第42話
「よく言った!!」
母の背後から大きな声が飛んできた。
あまりにも突飛な出来事で、俺と母と妹はビクつく。
三人が向ける視線の先には、嘘の様な感動の涙を流す、父ベイルがいた。
「あ、あなた、いつからそこに?」
「ちょっと前からだけど、今は、そんな事は置いておこう!」
そう言うと、ツカツカと足音を弾ませて近づいてくる。
「カイル!」
「な、なんだ?」
凄まじい気迫に、思わずたじろぐカイル。
そんな息子の肩を掴むと、ベイルはそのまま抱き寄せた。
「一人前の男になった!父さんは嬉しいぞ!嬉しいぞぉぉ!」
感動のあまり、滝の様に流れる涙。
「あなたーー」
母も誘われて、溢れる涙を拭う。
「?」
プリシラは何の話か理解出来ず、ポケーッと惚けて見ていたが、俺と目が合うと微笑んでいた。
ひとしきり感涙すると、母が動き出す。
「私達も、綺麗な格好に着替えないと。カイルとプリちゃんも、お祝い用の服に着替えてきなさい」
お祝い用?
なぜ、そんな必要が。
疑問を口にする。
「着替える必要、あるのか?」
「当たり前でしょ?ほら、早く!」
カータは何を言い出すの?とでも言いたげな剣幕で促す。
何故着替える必要があるのか。
そんな疑問を解決する間も無く、俺は妹と一緒に自室へ押し込められた。
何が起きているか分からず、扉が閉まった後に、無言の一間が訪れる。
しかし母の言い方から察するに、着替えなければならない流れだ。
「何なんだ?」
「プリには分かんないよ?」
「そうだよな」
兄の俺が分からないのだから、プリシラにはもっと分からないだろう。
しかし母の言いつけ。
従わないわけにもいかない。
「仕方ない。着替えるか」
「うん!」
腑に落ちないが、そう決める。
そうして、自らの洋服箪笥に向かう。
引き出しを引っ張り、お祝い用のシャツを探していると、背後から問いかけられる。
「お祝い用って言ってたから、これでいいのかな?」
プリシラは真っ白なワンピースを広げて見せた。
結婚式や、新しい子供が産まれた際に行う、祝祭時に着る服だ。
「そうだな。俺のは何処にあったかな」
洋服箪笥を探すが見当たらない。
「お兄ちゃんのは、ここにあるよ!」
背後から妹が再度呼びかける。
振り返ると、何故かプリシラの箪笥から、探していた俺のフォーマル白シャツが出てきた。
何故プリシラの方に?
俺が間違って入れたのか?
いや、そんなわけないんだが。
しかし実物は妹の方から出てきた。
「すまん、間違って入れたのかもしれない」
「お兄ちゃんは間違ってないよ?あんまり使う事がないから、プリがそっちから持ってきたの!」
プリシラは、あっけらかんと言った。
何の為に?
俺はそう思った。
しかし、こうも思った。
普段使わない服を預かる事で、俺が箪笥を使いやすい様にしてくれていたのかなと。
気遣いは嬉しいが、それだとプリシラの方は窮屈になってしまう。
「そうか。でも俺の服を入れていたら、そっちが使い難いだろう?」
「ううん!コレクションだから気にならないよ!」
「そうか」
普段なら『コレクションって、どういう意味だよ!』と突っ込む所だ。
だが今は、『ティランドールのお菓子』が思考の八割を占めており、俺は当たり前のように話を流して、白シャツを受け取った。
シャツの袖に腕を通しながら思う。
これを着ていたら、お菓子を食べれないな。
食べるなら、また着替えないと。
小さい頃から、お祝い用の服は汚してはいけないと、躾けられている。
何かを食べるなら、汚さない様に細心の注意が必要なのだが、この服を着た時、俺は何も食べない事を誓っている。
幼い頃は、汚しては怒られてを繰り返していたからな。
だが、街に出た時に知った。
このような上質な服が、高価な物であると。
それから俺は態度を改めたんだ。
両親に、無駄な費用をかけまいと。
「お兄ちゃん、どぉ?」
「うん?」
プリシラはワンピースに着替えて呼びかけた。
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