、彼女の優美な顔が柔道着に埋まるのを受け入れていた。
そこから数秒後、突如として背後に違和感を覚える。
「修司」
オレを呼ぶ声が後ろから聞こえる。なおかつその声は怜奈のように、喜びに満ちてはいなかった。むしろ冷たくて、これからオレを責めるサインに思えた。
顔だけ振り返ってみると、そこには見覚えのある女子の顔があった。
「舞?」
舞はわざと畳をどんどんと踏み鳴らしながら、オレに近寄ってくる。今までの優しい舞からは考えられなかった、おどろおどろしい動作だった。
「その子、誰?」
「だ、誰かな?」
オレは舞の問いかけにごまかしながら、なおも柔道着に顔をうずめる怜奈を、やんわり遠ざけようとする。しかし怜奈は思いのほか全身に力を入れて抵抗し、離れようとしなかった。
「修司、何してるの?」
怜奈が甘ったるい声でオレに語りかける。
「いや、特に何でもないんだよ」
「修司、言ったよね。私のことを『愛するいとしい人』って」
「それ、『愛人』の意味よ。オンライン辞書に書いてあったから」
「えっ、そうなの? つまり私って浮気相手?」
「違うよ。本当に『愛するいとしい人』って……」
「あっ、そうだ」
この緊迫した状況で、怜奈は何かを思い出したようだ。
「私、昨日、練習中の足のケガが完治したんだった」
その一言を、オレは素直に喜べなかった。
顔をあげた怜奈は、何かに取りつかれたような表情だった。そのままオレの柔道着をガッチリとつかむ。
「あのとき、痛がる私に応急処置をしてくれてありがとう」
怜奈は生気を失った感謝の言葉を残すと、豪快な巴投げで僕に恩返ししてくれた。
それが彼女からの別れの挨拶だった。
ざわめく大会場の真ん中で、僕は大の字になっている。天を仰ぐ視界に、カラオケボックスで自分と舞が嬉しそうにしている写真が現れた。その写真は無残に半分ずつ、人の手で細々と破られていく。僕の体に舞い降りた紙吹雪は、決してインターハイに優勝したという祝福の証ではなかった。
僕はインターハイの柔道60kg級で勝利したが、その栄冠は二股の代償で汚れていた。
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