第41話

 「ただいま!」


 自宅の扉を揚々気分で開ける。


 「お兄ちゃ〜ん!」


 俺の姿を見つけた十歳の妹が、バフッと勢いよく抱きついてくる。

 そんな妹の脇に手を回し、俺は彼女を持ち上げた。


 「プリシラ〜!美味しいお菓子が食べれるぞ!」

 「お菓子?」


 意味がわからず、不思議そうな顔をするプリシラに、満面の笑みで俺は続けた。


 「そうだぞ!ティランドールのお菓子が食べれるんだ!」

 「ティランドール?分からないけど、お兄ちゃん、嬉しいの?」

 「あぁ!最高に嬉しい!」


 無邪気に喜ぶ兄の顔を見て、プリシラはニコッと笑う。


 「お兄ちゃんが嬉しいなら、プリも嬉しい!」

 「そうか!楽しみだなぁ、早く一時間経って欲しい!待ち遠しいなぁ!くぅぅぅっ!!」


 思わず妹を抱きしめて悶絶する。

 プリシラは嫌がる事なく、それを受け入れていた。

 そんな俺の悶絶を和らげる為に、プリシラは無邪気に祈る。


 「お兄ちゃんの為に、早く一時間過ぎます様に!」


 小さな手を重ねて瞳を閉じた姿。

 まるで天使が祈りを捧げている様だ。


 そんな祈りなど、何の意味もないのだが、俺のために何かをしてくれた事を嬉しく思い、抱きしめるのをやめて妹を下ろし、彼女の頭を撫でた。


 「プリシラは優しいな。本当に、天使みたいだ」

 「えへへっ!お兄ちゃんの事が好きだからだよ?」

 「そうか」


 プリシラの屈託のない笑顔に、俺も微笑みで応えていた。


 「どうしたの、そんな騒いで。何かあったの?」


 そんな騒ぎを聞きつけた母カータが、リビングに現れる。

 深刻な事態が起きたわけじゃないことを、俺とプリシラの声色から悟っており、その態度には余裕があった。


 「あぁ、母さん。ガイナスさんから伝言があってーー」

 「伝言?」


 妹の手を引き、母に近づく。

 そして伝えた。


 「一時間後に『挨拶』したいから伺うって」

 「えっ?挨拶?」

 「あぁ」


 そういえば、挨拶するだけなのに着替えるって何なんだろうな。

 何故そんな必要があるのか理解できない為、変な可笑しさが込み上げる。


 「変なんだよ。挨拶するだけなのに、綺麗な格好に着替えるから時間が欲しいって。おまけに手土産持参で」

 「そ、それってーー」


 カータは何かを察して、ワナワナと手が震え出す。

 それに気付かず、俺の話は続く。


 「その手土産が、街の菓子屋『ティランドール』の物でーー」

 「大変じゃない!カイル、ティナちゃんの家で何を話してきたの!?」

 「えっ?」


 先程までの余裕は、どこに行ったのだろう。

 母カータは、焦った様に聞き出した。


 「いや、その。ガイナスさんが、ティナの将来を俺に託したいって言うから、その」

 「託したいから?それで!?」


 あまりに母が豹変したので、俺はたじろぎながら言った。


 「了解した。い、今までもそうだったろ?」


 ティナのスキルが発動したら、それを解除する為に尽力した。

 それが当たり前だったし、これからもそうする。

 ただ、それだけの話。


 「だからーー」

 「了解したの!?」


 息子の話を遮り、母は確認する。


 「あ、あぁ。そうするべきだろう?俺ならティナを守る事が出来る」

 「カイルーー」


 ニーナの目頭に涙が溜まっていく。

 その反応に俺はギョッとしていた。


 「子供だと思っていたけど、いつの間にか立派になっていたのね。母さん、嬉しいわ」


 ホロホロと涙をこぼし、母は俺の頭を撫でた。


 気恥ずかしい。

 それに何故褒められているのか理解が及ばない。

 だが、褒められているのだから悪い気はしなかった。


 「一人の男として、覚悟を決めたのね」

 「あ、あぁ」

 「カイル」

 「な、なんだ?」


 母は俺の目をジッと見据えて誓わせた。


 「必ず守り抜きなさい。そして必ず幸せにするのよ?」


 幸せに。


 なんだか話が壮大になっている様な気がするが、俺は誓った。


 「約束する。ティナとは幼なじみだしな。彼女が幸せになるなら、俺は、労を惜しまない。ティナには幸せになって欲しい」

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