第48話

 そんな時だった。


 「お兄ちゃん?」


 突如、横から発せられた声に、カイルは顔を向ける。

 そこには、少しだけ頬を膨らませたプリシラが立っていた。


 「プリシラ?どうしてここに?」


 俺の問いに、妹は怒ってはいないだろうが、少し不機嫌そうに言う。

 「お兄ちゃん、全然戻ってこないんだから!心配になったから、見に来たんだよ?」


 そうだよな。

 服をどうするか聞きに行ったにしては、時間がかかり過ぎている。

 それを考えれば、様子を見に来てもおかしくない。


 「そうか、すまん。ちょっといろいろあってな」

 「いろいろ?」


 プリシラが見せる訝しげな顔に、失言をしたと思い焦る。


 「あ、いや、大した事じゃないんだ。その、あれだ。気にするような事じゃない」

 「なぁに?教えてよぉ!」


 取り繕うように誤魔化そうとしたが、それが余計に妹の興味を引いてしまう。


 「う、いや」


 言い方がまずかったのは認めるが、そんな純真な眼で俺の目を見るのはやめてくれ!

 そんな可愛い顔しても、教えれないんだからな!


 元を辿れば、幼なじみを使って、いやらしい妄想をしていただけ。

 そんな話を、可愛い妹に聞かせるわけにはいかない。


 もし、今までの流れを話したとしよう。

 これだけ慕ってくれている妹に、『お兄ちゃん最低!そんな人だと思ってなかった!』なんて言われるかもしれない。

 そんな事になったら続け様に、『もうプリのお兄ちゃん面するのはやめてね?こんな気持ちの悪いお兄ちゃんなんて、居なかったらよかった!消えてなくなれ!』と、トラウマ級の言葉を浴びせられる可能性もある。

 そんなの嫌だろう?

 しかしなぁ。


 そう思うも、いつも天使のように微笑むプリシラが、初めて見せる嫌悪の顔が見てみたい自分に気づく。

 それはどんな表情なのだろうと、想像力を強く掻き立てた。

 きっと眉はつり上がり、目力が鋭くなるはず。

 下目使いで汚しい物を見るような眼差し。

 そんな妹に、侮辱的なまでに罵られる。

 それを想像していると、心の奥からジワッと、何か感じたことのない感情が込み上げてくる気がーー。


 違う違ぁぁう!

 何を考えているんだ!俺は!

 そんなの嬉しく思うわけない!

 もう一度言うが、思うわけない!

 そんな変なやつ、いるわけないだろ?

 あれだ!

 気の迷いというやつだ!

 ほら、俺って今、思春期じゃん?

 多感な時期だからさ、いろいろ思い付いてしまうんだよ。

 そうそう、そういう事なんだ。

 そういう事にしておこう!

 うんうん!

 いやぁ!危なかった。

 危うく変な世界に飛び込む所だったな。

 罵られて喜ぶなんて、変態じゃないか。

 やれやれ。


 フゥと、一山越えたくらいの勢いで息を吐き、心を落ち着かせる。


 まったく。

 何でそんな考えに?

 どうかしてるぞって、そうだった!


 再び目線がプリシラと重なる。

 こちらをジッと見据え、『私は問うた側。早く答えよ!』の構えをしている。


 くっ!

 この状況は、本日二度目だぞ!

 こんな短時間に、二回もピンチに出くわすとわ!


 窮地に追い込まれてしまったと感じていたが、こうも思っていた。


 しかしアレだな。

 やっぱり親子なんだな。

 フフッ。

 『私は問うた側。早く答えよ!』の構えを使いこなすなんて。

 教えてもらったわけでもないのに、母さんそっくりだ。

 そうなるとプリシラは、母さん似の素敵な女性に成長していくんだろうな。


 そんな風に感慨しく思っていたが、一喝される。


 「お兄ちゃん!」

 「ハイ!?」


 驚いて背筋が伸び、声高に返答してしまうカイル。


 くっ!

 びっくりして変な声を出してしまったじゃないか。

 返答が遅いから、あえて呼びかけて急かすとはーー。

 『私は問うた側。早く答えよ!』の構えを進化させるなんて、さすが我が妹だ。

 こうやって技が進化していくんだな、うんうん。

 プリシラは凄い子だ。


 「お兄ちゃん?」


 何も言わず、何故か納得したように頷いている兄に、プリシラは心配気に呼びかける。

 その呼びかけは、カイルに現状を思い出させる。


 そうだ!

 そんな納得をしている場合ではない!

 どうしたんだ?俺は。

 解決へ向かう為に、考えなければいけないのだが、思考が纏まらず、脱線してしまう。

 くっ!

 考える事が多すぎるから、思考力が低下しているのか?


 同時進行中の三項目を、改めて整理する。


 プリシラに対して、何をしていたのか、どうやったら上手く伝えれるだろうか。

 『ティナを使って、いやらしい妄想をしていた』事に対して、うっすら勘づいている母を上手く誤魔化す事が出来るだろうか。

 両親が感極まってしようとしている、熱烈なキスシーンを見ていいのかどうか。


 最後の項目を確認すると、カイルはハッとした。

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