第47話

 そんな息子に合わせるように、カータもゆっくりと目を閉じる。

 そして、少し微笑みながら口を開く。


 「あなたが生まれた時、母さんは本当に嬉しかったの。一生懸命に泣き声を上げる、赤ちゃんだった頃のカイルは、今でも鮮明に思い出せるわ」


 まだこの話題が続くのか!

 もうアレだな。

 昔話がキリの良い所までいかないと、話題は変わらない気がする。


 そう思うと、諦めの境地から、体の緊張が解れる。


 諦めて、全て聞き入れよう。

 気の利いた事は言わないでいい。

 ただ黙って頷いていれば、そのうち気が済むだろう。


 そう思い、目を開ける。


 母は産まれたばかりの俺を思い出したのだろうな。

 目を瞑りながら、とても幸せそうな顔で笑っている。

 赤ちゃんだった頃の記憶など、俺は覚えていようが無いが、母に抱いてもらおうと、必死に叫んでいたんだと思う。

 母の温もりを確かめる為にな。


 「こうして抱いたの。とても可愛いかったわ」


 赤ん坊を抱く仕草をする母。

 『そうか、そうか』と頷く息子。


 他人が見たら、微笑ましい光景だろう。

 親子の絆というのかな。

 そんな幸せを具現化したような光景。


 「そうだぞ?触るのが怖いくらい小さかったけど、父さんと母さんの初めての子供だからな。嬉しくて嬉しくて。ねぇ?母さん」

 「そうね、あなた」


 父が参加してきた事で、この場の幸せオーラが増していく。

 俺は黙って、『そうか、そうか』と頷く。


 いや、別にいいんだけどさ。

 この状況になったのは、まさに望むべき展開だし。

 もう俺がティナを登場させて、エッチな妄想をしていたのは話題にすら上がらないだろう。


 喜ぶべき展開なんだが、なぁ?

 行き着く先が見えないし、かと言って余計なアクションは出来ない。

 うぅむ。

 悩ましい。


 そんな事を考えていると、両親は見つめ合い出した。

 その瞳はウルウルと輝き、互いの頬は赤色に薄く染まる。


 「僕は幸せ者だ。こんなに綺麗な奥さんと、二人の子供に恵まれて」

 「あなた」


 『私もよ』と言わんばかりの表情で、二人の顔の距離が縮まっていく。

 紅潮のせいで、発色の良くなった二人の唇が、今まさに重なろうとしている。


 ぐっ!

 俺の存在を忘れているのか!?

 コレって、見ていいものなのか!?

 家族なんだから、別に問題があるわけじゃ無いが、多感な時期の俺はどう振舞えばいいんだよ!

 良い機会だから、やり方を覚える為に、ガン見したらいいのか?

 その為に、わざわざ俺の目の前で、実践してくれるのだろうか。


 いやいや待て待て!

 コレは罠だ!


 そんな事したら、そういう事に興味津々だと、両親にバレてしまうだろうが!

 『カイルも、そういう事に興味を持ち出したか』なんて思われるぞ!?

 それでいいのか?

 いや、よくないだろ!

 『スケベ野郎』と、カテゴライズされてしまうんだぞ!


 でも、父さんや母さんーー。

 いや、母さんは女性だから無いか?

 うぅむ。

 わからないが、とりあえず父さんだったら、俺くらいの歳頃で、そんな感じだったんじゃないか?

 だってそうだろ?

 父さんだって、男なんだから。

 そうなると、別に、おかしい事じゃないはずだよな?

 父さんなら、分かってくれるんじゃないか?

 たぶん、そうだよ。


 そんな思考をよそに、両親の唇は、互いの吐息を感じるところまで迫っていた。


 あぁ!?

 あぁぁ!

 どうすれば良いんだ!

 見ていいのか!?

 見たらいけないのか!?

 誰か!

 誰か答えを、教えてくれぇぇぇっ!


 心で激しく葛藤する。

 しかしカイルは、顔を手のひらで覆ってはいたものの、指の隙間から成り行きを見ていた。

 

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