魔女は砂糖の味がした。

聖願心理

砂糖味の魔女?!

「わあ、でっかいお屋敷だぁ……」


 目の前にそびえ立つ、王城にも負けない豪華さと大きさを持った屋敷を見ながら、私はぽかんとしてしまう。


「流石、魔女さまのお住まいだ……」


 この国には、“魔女さま”と呼ばれる、魔法を使う女性がいる。魔女さまは、この国を魔法で守っている、私たちの英雄だ。


「……そんな魔女さまに、なんでただの田舎娘である私が呼ばれたんだ?」


 謎すぎる。人生最大の謎だ。



 数日前、村に使者がやって来て、告げたのだ。


『この村のジェシカという娘を魔女さまがお呼びである』


 村に、“ジェシカ”という名前のは私しかいない。

 私が、「は?」と思ってる間に、村を出る準備が終わり、馬車に乗せられ、やっとなんとなく理解できたところで、魔女さまのお屋敷の前にいた。


 わけがわからない。



 ――――そう言えば、お父さんとお母さん、泣いてたなぁ……。



 どうしていいのかわからず、とりあえずお屋敷の門を眺めながら、今までの記憶を振り返っていると。


 ぎいいと音を立て、門がひとりでに開いた。


「ひえっ!」

「そんなに驚くことないじゃない」

「ひえええええ?!」


 そして、誰もいなかったはずの門の前に、ひとりの女性が立っていた。


「ま、まま、魔女さま?!」


 ふんわりとした灰色の長い髪に、浅黄色に輝く瞳。肩が出ているシンプルなワンピースを着ているその女性は、魔女さまだった。


「そうよ。私は、魔女のレクシー。貴女がジェシカね?」

「は、はい」

「ふ〜ん。想像以上に平凡な子ね」

「は、はあ」


 私の頭からつま先まで、舐め回すように見ると、魔女さまは悪びれもなくそんなことを言った。

 そんなこと、自分が一番よく知っている。そんな平凡な子を呼んだのは魔女さまじゃないか、という言葉は心にしまって置くことにした。


「まあいいわ。ねえ、ジェシカ。貴女はどんな味の魔女が好みかしら?」

「えーと、はい?」


 魔女さまの言っていることが全く理解できなかった。

 魔女に、味なんてものがあるの?私が知らないだけで?


「深く考えなくていいわ。味よ、味。貴女はどんなものが好きなの?」


 早く答えなさい、と魔女さまが急かすので、私は真っ先に思いついたものを言葉にする。


「さ、砂糖が好きです! 砂糖みたいな、甘い味がいいです!」


 勢いよく言ったものだから、魔女さまは一瞬ぽかんとした。

 でも、その後は盛大に笑い出した。


「ふふ、砂糖って。貴女変わってるのね」

「そうでしょうか……?」


 甘いものが好きな人は、それなりにいるんじゃないの?

 そんなに笑われる理由にはならないと思う。


「味って言ったら、料理や果物、野菜の名前を出すものじゃない? それなのに、砂糖って。あー、可笑しいわ」

「は、はあ」


 魔女さまと私の間には、真夏と真冬並みの温度差があった。

 どう反応していいのかわからない。私も一緒に笑えばいいのだろうか?何一つ面白くないけど。


「気に入ったわ、ジェシカ」


 笑いすぎて目に涙をためながら、魔女さまはペロリと右手の甲を舐めた。


「うん。問題なさそうね。

 ……ジェシカ、私の右手を舐めてみなさい」

「はへっ?!」

「変な驚き方をするのね」

「だだだだだ、だって、魔女さまの右手を、なななな、舐めるなんて、そそそそ、そんな?!」

「慌てすぎよ」


 急に変なことを言う魔女さまが悪いっ!

 右手を舐めてみろだなんて言われたら、誰だって驚くに決まってる。しかも、国の英雄、魔女さまというおまけ付きだ。


「いいから、舐めてみなさい。美味しいわよ」

「お、美味しい……?」

「そ。魔女の身体は特別製なの」


 魔女さまは私の前に歩いてくると、自分の右手を私の口の前に移動させる。


「ほら。早くしなさい」

「でででで、でも……」

「往生際が悪いわね」


 更にぐいぐいと右手を近づけてきて、その距離は、私が少しでも動けばキスをしてしまいそうなそんなものだった。

 これはもう、私が折れるしかないのかもしれない。


「じゃ、じゃあ……。いただきます……」


 どんな味がするのだろう?

 美味しいなんて言ってたけど、実はものすごく不味かったり、苦かったりするのかな?

 魔女さまと私の味覚は全く違ったら、美味しいの基準も違うはずだし……。


 そして、恐る恐る魔女さまの右手を舐める。



「…………甘い?」



 魔女さまの右手は、甘かった。

 幸せな甘さだった。


 それはまるで――――。


「砂糖みたい、でしょ」


 私の思考を読むように、魔女さまが言う。

 魔女さまのことだから、本当に思考を読んでいるのかもしれない。


「はい……。砂糖、です。私が思い描く、砂糖の味そのもの……」

「それは良かったわ」

「でも、どうして……?」

「言ったでしょう。魔女の身体は特別製なの。歓迎のサプライズだとでも思っておきなさい」


 そうすると、魔女さまは私に背を向けて歩き出した。


「屋敷を案内するわ。ついてきなさい」

「は、はいっ!」

「あと、私のことは、レクシーと呼びなさい」

「はい! レクシーさま!」


 慌ててついていく私を、レクシーさまは立ち止まり、振り返って一言。


「ジェシカ。貴女、従順な仔犬みたいね」


 ひどい!



 *



 レクシーさまの住む屋敷は広すぎて、全ての部屋を簡単に見て回るだけで、一時間以上かかった。

 食堂で、レクシーさまの淹れてくれたお茶飲むときには、私はすっかり疲れていた。


「疲れすぎよ。田舎娘って、体力がもっとあるものだと思ってたわ」


 レクシーさまは、疲れひとつ見せず、優雅にお茶を飲んでいた。


「そりゃあ、田舎は体力仕事が多いのは否定しませんけど……。私、今の今まで、馬車に何時間も揺られてたんですよ。その疲れもあると思います」

「あら? 王族が派遣した馬車なのだから、快適だと思うのだけど」

「馬車自体は快適でしたけど……」

「けど?」

「いきなり、『魔女さまが呼んでいる』って言われて、乗ったことのない超高級な馬車に乗せられたんですよ。緊張で、いつもより疲れが倍増です」

「田舎娘って、図太い印象もあったのだけれど」

「それは偏見です!」


 田舎に住んでると、多少なりとも図太くはなれるんだろうけど、それにしたって図太さにだって、限界はある。


 レクシーさまに呼ばれて、こうして話してるだけでも、緊張してる私が、図太いはずないじゃないか。

 きりきりと胃が痛む。


「それで、レクシーさまが私を呼んだのは、どうしてですか?」


 お茶を飲んだり、軽く雑談したりして、タイミングを見計らって、私は一番疑問に思っていたことを尋ねる。

 結局、私は何のために呼ばれたのだろう?


「う~ん。どうしてかしらね?」

「特に理由なんて、ないんですか?」


 びっくり仰天だ。


「いや、あるわよ?」

「あるなら教えてください!」


 レクシーさまは偉そうな喋り方をするが、冗談が好きならしく、ちょいちょい私をからかってくる。

 そのおかげで、私の緊張は大分マシになって、難なく会話ができるようになった。



 ――――もしかして、これを狙って、冗談を言ってくれてる?



「そんな大層なこと考えてないわよ?」

「ひえっ! レクシーさまって、やっぱり心が読めるんですか?!」

「え? 読めないけれど? それがどうかしたの?」


 不思議そうな顔をするレクシーさまを見て、私は『どうして私を呼んだのか?』と尋ねていたことを思い出す。

 なんだ、単なる偶然かぁ……。


「……いえ、なんでもないです」

「と言うわりには、やけに残念そうね?」

「そんなことないです」


 心が読めて欲しかったなぁ、と思ったのは、私だけの秘密だ。


「それで、私が貴女を呼んだ理由だけど……」


 少しだけ、期待をしてしまう。

 だって、魔女のレクシーさまに呼ばれたのだ。

 レクシーさまは「大層なことじゃない」って言ったけど、そうは言ったて、魔女さまが考えることだ。私が想像のつかない何かだろう――。


「この屋敷を掃除してもらうためよ。隅から隅までね」

「……はい?」


 それは、想像もつかない何かだった。期待外れの方向に。


「この屋敷、私がひとりで住むには、広すぎるでしょう? 使わない部屋はどうもほこりっぽくてね」

「……それなら、掃除のプロの方を雇った方がいいのではないでしょうか?」


 わざわざ田舎娘を呼び出さなくても、国が派遣してくれるのでは?

 私が呼ばれる理由がわからない。


「それじゃあ、つまらないでしょう?」

「はい?」

「いくら魔女でも、たまには人と付き合いたくなるものなの。だから、相性が良い人を占って、出たのがジェシカ、貴女だったわけ」

「……要するに、暇つぶしってことですか?」

「そうとも言うわね」


 レクシーさまと相性がいいのは嬉しい。けど、正直そんな理由でって思わなくもない。

 レクシーさまの暇つぶしの相手になれれば、それはそれで、光栄なことだけど。


 なんか複雑な気分だ。


「だから、しばらくの間、私と一緒に暮らして頂戴? 衣食住の保証はするわ。屋敷の間取りを覚えるためにも、掃除は有効な手段でしょう? まさに一石二鳥だわ!」

「それは、そうですね」

「じゃあ、決まりね」


 そう言って、レクシーさまは手を差し出してくる。


「よろしくね、ジェシカ」

「よろしくお願いします。レクシーさま」


 私は恐る恐るレクシーさまの手を握った。

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